第5話 大切な存在 その1
謁見の間で繰り広げ続ける戦いに誰もが瞬きすることを忘れ、その終わりが来るのを今か今かと眺めている。
一見普通の人間が見ただけではあまりにも次元が違い過ぎた戦いであるため、どちらも戦況を譲らない互角の戦いを繰り広げているように見えるが、実際はそうではなかった。
「はああああああ!!」
ベスティアが超高速で動き繰り出される拳や脚をカプリは自らの右脚だけでその全てを対処していく。
「遅い遅い遅い! そんなんだから首の玩具に頼らねぇと立ち上がれねぇドカスのままなんだよ! いい加減愚図なガキのフリすんのはやめろよベスティアぁあ!」
カプリはベスティアの攻撃によって生まれた右脇腹の隙を見逃さず、素早く右脚から左脚へと入れ替えて回し蹴りを繰り出す。
それにギリギリのところで右肘を曲げることで防御したが、強烈な打撃に横へ飛ばされる。だが、体勢は崩れる事はなく、しっかりと両足で着地したベスティアは再びカプリへと距離を詰める。
「うるさいうるさいうるさい! 貴様になにがわかる! 私の一番の大切を目の前で奪ったくせに!!」
風圧を乗せた強烈な拳を繰り出すベスティアだが、カプリは僅かに体を横へずらし、両手首を重ね合わせて素早く振り上げる。
すると、丁度振り上げた両手首の重なった中心の真上にベスティアの繰り出された腕がぶつかる。同時にカプリは片方の掌を返してベスティアの腕を掴み、素早く背後に動いてベスティアを拘束する。
「てめぇガチで覚えてねぇんだな」
「はぁ、はぁ、何を……!?」
カプリはベスティアの腕を離し、前へ突き放す。僅かによろけるがすぐにカプリへと向き直るベスティアに向けて右手を前に出して指を軽く曲げる。
「来いよ。いっぺん思い出すまでぶっ倒してやるよ」
その言葉にベスティアは毛を逆立てて瞳孔を見開く。
「望むところッ」
ベスティアは空間を裂いて中から『無限投剣』を数本取り出して投げつける。
それをカプリは体を傾けながら後方へ跳ぶことによって全てを躱していくが、その隙にベスティアが超高速で距離を詰めてくる。しかし、そんなベスティアの行動をカプリは予想していたのか、間合いに入ってきたベスティアに強烈な横蹴りを放った。
「うぐっ……!」
距離を詰めた分だけ後方へ飛んでいくベスティアに今度はカプリが追い討ちをかけるべく距離を詰めていく。
ベスティアが着地をするよりも速く床を滑って足下へ入ったカプリは体を回転させて脚払いを行う。それによって僅かに宙にいる時間が延びたベスティアに向けて蹴り上げを行う。
「……ぐぁ!?」
背中に衝撃を受けたベスティアは苦悶の声を上げ、宙を舞うベスティアに、床を蹴って跳んだカプリは身体を前方に縦回転させ、ベスティアの鳩尾に向けて踵を振り落とした。
一瞬で軌道を変えたベスティアの体は地面へと高速で落下していく。
「――――がはっ!」
床に勢いよく背中を強打すると同時に口から血を吐き出すベスティア。
しかし、その上空からカプリが落下し、ベスティアの胸部へ勢いよく膝を突いてきた。轟音とともに床にクレーターが生み出され、その中心にはゆっくりと立ち上がるカプリと、ピクリとも動かなくなったベスティアがいた。
「ティア……」
マヌケントを壁側へ寝かし終えたアヒトは倒れるベスティアへと近づこうとしたが、玉座から眺めていたボレヒスが肘掛けを勢いよく叩いて立ち上がったことで思わず足を止めてしまった。
「何をやっておるのだ! 立て! 今すぐ立ち上がらんかベスティア!!」
ボレヒスの叫びに、ベスティアの指先がピクリと動く。
「うっ、ぐぅ、あああああああああああ」
自分の意思とは関係なく無理やり身体を動かされたベスティアは激痛で悲鳴を上げ、口から再び血を吐き出しながら立ち上がる。
ボレヒスの命令は「立ち上がれ」という言葉だけなため、ベスティアは肩で荒い息をするだけで一歩も動けておらず、見るからに限界と言った様子だった。
「やめろ! このままじゃティアが死ぬぞ!」
アヒトはボレヒスに向けて叫ぶが、対する王は腕を組んで当たり前のように言葉にする。
「何を言っておる。あやつらは使い魔であろうが。使い魔は道具で消耗品でしかない。それは貴様も同じ考えであろう?」
ボレヒスが含みのある笑みを浮かべ、ベスティアがゆっくりと視線をアヒトへ向ける。
「ち、違う! おれは一度たりともティアのことを道具だと思った事はない!」
確かに、学園に入る以前はそういう考えを持っていたかもしれない。だが、ベスティアと出会ってからはどうしてもそういうふうに見ることができなかった。
しかし否定はしたものの、初めに吃ってしまった事が原因でベスティアの視線が冷めたものに変わる。
「信じてくれティア。おれは今でも君のことを――」
「もういい黙れ」
アヒトの言葉を途中で遮ったベスティアは、視線をカプリへと向ける。そして痛む身体に鞭を打ち、駆け出す。
「やめろティア!」
アヒトは止めるが、ベスティアは止まらない。
「はああああ!」
ベスティアは拳を強く握りカプリへと繰り出すが、先ほどまでの戦闘より遥かに速度が落ちている今のベスティアの攻撃など、カプリにとっては赤子をあやすくらい簡単な事だった。
軽く身体を横へずらしたカプリは、身体の痛みで止まることができないベスティアの首筋に目がけて後ろ蹴りを行った。
「がッ……」
小さく声を漏らしたベスティアはゆっくりと両膝から崩れ落ちるが、辛うじて意識を失うことはせず、四つん這いの状態でカプリを睨みつける。
「フン、てめぇとの勝負にはもう決着がついてんだろ」
そう言ってカプリは腕を持ち上げてパチンと指を鳴らす。
「ッ! ダメだ!」
カプリに静止の言葉を向けるアヒトだが、すでにカプリの魔法は発動してしまっていた。
突如ベスティアの首輪が震え出し、頸の部分から歪みが生じたと思った瞬間、バキッと首輪が砕けて床に転がる。
「……え?」
戸惑うベスティアと困惑の表情を浮かべるアヒトにカプリはゆっくりとアヒトへとヤギの仮面を向ける。
「いやなに、あいつと戦うのももう飽きたからよ。そろそろ本命とやりあいたいもんだと思ってな」
「ほ、本命……だと?」
思わずカプリの言葉を復唱したアヒトだが、その意味をカプリは答えずにベスティアの方へと向き直る。
「き、貴様カプリぃ!! よくも我の首輪を……なんて事だ」
両手で顔を覆うボレヒスにカプリが口を開く。
「こいつはもう死んだも同然だろ。なら壊れようがどうしようが俺の勝手だろーが」
「ふざけるな! あの亜人にはまだまだ使い道があったのだぞ! それをよくも……まぁ良い。実はその首輪の作成は一つではないからな」
「なに?」
カプリは完全にボレヒスへと仮面を向ける。
するとボレヒスの懐から先ほどベスティアが首に付けていた物と同じもう一つの首輪がそこにはあった。
周囲の空気が一瞬にして凍りつく。予備で作っていたのだろうか。それとも別の使い道を探していたのか。アヒトどころかカプリでさえ面倒な物がまた出てきたといった態度を見せる。
「これにはなんと自動装着の術式も組み込まれておる。今ここでベスティアへ投げれば後はひとりでに装着されるだろうな」
不敵に笑みを浮かべたボレヒスは言葉通りに手に持つ首輪をベスティアへと投げつける。
それと同時にカプリがベスティアの前に立ちはだかり、向かってきた首輪を蹴り付けた。しかし、
「………………」
その首輪はカプリの脚に触れた途端、ガチリと何事もなかったかのようにカプリの脚に繋がった。
「そんな!?」
アヒトは思わずそう言葉にしてしまう。
ベスティアに再び首輪が着かなかったのは良かったのかもしれないが、あのベスティアの速さを凌ぎ、尚且つ一度も攻撃を受ける事なくベスティアを倒してしまえるほどの強さを持つ存在が、今ここでアヒトたちに敵対してしまった場合、おそらく、いや確実に全滅してしまう。
「フハハハハハハ。バカめ。それは貴様用に設計した首輪だ。まぁ首に着いていないから首輪ではないのだが、そんな事はどうでもう良い。カプリ、貴様は今から我の物だ! 我の指示に従い、我を愛せよ!」
脚に首輪を着けられたカプリはボレヒスの言葉を聞き、ゆっくりと頭を下げた。




