第3話 依頼
アヒトの硬い表情を見て察したのか、マックスはわずかに口角を持ち上げた。
「どうやら気づいていたみたいだね、アヒト君。でも、今から伝える情報は流石の君でも予想はできないだろうね」
そう言ったマックスはアヒトへともう一つの情報を開示する。
それはアヒトとベスティアの結婚式が行われた日から3日後に入った情報である。
とある家畜農家で飼育しているニワトリの群れが、深夜の間に半数近くが死滅するという事案が起きた。ニワトリの死体の何体かは肉ごと食べられている形跡があったが、それ以外の死体は皆、二つの歯型を残し全ての血液が失くなっている状態だったらしい。
「食べられたニワトリに残された歯型は魔物や動物の類ではなく、人間のものに最も近かったらしいよ」
そう言い終えたところで、アヒトが片手を伸ばして話の中断の合図を送った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それとサラの行方にどんな関係があるんだ」
突然、食肉値上がりの危機となるかもしれない話を聞かされ、思考の整理が追いつかないアヒトにマックスは表情一つ変えずに言葉にする。
「まだ話は終わってないよ。ここからが重要なんだ」
「フン、大方そのニワトリを食べたやつが消えた女とか言うんだろ」
マックスの話にあぐらをかいてアヒトのケーキを勝手に食べるベスティアがそう言葉にしたのを聞き、マックスが目を丸くする。
「驚いたね。まだ確証は得られていないんだけどね。僕たちもサラさんが今回の事件の鍵を握っていると見ているんだ。でもどうしてそう思ったのかな? ベスティアさん、だよね?」
先ほどと雰囲気が違うベスティアに首を傾げるマックスに対し、灼熱の瞳を細く光らせる少女は小さく笑みを浮かべて口を開く。
「その小さな耳でよく聞け人間。オレはディアだ。まぁこのディア様からすれば容易いことよな。厄介そうなのは血が抜かれていることくらいか……」
「なるほど……。それについても何か気づいているみたいだね。それとも知っているの方が正しいのかな?」
そこまでマックスが話した時、眉間を押さえるアヒトが再び片手でストップをかける。
「二人で盛り上がろうとしているところ申し訳ないが、おれにも分かるように説明してくれないか。なぜその事件の関係者がサラなんだ」
アヒトは一度マックスに視線を向け、次にディアを睨み付ける。
それを受けたディアは少しだけ罰が悪そうに視線を逸らしながら舌打ちすると、次の瞬間には瞳を空色へと変えた。
「え……ディア……?」
唐突に主導権を譲られたベスティアが困惑した状態で自分の内側へと問いかけるが、再びディアが表に出る事はないと理解したベスティアはすぐに申し訳なさげにアヒトへと視線を向ける。
「あひと、あまりディアを責めないであげて。ああ見えてもディアなりに周りに溶け込もうと努力している、それだけだから」
「ティア……いや、今のはおれが悪かった。少し冷静さを欠いていたみたいだ。ディアからすればサラのことは他人だろうし、悪気があったわけではないんだよな」
「ん、悪気はない」
ベスティアのもう一つの人格と言えども、根底にある人に対する優しさは変わらないのだろう。ベスティアはそれを常に表現する事ができるが、ディアはそれが苦手といったところなのだろう。
アヒトはディアへ謝罪することも含めてベスティアの頭を軽くポンポンと叩くとマックスへと体ごと向き直る。
「すまない、続けてくれ。だけどサラが関係者である根拠だけは教えてほしい」
そう言ったアヒトにマックスは首を縦に振って応える。
「根拠というほどのものではないけどね。実は家畜農家が襲われたのはその一件だけじゃなくてね。その事件の一週間後に、別の家畜農家が襲われたんだけど、その時偶然にも地主が犯人を目撃したらしいんだ」
「それがサラだったと?」
「まぁ正確には、サラさんの人相に酷似していた、というだけだけどね」
実際に声を聞いたわけでもなく、学園の服を着ていたからというわけでもない。だが、マックスも知っているサラの容姿と被害者が提供する情報が一致しているというのなら、アヒト自身悔しいが信じるしかないのだろう。
「これだけは言っておくよアヒト君。これはまだ確証には至らない憶測の話だということをね」
「あ、あぁ……そうか」
情報がアヒトたちの知るサラを示しているだけで、サラと決まったわけではない。情報の先入観に執われてはいけない。この情報をアヒトたちではない別の誰かに聞かせればその人は自分に親しい人物に当てはめて考える。それが少しでも一致するところがあれば関係していると思い込んでしまう。
ならばどのようにして確証を得るのか。
アヒトはマックスの瞳を見る。
期待のこもった強い瞳。次に目の前の青年が何を言葉にするのかアヒトが理解するまでそれほど時間は必要なかった。
「「君が/おれが『直接確認』するのか/してくれないかな」」
これが今回マックスがアヒトを呼んだ理由。サラの行方を探り、動物惨殺を行った犯人の特定、あわよくば、逮捕若しくは拘束すること。
「今日は二件目の被害があった日からほぼ一週間経つ。僕たちも現在全力を持って捜査にあたってはいるんだけどね。遺憾ながら僕たちは少しばかり目立ちすぎてね。その点、君たちの方がそういった心配はないし、相手を警戒させずに接触する事ができるんじゃないかと思ったんだ。どうかな、僕からすると是非とも引き受けて欲しいところなんだけど」
それがサラを見つけ、サラを救うことに対しての最短ルートなら、断るなんて選択肢は今のアヒトには皆無と言っても過言ではなかった。
アヒトはマックスに向けて手を伸ばす。
「分かった。引き受けるよ」
「ありがとう。謝礼は弾ませて貰うから心配しないでいて欲しいかな」
マックスもアヒトの手を取り、爽やかな笑顔をアヒトへと向ける。
「そいつは最高だな。最近仕事をサボっていたからあまり余裕がなかったんだ」
「そうなんだね。もしかしてベスティアさんとそういった営みでもしていたのかな? 邪魔してしまったのなら申し訳なかったね」
その言葉にアヒトが僅かに顔を赤らめ、アヒトの隣にいたベスティアがこれでもかというほど顔を真っ赤に染め、アヒトとマックスの間に割り込んでくる。
「そ、そそそんにゃことしてにゃい! してにゃいから!」
変な事を言うなとベスティアが唸りながらマックスを睨みつける。
「だいたい、しゃべるようになったからって私の貴様に対する評価が上がった訳じゃないから!」
「ははは、それは手厳しい。まあ僕の要件はそれだけだから、早速行動して欲しいかな」
ベスティアの威嚇を華麗に流したマックスはアヒトへ向けてそう言葉にする。
「わ、わかった。そうするよ」
そう言葉にした直後にアヒトとベスティアは瞬く間に城の門から追い出されてしまった。
「それじゃあ、検討を祈るよ」
手を振って見送ったマックスの姿が門が閉まる事で見えなくなってもなお、ベスティアは終始威嚇の表情を崩さないでいた。
「そんな怖い顔するなよ。マヌケントは悪いやつじゃないんだし」
「……私はあいつの事嫌い」
そう悪態を吐いたベスティアは踵を返し、1人先に歩き出した。
「……早いとこサラを見つけないとな」
まだ完全に犯人がサラと決まったわけではない。だがもし、犯人がサラだった場合、動機がいったい何なのかが気になるところだ。
そう思考しながら、アヒトはベスティアの後を追って歩いて行くのだった。




