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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第17章
127/212

第3話 大胆少女の決着は

 城が大きく揺れるのを感じながら、サラはパラゴゴスの攻撃を部屋の家具を上手く使って回避していく。


 一人で何とかしようと考えていたが、相手との魔力量に決定的な差が生じてしまっており、サラは上級魔術の使用を躊躇っていた。


「どうしたんですかぁ? 攻撃してこなければ私は倒せませんよぉ、イヒヒヒ」


 パラゴゴスは込める魔力量を少し増やし、顔と同じくらいの大きさの黒い砲弾を生み出す。


「……っ! あれはむり!」


 陰から顔を覗かせたサラはそれを見て目を見張り、全力で走り出す。


 その後を追うようにパラゴゴスが放った黒い砲弾が次々と着弾していく。轟音とともに部屋の壁に大きな穴が開き、サラは廊下へと飛び出す。


「……『火炎弾(スフェイラ)』ッ!」


 素早く振り返ったサラは炎の弾を杖から発射させる。


 しかし、それが着弾するよりも先にパラゴゴスの体から生える触手のような黒い帯が容易く叩き落として消滅させる。


「イヒヒ、そんな玩具みたいな攻撃ではぁ、私は倒せないって分かりませんかぁ?」


 言葉のひとつひとつにイラッとするサラだが、パラゴゴスの言っている事は正しい。目の前の魔族を倒すためには上級以上の魔術を使わなければならない。だが、それには多大なる魔力を消費する。魔力貯蔵量の少ないサラでは、一撃で倒さない限り、連発は不可能に近いだろう。


 だから、そのためにあえて避ける範囲が狭い直線の廊下へと飛び出したのだ。


 サラは右足を引いて腰に力を入れ、左手を前に出し杖を持つ右手を目の高さまで地面と平行になるように持ち上げる。


 まるで剣士のような構えにパラゴゴスも足を止め、僅かに警戒の色を示す。


 ゆっくりと息を吸ったサラは自分が一番得意とする風と水の二種属性混合魔術を叫ぶようにして口にする。


「ここで決めてみせる! 『絶対零度(アポリーテ・テルモクラシア)(ブレード)』ッ!!」


 右手に持つ杖を勢いよく突き出した瞬間、杖の先端から氷でできた巨大な剣がパラゴゴスへ向けて突き出される。


 避ける場所がないほどに幅が広いその氷の剣をパラゴゴスは黒い帯をいくつも前にかざすことで盾のようにして受け止める。しかし勢いがあるのか巨大な氷の剣とぶつかった瞬間、数メートル後方へパラゴゴスは引きづられていく。


「くっ……これはいきなりとんでもないものが出てきましたねぇ。……っこれはッ!?」


 黒い帯と氷の巨大剣が火花を散らしていたはずが、いつの間にか音がなくなり、代わりに黒い帯が凍りついていく。


「はああああああ!」


 自分の魔力が一気に吸われ、唇を青紫色に染め、急激な目眩に陥り――魔力欠乏症の症状――ながらもサラは脚に力を入れて踏ん張り続ける。


 やがて凍りついていた黒い帯にヒビが入りはじめ、パラゴゴスは大きく後ろへ跳ぶ。同時に氷の巨大剣が黒い帯を貫通し、先ほどまでパラゴゴスがいた場所を突き刺すような形で止まった。


 サラは力尽きたように床にへたり込み、肩大きく息をする。


「はぁ……はぁ……だ、だめ……はや、く……回復を……」


 黒い帯を貫通はしたが、パラゴゴス本体を刺した手応えは全くなかった。あいつが生きているのなら今すぐにでも魔力回復ポーションを飲んで立ち上がらなければならない。


 震える手を腰のポーチへと伸ばし、ポーションを取ろうとしたところで奇怪な笑い声が廊下を響かせる。


「キヒヒヒ、それでぇ? 終わりですかぁ」


「――――ッ!!」


 ――急げ。急げ! 急げ!! お願い動いて私のからだぁあああ


 そう自分の身体に言い聞かせるサラだが、現実は甘くない。ポーションを掴んだ腕の運びはとても遅い。


 そしてそんな動きをパラゴゴスは見逃すはずもなかった。


「貴方の魔術はなかなかのものでしたよぉ。なので死んでください」


 そう言ってパラゴゴスはサラに向けて手をかざす。


 しかし、パラゴゴスの背後から複数人の足音が聞こえてきたことで、前に出していた手を下ろし、そっと視線を向ける。


「いたぞ! 侵入者だ!」


 やって来たのは城を守る騎士たちだった。サラを指差し、それぞれ武器を構える。


「おやおや、新しいお客さんのようですねぇ」


「な、なんだお前は!?」


「ま、魔族なのか!?」


 パラゴゴスの存在を知らされていなかった騎士たちは、城の内部に侵入者以外の存在がいることに驚きを隠せていないようだった。


 騎士たちは床に座り込むサラを戦意喪失と判断したのか、パラゴゴスを逃がさないように半円に広がっていく。


「あぁ、人気者は辛いですねぇ」


 パラゴゴスは騎士たちに手を向ける。


「ッ! 来るぞー!」


 一人の騎士がそう叫び、盾を持った騎士たちが他の騎士たちを守るように前に出る。


 パラゴゴスの手から黒い弾が射出され、それが一人の盾を持った騎士に着弾する。


「な、なんだこれは!?」


 攻撃を受けた騎士の盾が着弾した場所から黒い液体へと変わっていく。


 咄嗟に盾から手を離し後退した騎士だが、パラゴゴスは手を左から右へと横へ移動させ黒い弾を複数生み出して騎士たちに飛ばしていく。


 先ほどと同様に盾で防いでいくが、着弾するとともに黒い液体へと変わっていってしまい、すぐに防衛が無駄となっていく。時折剣や槍といった武器で黒い弾を斬り落とす騎士もいたが、それぞれ騎士が持っていた武器もまた、黒い液体へと変貌して行く。


 やがて騎士たちが目の前にいる魔族の脅威に気づき始めた時、一人の騎士が黒い弾をその鎧に受けてしまった。


「う、うあああああ」


 胸に受けた騎士はそこを中心に黒い液体へと変わっていき、やがて胴回りが全て液体へと変貌し、首から上が床に落ちた頃には既に騎士は絶命していた。


 それを境に騎士たちの連携が次々と崩れて行く。


 盾も武器もなくなった騎士はパラゴゴスに背を向けて走り出すが直線の廊下に逃げ場などなく、次々と液体化させられて行く。


 まだ武器を持っている騎士でも狭い廊下では交わすことが精一杯でなかなか近づけず、味方の混乱に気を取られた瞬間に攻撃を受けて液体化していく。


 そうして、騎士たちがやって来て5分と経たずに戦闘という戦闘もできずに一瞬で壊滅してしまった。


 仮にも帝国を守る騎士たちなのだが、彼らが負けた原因はメンバー編成を剣士たちで固めたことだろう。もし魔術師や使役師が一緒にいれば少しは良い戦いができたのではないのだろうか。


 そう思考しながらポーションを飲み終えたサラは魔力の回復を自分の体温が上がることで感じ、ゆっくりと立ち上がり、背を向けているパラゴゴスに向けて杖を構える。


 だがそれよりも速くパラゴゴスの振り向きざまに放った黒い砲弾がサラの胸元に直撃する。


「あああああああああやああああああああああ!?」


 廊下を数メートル吹き飛び転がっていくサラ。


 直撃した胸元の制服が徐々に黒い液体へと変貌して行く。対魔の術式が発動しているにもかかわらずパラゴゴスの魔法はそれを上回っていく。幸か不幸か術式が発動しているせいで液体化の速度が遅い。


 やがて胸元の白い肌が露出し、徐々にそこも黒い液体へと変わっていき、肺が溶けるような感覚に息ができなくなっていく。


「あ……ぁ……あぁ……」


 無意味だと分かっていても液体化の侵蝕を抑えるように胸に手を当てるがニュルリと胸の中に自分の手が入って行くことに恐怖でより瞳を大きくする。首から下げていたボトル型ペンダントもその表面が黒く染まって行くが、液体化よりも先にパキッとヒビが入る。


「申し訳ございません。私生まれつき暗殺は効かない身体でして」


 一度頭を下げたパラゴゴスはゆっくりと近づいてくる。


 ――ここで死ぬのだろうか。まだ彼に何も言えてないのに……。


 こうなるくらいなら彼へ、アヒトへと先に伝えておけばよかったとサラは後悔する。


 ――死にたくない。死にたくない。……まだ、死ねない……。


 パキンとボトルが砕け、中の赤い液体がサラの身体に付着する。


「貴方の魔力は全く足しになりませんが、先ほどの騎士の方々の魔力を頂いたついでです。ありがたく食べさせてもらいましょう」


 そう言い終えた頃にはサラの液体化の侵蝕が心臓に達していたのか、すでにサラの瞳には光がなく、指先一つ動くことはなかった。


 パラゴゴスは余計な一言だったなと思い、液体化の進行を早めるべく、追加で黒い弾を生み出す。しかし、


「――ッ!?」


 突如動かなくなったサラの体内からこれまでに感じたことのない莫大な魔力の圧が襲い掛かり、パラゴゴスは瞬時に後方に跳んで退避する。


「なんですかあれは!? あんな魔力の質、他のどの生物よりもあきらかに異常……まるで、私たちのような魔族だとしか……」


 そうしている間に液体化して潰れていたサラの胸元が急速にもとの形へと再生していく。


「……ごぽっ」


 未だ意識はないのか、光のない瞳で肺に溜まった水を吐き出すようにサラの口から黒い液体がこぼれ出てくる。


 やがてサラの身体が全てもとの綺麗な状態へと戻った時、ドクンと心臓が鼓動を開始したかのようにサラの身体が跳ね上がる。


「そ、蘇生しているとでもいうのですか。し、しかし、人間どころか魔族ですら未だ蘇生の原理を見つけることはできていないというのに……な、何者ですか貴方は!」


 そう叫ぶがサラは一言も答える様子はない。


 パラゴゴスが動揺を隠せず一歩後退り、倒れていたサラの身体がむくりと起き上がる。


 瞳に光が戻り、ゆっくりと瞬きを開始する。


「……あ、あれ……私いったい」


 そう呟いたサラはゆっくりと顔を上げ、パラゴゴスの存在を視認すると思い出したかのように目を見張り、立ち上がる。


「……! ああ! あなたよくも! すごく苦しかったんだから!」


 サラが指差すと怯えたようにビクッと身体を震わせるパラゴゴス。


「あれ? けど何で私無事なんだろ」


 そうして自分の体を見下ろすサラはあることに気づいてしまった。


 胸から上の制服が全てなくなっており、下着すらもつけていないありのままの自分の姿を見せていることにサラの顔はみるみる真っ赤に染まっていく。


「あ、あぁ、み、みみ見たよねあなた! アヒトにもまだ見せてないのに!」


「んん?? な、なんのこと……」


 突如腕を胸の前で交差して身体を横に向けて叫ぶサラにパラゴゴスは頭上に疑問符を浮かべる。


「今更とぼけたって無駄なんだから!」


 サラは左腕を胸に当てた状態のまま右手に持った杖を構える。だがそこでもう一つの事実にサラは気づいてしまう。


 自分の体内の魔力が今までにないほど増大しているということに驚愕を得てしまった。


 これなら最上級魔術を数十回以上発動させてもなくなることはないだろう。原因は不明だが、今はそれよりも自分の肌を見られた羞恥と怒りの方が強く出ており、全力で殺すことだけが脳裏に浮かんでいる。


「ひっ! ち、力を得たからといって私に勝てるとお思いですかぁ?」


 あまりの強力な殺気に悲鳴を上げかけたパラゴゴスだが、気を持ち直して全力で目の前の少女を殺すために、両手に魔力を送る。


「二度と立ち上がれないようにしてあげましょう!!」


 その言葉と同時にパラゴゴスの両手から黒い弾が生み出されるが、今までの大きさとは比べ物にならないほど巨大な丸い塊が廊下ギリギリの範囲で出現する。


「……絶対に許さないんだから」


 サラは火、水、風、土の四大属性全てを使った四種属混合魔術を全力で言葉にする。


「……『天號恢灰(パラディソース・オリクトポリシ)』ッ!!」


 パラゴゴスの放った巨大な塊が迫るが、サラの杖から灰色の温かな風と霧のような細かな水滴が一瞬にして廊下を埋め尽くす。そしてその水滴に触れた巨大な黒い塊や城の壁、窓や扉までもが一瞬にして灰色の石へと変わっていく。


「こ、これは……!」


 パラゴゴスは驚愕で目を見張るがその頃には空気上に放たれたサラの魔術が体内に侵入し、血管から内臓までの全てを石化させていき、気づけばパラゴゴスは物言わぬ石像へと成り果てていた。


「ふふっ、いっちょあがり」


 サラは目の前で石化した巨大な塊を見て、手の甲で扉をノックするように叩くと一瞬にして砕け散っていく。それにサラは少し驚いたように目を見張るが、まるで愉悦に浸るように目を細めて口角を上げる。


 それは魔術の力ではなく、サラ自身の力によるものだったからだ。現在サラの魔力や筋力、五感の全てが人間の域を超えてしまっていた。見た目に今のところ変化はなく、なぜ自分がこのような力を手に入れたのか全く想像ができなかったが、今のサラにはどうでもいいことだった。


 石化したパラゴゴスに軽快な足取りで近づいたサラは完全に固まっているそれの額に向けて指を丸め、


「えい!」


 と掛け声をかけるとともに指を弾く。


 一瞬にして頭が宙に吹き飛び、粉々になる様を見てサラはより笑みを深めた。


「あはははははははは」


 もはや自分のあられもない姿などどうでもいいかのように笑いながら石像となっている腕や脚をちぎっては砕きちぎっては砕く。


 力というものの素晴らしさ、力というものの高揚感、そういったものを初めて得たサラは無邪気な幼女のように踊りまわる。


 そしてその場に何も残らなくなった時、ようやくサラの動きが止まる。


「……そうだ。この力をアヒトにも見せてあげなきゃ。そうすれば、私もアヒトに認めてもらえるよね。私の気持ちも伝わるよね」


 ――きっとそうだ。だってこんなにも今の私は、強のだから……。


 しかしさすがに今の格好ではアヒトに悪いと感じたのか、サラは何かを探すように一つ一つ扉を開けて中を見ていく。


「みぃつけた!」


 ある扉を開けて中へと入るとそこはどうやら衣装部屋のようで昔いたのであろう女性が着ていたドレスや靴が飾られている。


 サラは靴を脱いで裸足になり、破れた制服も無理やり脱ぎ捨てショーツ一枚の状態で様々なドレスを物色する。


 そしてあるドレスを手に取り、鏡の前で試着する。


「ふふっ、いい感じ」


 それは胸元に薔薇の装飾が施された真っ赤なドレスだった。それに併せて靴は真っ赤なヒールを選ぶ。


 後は軽く化粧を施し、口紅を塗れば完成。


 サラは鏡の前でくるりと回転し、僅かに頰を紅潮させる。


 これなら何も文句は言われない。今の自分はすごく綺麗で可愛いのだから。


 サラは妖艶な笑みを浮かべると、部屋を出て軽快なヒールの音を奏でながらゆっくりと自分の目的の人物を探し始めるのだった。


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