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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第17章
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第9話 亜人娘が得たものは

「ヒュー、ヒュー……ぁ……ぇあ」


 肺や呼吸器官が焼かれたのか、声を出す事もできないミノハデスが助けを求めるようにベスティアへと震える腕を伸ばす。


「……貴様はやりすぎた、それだけ」


 そうしてベスティアはミノハデスの顔面を踏みつける。


「ぁ! ――ッ!!!」


 踏みつけた顔面からは煙が上がり焼けるような音を響かせてミノハデスは苦悶に身体を震わせる。


「さよなら。一時の主人様」


 そう呟いたベスティアは踏みつける脚に力を入れる。


 途端にミノハデスの顔面が爆ぜてなくなり、残った身体がビクビクと痙攣した状態が少し続き、やがて物言わぬ骸と化すのだった。


 そしてその戦いを刀を支えに見つめていたチスイは「ふっ」と小さく笑ってしまった。


「よもや、これほどとはな。窮鼠噛猫とは良く言ったものだ……」


 もしかしたら己が目標としている存在に至るまでの最大の敵が目の前にいるのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。


 アヒトたちがベスティアのもとへと駆け寄るのを見てチスイもゆっくりと立ち上がり、向かって行く。


「……ティア」


 アヒトがベスティアの背後に近寄り、その名をそっと呼ぶ。


 ゆっくりと振り向いたベスティアは、片方だけ灼熱に染まっていた瞳を何事もなかったかのようにもとの空色へと戻し、アヒトへと視線を向ける。


 それを見ていつものベスティアだと判断したアヒトはほっと胸を撫で下ろす。


「よかった、無事で。もしもまた君が……ん?」


 ベスティアが唐突にアヒトへ向けてちょいちょいと手で屈むように指示を出してきたため、アヒトは言葉を切ってベスティアと同じ目線になるまで屈む。


「どうし……ん!?」


 何をするのかと聞くはずだったアヒトの口は突如ベスティアの唇によって塞がれた。


 ベスティアの柔らかい唇の感触と温もりが直に伝わってきて、困惑でアヒトの視界が渦を巻く。


「わお……」


「あわわわ」


「ほぉ」


 その光景を見て、マヌケントは良いものを見たと言った表情をし、テトは顔を赤らめて両手で目を隠し、チスイは腕を組んで感心したといった表情をする。


 唇を重ねてから僅か3秒と経っていないが、ベスティアが自ら離れていくまでアヒトの中ではかなり長い時間だと感じてしまった。


 そっとアヒトから離れるベスティアの顔は真っ赤に染まり、もじもじと体をくねらせながら視線を逸らす。


「……えっと、なんで急にキ……ん!?」


 アヒトはベスティアの行動が理解できず、質問しようとしたところで今度はマヌケントの掌によって口を塞がれる。


「良いものを見せてもらったよ。それで式はいつ挙げる予定なのかな?」


「んん……!?」


 マヌケントは一体何を言っているのだろうかとアヒトはさらに理解が追いつけなくなっていく。


「……えっと、まだ決めてない。これはアヒトと一緒に決めたほうがいいと思う」


 さらっとベスティアが答えるあたりどうやら理解していないのはアヒトだけのようだった。


 だがそこでマヌケントはもがくアヒトの耳もとにそっと顔を近づけて、言葉にする。


「君が蒔いた種だよ。ここで逃げることだけは僕が許さない」


 その言葉にアヒトは徐々に冷静になっていき、ベスティアの行動とマヌケントの言葉から整理する。


 ベスティアのキス、マヌケントが言った『式を挙げる』という言葉、それに自分が蒔いた種……。


 そこでアヒトは自分がベスティアに言った言葉を思い出し、あの言葉がベスティアに対する告白だと思われてしまったのだと今更になって理解したアヒトは口を押さえるマヌケントの手を引き剥がして口を開く。


「ち、違うんだティア、あ、あれは……!」


 弁明を言おうとしたアヒトだが、ベスティアのほんのりと赤くした頰に上目遣いで見つめられ、そして先ほどのキスを思い出してアヒトは固まる。


「む? 何が違うというのだ。結婚は良いことではないか。私は初めてお前を少し見直したかも知れぬ」


 チスイもベスティアの横に並び立ち、アヒトへと視線を向ける。


「け、けっこん……」


 アヒトの顔がみるみる赤く染まっていく。


「そうだ。もう一度アヒトからベスティア君に告白のセリフを言ってもらうのはどうかな?」


「にゃ!?」


 マヌケントの悪戯めいた案に今度はベスティアが反応する。


「そうだな。私はその時あの場に居なかったからな。是非聞きたい」


「にゃにゃ!?」


 チスイは真剣にマヌケントの案に乗っかっていき、ベスティアの尻尾がピンと立ち、再び赤面する。


 この流れ的にもうアヒトの弁明を聞いてくれるものはいないだろう。アヒト自身が覚悟を決めるしかない。


 こうなってしまっては後は成るようになれだ。


 アヒトはベスティアの肩をガシッと両手で掴む。


「はにゃ!?」


 ビクッと体を震わせるベスティアの唇に今度はアヒト自らそっと口付けする。


 その時、初めてアヒトはベスティアに対しての自分の気持ちが分かった気がした。


 ベスティアと離れ離れになってしまった時の気持ちや再会した時の気持ち、一緒にいる時の安心感。そしてこの口付けをした時の幸福感。それら全てを含め、もしかしたら内心ではベスティアのことを一人の女性として好きになってしまっていたのだと理解した。


 そっと唇を離し、先ほどアヒトが口にした言葉をもう一度ベスティアへと今度は違う意味を込めて告げる。


「……ティア、おれを家族にしてくれ。……結婚しよう」


「……!!」


 それを聞いたベスティアはみんなが見ている前では恥ずかしいのか、先ほどのようなはっきりとした答えを口にすることなく、視線を床へと落とし、小さく頷くのみだった。


 だがそこで、突如至る所から拍手の音が鳴り響く。


 見渡すと、いつの間に集まっていたのか、多くの兵士や騎士たちがアヒトとベスティアに向けて祝福の声と拍手を送ってくれていた。


 一体どう言った風の吹き回しなのだろうか。仮にも王城に侵入した犯罪者であるというのに。


 そこで兵士や騎士たちが着ている甲冑をよく見ると、僅かにデザインが違い、彼らの甲冑は赤色がメインとなっており、元からこの城に支えている者ではない事が伺えた。では一体誰が主導者なのだろうか。


 そう考えていると、騎士たちの間から一人の少女が現れた。


 金髪をハーフツインに結い上げた白磁機のような白い肌に使役士育成学園の制服を纏った少女――アリア・エトワールその人だった。


「おめでとうございます。アヒト。突然ですがその婚姻式、私たちエトワール家が引き受けても宜しいかしら?」


 アリアの言葉にアヒトが返すよりも早くマヌケントが口を開く。


「それは良い考えだね。エトワール家は代々有名な建築家だ。こういった式典や祭ごとの経験は数知れないからね。僕からもお願いしたい」


「これはこれはマクシミリアヌス王子。学園では邪険な扱いをしてしまい申し訳ありません」


「気にしてないよ。あれは僕が自分で決めた事だからね。さぁアヒト、早く返答を聞かせてよ」


 ボレヒスが死んだからなのか、やけに饒舌なマヌケントに驚きつつもアヒトは諦めたようにため息を吐く。


「……わかった。全部お願いするよ」


「承知しましたわ」


 これからまた忙しくなりそうだとアヒトは引き攣った笑みを浮かべるのだった。






 アヒトが多くの大人たちに囲まれている状況を遠くから眺めていた一人の少女がいた。


 胸元に赤い薔薇の装飾が施された真っ赤なドレスを着たサラである。


 サラはアヒトとベスティアが口付けするところを目撃してしまい、どうしてもそこから動けずにいた。


「アヒト……嘘だよね? だっておかしいよね。私がこんなに一生懸命になってアピールしてたのに。どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!! 渡さないよ……アヒトは私のものだもん。あんな泥棒猫なんてこの手で潰してやるんだから」


 だけど今はじゃない。まずは自分の新しい力に慣れてからじゃないとね。


 サラはゆっくりと踵を返し、その場から去っていく。


「ふふふ。待っててね、アヒト」


 そう呟きながらサラは自分の喉に手を当てる。


 なんだか無性に喉が渇いて仕方がなかった。

 






「無事に終わったね」


 クッコは城の屋根に座りながらカプリへと視線を向ける。


「本当にもう良かったの?」


「あぁ、あいつはもう大丈夫だ。なんかあっても自分でなんとかすんだろ」


「まぁ、これ以上目立ちすぎると、世界から切り離されちゃうかも知れないしね」


 クッコの言葉にカプリは自分の行動を振り返って舌打ちする。


「俺たちはこの世界に居るべきじゃねぇ存在だからな」


「ほとんどの人がカプリのこと認識しちゃったけどね」


「その分殺したから問題ねぇだろ。帰れなくなるのはごめんだ」


 そう言ってカプリは立ち上がる。視線でクッコに指示を出し、クッコもよいしょと立ち上がる。


 ポケットから指輪を取り出して親指に嵌める。その手を手刀で横薙ぎにすると、空間に亀裂が入りガラスのように割れ、人1人入れる大きさのゲートが出来上がる。


「前回はもっと大きくなかったか?」


「そんなこと言うとリンがまたリスみたいにほっぺを膨らませるよ」


 そう言ってクッコは暗闇が広がるゲートの中へと飛び込んで行った。


「へいへい」


 カプリもそれだけ口にすると、未練も何もないと言うかのように振り返ることなくその中へと飛び込んで行く。


 亀裂はすぐに逆再生するかのように閉じて消え、後には綺麗な夕日だけが輝いていた。


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