第7話 記憶の中の真実
「異種族間での子ども? 別に悪いことじゃねぇと思うんですけど」
俺の世界の国にはいろんな種族の魔族がいて当たり前。元々が女性国家だから城下町は女しかいない。だから子どもを作るなんてことはできないが、城壁の外、つまりは『庇護』している地域であって『統治』している土地ではない場所でなら男も普通にいる。別に何もおかしなことではないし変わった出来事でもない。俺はそう思っていたし概ねこの認識は間違いじゃない。一つの種族を除けばの話だが。
「普通なら祝うべきことではある。普通の異種族間での出生ならな」
フクロウを模したハーフマスクを付けている大将――ゴーフォは、普段はハッキリと言葉にするのだが、今回ばかりはやけに歯切れの悪い態度であったがために、少しイラついて話の先を促す。
「普通じゃねぇんすか」
「オオカミ族とネコ族だ。それも暮らしているのはどちらの故郷でもなく洞穴だそうだ」
しょぼい任務だと思っていたが、なるほど……俺たちが使われる理由がおおよそ見えてきた。
ここの王が最も嫌うのが『差別』だ。差別は国家への反逆と見做されることも多々あり、幾度にも渡った警告の後に死刑なんてのも珍しくない。オオカミ族とネコ族はひどく仲が悪いという情報はこちらにも流れて来ていた周知の事実なのだから。
……反逆者予備軍の監視。俺たちの部隊の仕事に他ならねぇわな。
「まぁ、仕事があるならしますけど、監視……だけですか?」
俺たちの部隊の仕事が監視で終わるはずがない。そう思って確認してみたら案の定。
「もしもの時は苦しまないように処分しろ」
ゴーフォはあまり強い言葉や乱雑な言葉は使わない。だがこの時ばかりは『処分』なんて言葉を使った。
それほどの事態だってことなのだろうが。正直、この時の俺はことの重大さなんてまるでわかっちゃいなかった。
「暇な任務だな」
親子3人を見張り続けてはや5年の月日が経った。初めの2、3年は笑顔の絶えないいい家族だったのだが、穴蔵暮らしでストレスが溜まっているのか父親の目の下には大きな隈ができていた。
嫁と娘だけなら城下町で匿ってやれるんだがなぁ。
「潮時かもな」
正直よく5年も持ち堪えたものだと感心しているほどだ。食べ物、寝床、まともに身体を浄めることすらできず、狩では常に一人の父親。
確実に限界が来ていることは火を見るより明らかな状態だった。
やがて日が暮れ、父親が家族の元へ帰ってくる。
「ん? ありゃ酒か? どっかに行商人でもいたのか」
この日も特に異常は見られないと判断した俺は、あの家族の処分は明日にでもするかと木にもたれかかり夜空を見上げる。無数に星が瞬く中に一際大きく光を放つ丸い月が見える。
「満月、か……」
そういえばオオカミ族はたしか満月の日は理性が崩れやすい習性があるって聞いたことがあるな……。
そのため、オオカミ族の村では満月の日に子どもを作る事が多く、それ以外はタガが外れ過ぎないように皆家に閉じこもるのだそうだ。
「満月、酒……! しまったッ」
オオカミ族の習性を甘く見ていたのは事実だ。ぶっちゃけた話、監視対象への興味や関心のなさが最悪の事態を招いてしまった。
豪音とともにいつの間にか洞穴は崩れ去り、母親は子どもを抱えて外へと飛び出してくる。子どもを地面へと下ろし、土埃をあげている先へと何やら必死に叫ぶ母親。だが、突如土埃を掻き分けて俊敏に動く父親によって無惨に腹部を貫かれた母親は程なくして息絶えた。
「……何やってんだ? てめぇの嫁だろうが」
娘のことは守るつもりも、助けるつもりもなかったが、こいつに関しては何も命令は降りて来てない。
とりあえず俺は父親と娘の間に割って入った。
「グルル……」
完全に理性を失った野獣のような瞳に牙を剥き出した口からは涎を垂れ流し続けている。
「もういい。てめぇの力すら抑えられねぇのか。出来損ないのカスが、ぺしゃんk――」
いきなり左に吹き飛ばされて何本か木を打ち折ってようやく止まった。あのクソじじいが腕を払ったらしい。油断はあった。傲りもあった。でも嘗めてたわけじゃねぇ。なのにあいつの動きはまるで見えず、いきなり吹き飛ばされた。
「やべぇ……」
雄叫びをあげ、木々を薙ぎ倒しながらあいつがやって来る。本気で俺を殺すつもりのようだ。
「こんなところでやりあえる奴がいるなんてな。濡れてくらぁ……」
片方の肺が潰れてやがるし、肝臓も三分の一はミンチだろうな。腎臓か膵臓のどちらかはぺしゃんこだろう。骨も何本か粉々だ……やってくれるぜ全く。いい塩梅のハンデだろうよ。
炎を纏って突っ込んでくるオオカミの化け物と化した元父親に俺はただ腰を落として全身の力を抜き、ただただ奴が射程圏内に入るのを待つ。
「……『無天の枷』」
足に可視化できるくらいに圧縮した重力を纏わせ、滑るように元父親の懐に潜り込んでカウンターの蹴り上げを行う。相手が宙に浮き、すぐさま自身も空に向かって落下し、回転を加えた踵落としで母親の亡骸がある場所まで叩き落とす。
地面にめり込んだ元父親の身体の左半身はほとんど消し飛んでいて即死だった。
「ふぅ……」
俺は地面に着地するとともに子どもの方へと向く。
空色の髪に空色の瞳。ネコの耳にオオカミの尻尾。少しの違いはあれど、どこにでもいる普通の子どもだった。だが、突如その瞳が赤橙色に変色していき、なんの濁りもなかった髪の約7割が白髪に染まっていく。
「ぁ……あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
泥だらけの手で頭を抱え叫んだ子どもは勢いよくその両手を地面に叩きつける。
瞬間、子どもを中心とした周囲の地面が次々と爆ぜていき、俺は咄嗟に近くにあった木まで飛び移った。
「……なんだ、こいつ」
そう呟くが考えるよりも先に爆発の余波が襲いかかり、一瞬にして立っていた木が燃え上がり、他の木々も今までの穏やかな風景とは打って変わって地獄のような惨状と化する。
俺は再び両親の死体があった場所へと着地するが、二人は既に燃え上がり人肉が焼け血が蒸発することで異臭が漂ってくる。
「お、とう……さん? おか……さん……?」
その声で俺は振り返る。
子どもの瞳はすでに元の空色へと戻っていたが髪はそのままだった。こいつはもうダメだ壊れちまったと思った。だが先ほどまでの絶望した感情は出ておらず、代わりに俺に対しての憎悪の感情がありありと伝わってくる。
「はぁーめんどくせ」
だから俺はこいつは生きるべきだと思った。壊れたのならもう一度やり直せるはずだ。たとえ生きる意味が俺への復讐だとしても。壊れたまま生きるために憎悪が必要なら仕方ねぇ。
「てめぇも一緒に死ぬか?」
そうすれば、いづれ成長したこいつの力とやり合うことができるかもしれねぇからな。
仮面越しに笑みを浮かべたが、目の前の子どもにはそれがわかったかのように目を見開くのだった。
「てめぇの中にはもう一つの人格がある。俺はそれとやりあいてぇんだ。だが主導権がてめぇである以上、俺はてめぇに用はねぇ」
そう伝えたカプリはベスティアたちから背を向ける。
だがそこで今度はベスティアがカプリに向けて声をかける。
「カプリ……ありがと」
カプリは振り返らずに足を止め、フンと鼻を鳴らす。
「……礼を言われるような事はしてねぇよ。結局俺はてめぇの父親を殺してんだからな」
「んん。あれはもう私のお父さんじゃなかった。カプリは私を守ってくれた。だから礼を言う。それにお母さんを殺してないなら、貴様を許してもいいと思ってる」
「…………そうかよ」
それだけ呟くと、カプリは今度こそ足を止める事なく姿を消して行った。
「……それにしても、まさかティアが魔族出身だったなんてな」
完全にカプリの気配がなくなったことを確認したアヒトはベスティアに視線を向けてそう言葉にした。
「ん。私も知らなかった。ずっと森の中だったし、それに、私はあの出来事より前の記憶を持っていない。たぶん、もう一人の私が持ってるんだと思う」
そう言ってベスティアは自分の胸に手を当てる。トクントクンと静かに鼓動するのが伝わってくるだけで、本当にこの身体に別の自分がいるなんて考えられなかった。しかし、先ほどカプリに放った能力や、アヒトへの攻撃を止めた自分の腕などを考慮してしまえば認めざるを得なかった。
「過去のことをどうこう言っても変わることはない。だから、ティアの記憶はここからまた作ればいいじゃないか」
忘れろとは言わない。ただ、そんなこともあったなと思い出のように取り出せるようになるくらい、新しく楽しい思い出を作っていけばいい。
「テトもいるです!」
テトは元気よく片手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「はは、そうだな。三人で作ろう」
「ん……」
アヒトはテトの頭を撫で、ベスティアも快く頷き返すが、ベスティアは三角の耳をピクリと反応させて表情が一瞬で固くなる。
「……だけど、まずはあいつを倒してからにするべき」
ベスティアはある方向を見つめながら歩いて行く。
それは玉座のある場所、ボレヒスが座る方向へとベスティアは向かっていた。
「フ、フフフ、フハハハハハ」
今まで意識を飛ばして項垂れていたボレヒスが突如笑い出して立ち上がる。
「貴様らよくも、よくも我の邪魔をしてくれたな! カプリがいなくなった今、もはや我を止めることはできぬぞ!」
ボレヒスは懐から掌サイズの銀箱を取り出す。
「あれは……?」
アヒトの無意識に出た声にボレヒスはニヤリと不敵に笑みを作る。
「ダメだ! あれを使わせちゃダメだ!」
突如壁際で寝ていたはずのマヌケントが上体だけを起こし、アヒトたちに向けて叫んだ。
しかし、アヒトたちにはあれが一体何なのかが全く理解できていないため、瞬時に動けなかった。
「ほぉ? マックス。これが何かわかるのか。だがもう遅い。お前諸共死んでもらうぞ!」
ボレヒスは銀箱を開けて中から一本の注射器を取り出す。中には赤紫色の液体が入っているのが見える。
それを躊躇うことなく自分の首筋に突き刺し、中の液体を体内へと注入していく。
「ぐっ、ごああああああああ」
すぐに身体を丸めて呻き出したボレヒスはみるみる身体が膨張して行く。
「な、何が起こってるんだ……」
明らかに異常な現象に自分の全身から冷や汗が止まらない。脳裏に「逃げろ」「お前には無理だ」という言葉が浮かび上がってくる。
「魔人化だよ。あの注射器の中には魔王の血が含まれているんだ」
マヌケントが腹部を押さえながらアヒトの隣へやって来てそう呟く。
「嘘だろ。あんなの誰が止めるんだよ」
ボレヒスの上半身は筋肉が盛り上がって行き服が破け、髪の毛が全て抜け落ち肌が黒々く変色して行く。両肩には牛の頭がそれぞれ生え、両手は指先がなくなり、代わりに黒い刃が生えてくる。
「グハハハハハハ! やったぞ、我は適合したぞ! フハハハハハハハハ」
自分の身体を見下ろしたボレヒスは高らかに笑い上げる。
それにマヌケントが目を見張る。
「そ、そんな! 魔人化は意志を無くした狂人者になるはずなのに、どうして」
「フフフ、マックスよ。さすがにお前でも把握していなかったようだな。『魔人化』というのは魔力がその人物の貯蔵量を超えて溢れたことを言う。だがこれは、魔王の血を取り込み肉体を改造することによって新たな種族へと進化するもの、すなわち『魔神化』である!」
人類魔神化計画、これがボレヒスが画策していたことだった。




