第5話 亜人娘がかかったものは
「なんなんすかあいつは!」
アホマルがアヒトへ向けて文句を言っているところに、敗北したマヌケントが戻ってきた。
完全にやられてしまって落ち込んでいるようだ。
「そんなに落ち込む必要はねえぞ。お前の使い魔は上手くやっていた。ただ、相手の方が一枚上手だったってだけの話だ」
バカムの言葉でマヌケントの表情が明るくなる。
「おっしゃ!オレがマヌケントの仇を討ってやるっすよ!」
そう言ってアホマルはアヒトたちの下へ向かっていった。
「バカムは最後なんだな」
「兄貴は一番強いっすからね。兄貴には全部をさらけ出したお前と戦わせてやるっす!」
アヒトの質問にアホマルは答えながらアヒトと一定距離離れた位置で立ち止まった。
アヒトはマヌケントとの戦いの前に思っていたことを一応聞いてみた。
「君の使い魔も姿が見えないけど、マヌケント君みたいに地面の中とかに隠れているのか?」
「さすがに地面の中には潜れないっすね。それじゃあ行きますよ、これがオレの使い魔っす!」
そう言ってアホマルは制服のポケットから蓋のついた透明な容器を取り出してベスティアの方に投げつけた。容器の中には液体のようなものが入っているのが見えた。
「液体の魔物?」
アヒトが答えにたどり着く前に、ベスティアが短剣を一本腰から抜き、容器を粉々に斬り裂いた。
容器が砕け散り、中の液体のようなものだけが宙に残った。そしてその液体のようなものはまるで意思を持っているかのようにベスティアに向かって落下してきた。
それを見たアヒトは答えにたどり着いた。
「……まさかスライムか!」
「正解っす。けど、ちょいとそのスライムは特殊っすよ」
アホマルの言葉を耳にしながらアヒトはベスティアの方に顔を向けた。
そこではちょうどベスティアが落下してきたスライムを真っ二つに斬ったところだった。
すると、斬られたスライムはそのまま二つに分かれて別々に行動し始めた。
「……分裂……」
ベスティアがぴょんぴょん跳ねる二体のスライムを睨みながら言った。
「特殊能力か」
アヒトは歯噛みした。
通常、魔物には特殊能力というものが存在する。魔法とは違い、ある条件を満たすと発動する能力だ。マヌケントのトカゲの場合、暗闇などで視界が見えない状態の時に生物の体温を感知することができる『熱感知』という特殊能力を持っている。これによって黒い霧の中でもベスティアを的確に狙うことができていた。
アホマルのスライムは『分裂』という、自身が斬られた時のみ発動する能力だ。
「……斬れないなら、叩き潰す、それだけ」
ベスティアは短剣を納めて、スライムを見据えた。
「ただっすね。オレの使い魔ちゃんは魔法がないんすよ。この意味わかるっすよね?」
アホマルの言葉を聞いたアヒトは、目を見開いた。そしてベスティアの方に視線を向けた。
ベスティアは、まず一体を確実に仕留めようと狙いを定めた。
スライムの跳ねるタイミングを計り、宙に浮いたその時を狙って高速の拳を突き出した。
ベスティアの拳を受けたスライムは風船のように弾け飛んだ。
「……えッ」
これは予想していなかったのか、ベスティアは弾け飛んだスライムの液体を全身に浴びた。
直後、ベスティアの体に異変が起きた。
「……ぁ……うぁっ」
ベスティアは急激な視界の揺らぎによって片膝をついてしまった。
「ティア‼︎くそっ何だあれは⁉︎」
アヒトはベスティアを助けようとスライムに向かって魔術を放とうとした。
「させないっす!」
「――ッ⁉︎」
いつのまにかアヒトに接近していたアホマルが杖剣を使って斬りつけてきた。
アヒトはアホマルの攻撃を自分の杖剣で受け止めた。
「教えて欲しいっすか、オレの使い魔ちゃんの能力を」
「……ああ、ぜひお願いしたいね」
アヒトとアホマルは鍔迫り合いになる。
「あれは『伝染』っていうオレの使い魔ちゃんのもう一つの特殊能力っす」
魔物には魔法を持つ魔物と持たない魔物が存在する。上位の魔物になれば殆どが魔法を扱うことができる。しかし、下位の魔物は魔法が使えない。その代わりに存在するのが二つ目の特殊能力である。
「オレの使い魔ちゃんは斬られたら分裂し、体力を七割以上減ると破裂してスライムの粘液が生物の皮膚に触れると皮膚から体内に入り病を起こすんすよ。病って言っても高熱を起こすだけなんすけどね」
アホマルの説明を聞きながらアヒトは視線をベスティアに向けた。
ベスティアは立ち上がることすらできないでいた。
「……うぁ……からだ……あつい」
ベスティアが必死に立ち上がろうとするところをスライムが体当たりで阻止する。
「うぐっ」
スライムの攻撃はベスティアに深いダメージを与えていないが、ベスティアはスライムの体当たりを受けたことでバランスを崩し仰向けに倒れてしまった。
「あーそれと、言い忘れていたっすが破裂した方のスライムは完全に死んだわけではないんっすよ」
「なに?」
見ると、ベスティアの皮膚に触れていない、服の部分に付着していた粘液が独りでに集まり若干サイズが小さくなったものの、元のスライムの形に戻った。
「これはオレの勝ちっすかね」
「くっ……まだだ!君の行動を見るからに、あのスライムは魔術に弱いはずだ。君をここで倒してその後スライムを倒す!」
「オレより先にお前の使い魔ちゃんが危ないんじゃないんっすかね」
「大丈夫だ。おれはティアを信じている」
そう言って、アヒトは杖剣を持つ手の力を少し緩めた。
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