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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第18章
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第2話 新しい王

 後に聞いた話、ディアの存在が現れるタイミングはベスティアの気が緩んでいる状態の時らしい。つまり、最もディアが体の主導権を握れるのはベスティアが睡眠中や寝起きの時ということになる。


 アヒトからすればとんだ迷惑極まりないのだが、学園祭の時のような暴れ方をされるよりは確実にマシだと思った方がいいのだろう。



 

 そんなこんなでアヒトとベスティアが結婚してから一週間ほど経った頃だった。突如アヒトの元へ一通の手紙が届けられた。


 手紙の表面にはアヒトの名前が書かれているだけでそれ以外の場所には何も書かれておらず、裏面にも差出人の名前すらなかった。


 アヒトに手紙を送ってくる人など指折りで数えられる程度なのだが、いったい差出人は誰なのだろうかと閉じられた封をレターナイフで開封する。


 中には本文が書かれているであろう用紙が一葉と掌に乗る程度の小さな紫色の石が在中していた。


「……ケレント城……マクシミリアヌスって、マヌケントからじゃないか!」


 アヒトたちが帝国を治める王であるボレヒス・ケレントを排除し、次の統治者となったマヌケントもといマクシミリアヌス・S・ギオ・ケレントからの手紙。


 結婚式で顔を見せて以来、会うことも連絡してくることもなかったため、これが久しぶりの連絡という事になる。


「……どうかした?」


 ベスティアも手紙の内容が気になったのか、アヒトの隣に寄り添って手紙を覗き込んでくる。


「いや、マヌケントからなんだが、どうやら明るい話ではなさそうだな」


 手紙にはすぐに来てほしい旨の内容が書かれていた。


「とりあえず支度しよう。マヌケントがおれたちを呼び出すなんてよほどの事だと思うんだ」


「ん、彼には恩がある。今日それを返す時」


 そうして、アヒトたちは速やかに支度を終え、玄関の扉に手をかけた時、背後からとてとてと駆け寄ってくる小さな足音が近づいてきた。


「ご主人さま! テトも行くです」


 そう言ったテトはアヒトの服の裾をギュッと掴む。


「悪いテト。ここに残ってくれないか?」


「いやです。テトも役に立つです。だからいっしょに行くです!」


「君を危険に晒したくないんだ」


「いやいやいくです!」


 いつぞやのようについて行くと言い続ける小さなフォウリア族の少女にアヒトは頭を悩ませる。


 前回のように学校の保健室にいてもらうようなことはもうできない以上、やはりテトを危険な場所へと連れて行くしかないのかとアヒトが考えていると、ベスティアがテトの両肩に手を置いてそっと微笑みかける。


「テト。テトにはこの家を守って欲しい。ここは私たちの、家族のお家だから」


「かぞく……テトたちの大切な場所……です」


 少しだけ目尻に涙を溜めていたテトはそれを流すまいとぐっと眉に力を入れ、ベスティアの瞳を強く見つめる。


「わかったです。テトはここを守るです! だから、絶対帰ってくるですよ!」


「ん、それでこそ私の妹」


 ベスティアはテトにウィンクをする。


 失いたくないという気持ちから生まれた大切な繋がりを二度と壊すわけにはいかない。それをアヒトやベスティアだけでなく、テトも理解してるからこそ、以前よりも強く賢く行動できる。


「安心してくれ。すぐに戻ってくるさ」


 そう言ったアヒトはベスティアと共にケレント城へと向かって歩み出した。





 帝国都市ケレント


 その中心に建つケレント城までは、アヒトたちの居住地から馬車で約15分ほどかかる。


 馬車を降りて城の入り口までやって来たアヒトとベスティアは、周辺に騎士兵の一人もいない状況に訪問の伝達方法が分からずしどろもどろになっていると、どうやってアヒトたちの訪問に気づいたのか、突如城門が開けられ、中から中年の女性使用人が現れた。


「あ、あのー、おれたちマヌケン……じゃなかった、マクシミリアヌス陛下に呼ばれて……」


「存じております。どうぞ中へお入り下さい」


 一礼した女性使用人はアヒトたちに背を向けて歩き出す。



 おそらくマヌケントのもとまで案内してくれるのだろう。アヒトとベスティアは一度お互いに視線を交わしてから女性使用人の後を追って歩き出した。


 一度城へ来たことがあるとはいえ、城内をじっくりと見たわけではなく、所々にまだ戦闘の爪跡が残ってはいるが、元はとても綺麗な場所なのだということを感じ取ることができた。


 アヒトはチラリとベスティアへ視線を向ける。


 ここはベスティアにとってあまり思い出したくない場所でもあるため、アヒトからすればベスティアの体調の方が今は気になってしまっていた。


 アヒトの視線に気付いたのか、ベスティアも一瞬だけ視線をアヒトへ向けると、隣を歩く身の距離をわずかに近づけてくる。


「……大丈夫。あひとがいるから、私も前に進むって決めたから」


 いつまでも逃げてばかりはいられない。アヒトを守るため、家族を守るために、届かない手を伸ばしてでも前に出るしかないのだ。


 その決意の現れたベスティアの表情にアヒトも感化されながら、しばらく城内を歩くと、一つの部屋へと辿り着いた。


 戦闘の爪跡が残っていた事から、アヒトはある程度予想はしていたが、やはり『謁見の間』には通されないようだ。あの場の修復にかかる時間はかなりのものなのではないだろうか。


 そう考えていると、ゆっくりと部屋の扉が開かれる。


「……ご友人をお連れしました」


「うん、ありがとう母さん。下がっていいよ」


 室内から発せられたその言葉に一礼した女性使用人はアヒトたちよりも後ろへと下がって行く。


 アヒトとベスティアはその行動を見届けてから、緊張気味にその部屋へと足を入れる。


 室内はこれでもかというほど整理整頓が行き届いており、目立つのは一人用の机と大きなベッドでそれ以外無駄な家具は全て排除されているかのように何もなかった。そして、一人用の机に併せてある椅子に軽く腰掛ける細身の青年がアヒトたちを出迎えてくれていた。


「久しぶりだね、アヒト君。まずは、ちょっとバタバタしていたせいもあって今まで連絡が取れなかったことについて謝罪させてくれないかな」


「あ、いや、そんな謝らなくても……えと、マクシミリアヌス陛下」


 そう言って軽く頭を下げたアヒトにマクシミリアヌスは瞳を大きくし、両手をひらひらと左右に振りながら口を開く。

「待って待って、堅苦しいことはやめにしよう。それに僕はマクシミリアヌスって名前があまり好きじゃないんだ」


「あ、あぁわかった。それじゃあ、いつも通りマヌケントって呼ばせてもらうよ」


 アヒトの言葉を聞いた途端、片手の掌を前に出して眉間に皺を寄せる青年。


「んー、マヌケントは悪くないんだけど、できれば城内ではマックスって呼んでくれないかな」


 マヌケントでは品に欠けるということなのだろう。現在この部屋にはアヒト含め三人だけなのだが、もし誰かが聴き耳を立てていた場合も念頭に置いておくべきかとアヒトは感覚的に感じ、マヌケント改めマックスに対し了承の頷きを行った。


 その頷きを確認したマックスはアヒトとベスティアに座るよう促し、二人がそれに従ったことでマックスはクローゼットから小さなテーブルを取り出し、二人との間に設置した。


 それと同時に、廊下から扉をノックする音が聴こえ、静かに開けられて入って来たのは先ほどの女性使用人であり、両手にはトレイの上にマックスを含めた三人分のケーキと飲み物が置かれていた。


 ベスティアの瞳が一瞬でケーキへと釘付けになる。


 女性使用人が丁寧に飲み物とケーキを配膳して行き、それを終えるとまるで静謐のように音もなく部屋を去って行った。


「綺麗な人だな」


「僕の母さんさ。あいつがいなくなったからね。もう隠れる必要はない。本当は大人しくしていて欲しいんだけど、何か体を動かしていないと落ち着かないみたいなんだ」


 アヒトの呟きに親切に応対するマックス。


 そんなやりとりの間にベスティアはケーキへと一目散に手を付け、幸せそうに頬張っていた。


「よし、じゃあ改めて、君への連絡が出来なかったこととこんな場所に呼び出したことについて謝罪するよ。もう少し早く連絡出来たら良かったんだけどね」


「その事はもういい。いったいどういう要件なんだ? すぐに来いと書いておきながら随分と余裕だな」


「ははは。いやなに、あの激戦を共に生き延びた者と再び会うことが出来たんだよ? 無駄話もしたくなるさ」


 そう言ったマックスはそれまで明るかった表情を瞬時に真剣なものへと変えた。


「それじゃあ、君のお望み通り本題に入ろうかな。一月ほど前、僕たちはこの国の王、ボレヒスを打ち倒す事が出来た訳だけど、実は一緒に侵入した君のご友人であるサラさんがあの日以降、行方が分からなくなっているんだ」


「…………」


 マックスの言葉を聞いたアヒトは特段驚いた様子もなく、アヒト自身、ある程度予想していた事だった。

 

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