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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第17章
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第2話 亜人娘との対決

 目の前にいる男がこの帝国の王であるボレヒスなのは間違いない。おそらくマヌケントに向けて放たれた言葉である「マックス」という名前から、ボレヒスがマヌケントの父親なのも確定である。しかし、


「……どうして……なんでティアが隣にいるんだ!」


 ボレヒスの隣には平然と立ち尽くすベスティアの姿がそこにはあった。鎖で繋がれているようには見えず、自らの意思でそこにいるようにさえ感じられる。


「ほぉ、貴様はベスティアのことをティアと呼ぶのか。ムフフ、ならば我もそう呼ばせてもらおうか」


 ボレヒスはベスティアの肩に手を置くと、対する亜人の少女は嬉しそうにその手を重ねる。


「主人様の好きなように呼んで」


 何かに操られているのだろうか。それとも幻術の類いか。アヒトの思考が現実を受け止めきれずに混乱していく。


「フハハハ、見てみろティアよ。あの侵入者どもの顔を。道化にも劣らぬ間抜けた顔であるぞ」


「…………」


 ボレヒスはアヒトたちを指差し高らかに笑い、ベスティアも視線をこちらへ向けるが、ボレヒスに対して以外は依然として無表情のままである。


 しかし、そこでマヌケントが一歩前に踏み出し、ボレヒスに向けて言葉を放った。


「父上、今日はあなたの計画を止めに来ました。今のあなたは狂っています。この国を間違った道へ誘うおつもりですか!」


 今までに聞いたことのない声量で響かせるマヌケントに笑い続けていたボレヒスの表情が真剣なものへと変わる。


「やはり気づいたから逃げたのだな? だが、一度逃げた腰抜けに何ができるというのだ」


「できます! 止めてみせます。あなたをここで倒し、そして僕が次の王となります」


 唐突の宣言にアヒトだけでなく、ボレヒスまでもが目を見開いた。


 マヌケントは一度アヒトへと視線を向けて頷く。今はベスティアがどのような状態なのかは不明だが、ボレヒスさえ倒してしまえば後の対処は急ぐ必要はない。


 それを理解したアヒトはテトに下がるよう手で合図を送り、テトがそれに従って動いたのを確認した後、ゆっくりと剣を両手で構える。


「……言いおったな? よりにもよってこの我の前で……。生きて帰れるとは思うでないぞ」


「もとよりそのつもりです。僕も、ここで身を引くわけにはいかない」


 そう言ってマヌケントは右手を前にかざす。かざした手の指には指輪がはめられており、それが光ると同時に床に魔法陣が浮かび上がる。


「来てください。カゲ丸!」


 その呼びかけに応えるように、魔法陣から巨大なトカゲが飛び出し、「キシャアアアアア」と鋭く鳴き声を上げた。


 それを見て呆れた表情を浮かべるボレヒス。


「フン、何が出てくると思いきや、ただの魔物ではないか。……ティアお前に任せる。初陣には打って付けの状況であるぞ」


 ボレヒスの言葉を聞いてベスティアはゆっくりと前に出てくる。


 やはりこうなったか、とアヒトは苦い表情を浮かべるが、戦うとなった以上逃げるわけには行かない。ベスティアとは初めて彼女を召喚した時に戦って以降の戦いとなる。あの時は為す術なくアヒトは倒されてしまったが、今回はマヌケントとその使い魔であるカゲ丸もいる。勝機がないわけではない。


 ベスティアが肉眼ではっきりとその存在が確認できる場所にまでやって来る。手を伸ばせば届くのではないかと感じてしまう。


「ティア。久しぶり、元気にしてたか?」


「…………」


「……これから君と戦うわけだけど、おれは負けるつもりはない」


「…………そう」


 それがなんだと言いたげに小さく呟いたベスティアだが、初めて話してくれたことにアヒトは内心嬉しく感じてしまった。だから余計に、目の前の少女とは戦いたくない。


「あの王はこの国にとって、いや、世界にとって悪影響を及ぼすことをしようとしているんだ」


「……知ってる」


「え?」


 アヒトは一瞬耳を疑ったが、その言葉を理解するよりも先にベスティアが続けざまに言葉にする。


「主人様は私に新しい居場所をくれた。だから私は主人様に従う、それだけ。あの人が何をしていようと私には関係ない」


 ベスティアは少しだけ足を開き、腰を低くして構える。


「……だけど、貴様たちが邪魔をして私の居場所に危険が及ぶなら、私は貴様らを殺す」


 そう言い終えると、ベスティアは床を蹴り高速でカゲ丸へと接近する。ベスティアの右から繰り出された拳をカゲ丸はその身で受け、僅かによろける。その間に追撃の横蹴りや拳を高速で叩き込む。


「……『風刃(エアロ・ブレード)』!」


 マヌケントが杖剣を構えて魔術を唱えると、先端から空気が凝縮し一つの刃を模る。


 それをベスティアに向けて射出するが、ベスティアは後方に宙返りすることで躱し、着地と同時に再びカゲ丸に攻撃を仕掛ける。


 アヒトはベスティアの着地を狙って動いていたが、あまりにもベスティアの動きが速すぎて、剣を振りかぶる頃には既にベスティアはそこにはおらず、面食らってしまう。


「キシャアア!!」


 カゲ丸は体を少し丸めると、バチバチっと周囲が帯電し始め、体を勢いよく反らすことで一気に解放させると、ベスティアに向けて青白い稲妻が駆け巡った。


 しかし、ベスティアは両側の空間を手刀で裂くと、中から『無限投剣』を二本ずつ取り出し、投げつける。


 稲妻がナイフに触れた途端、軌道が変わり、ベスティアがいる方向とは違う場所へと着弾し、黒い焦げ跡を作っていく。


 それを尻目にベスティアはさらに加速し、距離を詰めるが、カゲ丸は黒い霧を振り撒いて一瞬にして姿を眩ます。


 これは以前、ベスティアとカゲ丸が初めて対戦した時にも使っていた戦法で、あの時はベスティアのトラウマが起きてしまったことにより、苦しい戦いとなってしまっていた。


 だが今回は違う。あの時からベスティアもかなり成長している。彼女の動きには迷いが全く見られない。視界が塞がっていたとしてもカゲ丸の位置を的確に把握し、ナイフを投げつける。カゲ丸が怯んだ隙に距離を詰めて強烈な蹴りを叩き込む。


 カゲ丸の巨体が床を転がり、それを境に黒い霧が嘘のように綺麗になくなっていく。


「……『岩射(ロック・ブラスト)』ッ!」


 マヌケントの魔術により大量の岩石がベスティアに向かって飛来する。


 それを素早く横にステップすることで躱していき、次の標的としてマヌケントの方向へ距離を詰める。


 しかし、ベスティアがマヌケントの場所に辿り着くよりも先に剣を構えたアヒトが立ち塞がる。


「うおおおおお!」


 アヒトの裂帛の声とともに振り下ろされる剣だが、剣士でもないアヒトの軌道はあまりにも遅かった。


 上段から繰り出された攻撃にベスティアは表情一つ変えることなく、右脚を軸に体を回転させることで躱し、再びベスティアとアヒトの視線が交わった刹那、アヒトの体が高速で吹き飛ばされる。


「がああああああ」


 ベスティアは体を回転させるとともに前進し、アヒトと視線が交わった瞬間に軸足であった右脚で床を蹴り、腰を回転させた鋭いジャンプ蹴りをアヒトの脇腹に叩き込んだのだ。


 吹き飛ばされたアヒトは壁にぶつかり、うつ伏せに倒れ込む。


 そんなアヒトの状況になど目もくれず、残ったマヌケントへと向かって高速で肉薄する。


「くっ……!」


 目の前にまで迫ったベスティアにマヌケントは魔術の詠唱が追いつかず、咄嗟に両腕を交差させる。


 すると丁度交差させた腕の中心にベスティアの拳が叩き込まれ、マヌケントもまたアヒト同様に後方に大きく飛ばされ、背中から勢いよく床に叩きつけられた。


「がはっ……」


 衝撃により呼吸困難に陥っているマヌケントの胸部をベスティアは右脚で踏みつける。


 二人と一匹を相手に易々と勝ちを取ったベスティアに玉座で鑑賞していたボレヒスが盛大な拍手を贈る。


「素晴らしい! 完璧であるぞティア。そのままその男を殺せ。もはやそいつは息子ではない」


 その言葉を聞いたベスティアは一瞬ピクリと肩を震わせて、動きを止める。踏みつけていた足の力も緩まったのか、マヌケントの苦しそうな表情も幾分かマシなものになる。


「ん? どうしたティアよ。命令が聞こえなかったのか。そいつを殺せ。我の座を奪おうと企む不届き者だ」


 二度目の命令により、ベスティアの身体全体に力が加わる。俯いている表情は陰によって確認ができないが震える腕が持ち上げられている事から自分の意思ではないことが伺える。


 ベスティアはマヌケントを殺したくないと考えているのだろうか。いや、それならば戦う直前にあんなセリフを言ったりはしない。ではなぜ今になって意思を曲げようとしているのだろうか。


 アヒトは痛む脇腹を左手で押さえながらゆっくりと起き上がる。ボレヒスの言葉を思い出し、ベスティアが何に反応したのかを把握する。


 ベスティアは、目の前にいる亜人の少女は、何よりも家族を大切にしている。それに逆らう命令が来ればいかに忠を尽くしているベスティアでも躊躇してしまう。ならば、今の彼女はそこが弱点であるはずだ。


 アヒトは柱の陰でそっとこちらを不安げに見つめる銀髪の少女に視線を向ける。


 これは賭けになるが、賭けて死ぬか、賭けずに死ぬかのどちらかを選ぶなら、賭けて死ぬ方が良いだろう。


 アヒトは剣を軸に立ち上がり、マヌケントのもとへと駆け出そうとするが、距離はかなりある。アヒトの走る速度ではとても追いつけない。


 そしてベスティアは抵抗が無意味だと悟ったのか、震えていた腕が止まり、マヌケントの胸部に目掛けて一気に拳を振り下ろした。が、拳が届く刹那、一瞬にしてベスティアの体が吹き飛ばされる。


 予想だにしていなかった衝撃にベスティアは受け身を取ることができずに床を転がっていく。


「何事だ!?」


 ボレヒスが席から身を乗り出し凝視する。そこには黒いローブにヤギの仮面をつけた女性が立っていた。


「カプリ!? 貴様何のつもりだ!?」


 ボレヒスの言葉にカプリは仮面を向けて言葉にする。


「この男に今死なれるのは良くねぇからな」


「なんだと? 裏切るのかカプリ!!」


 ボレヒスは完全に玉座から立ち上がり、頭に血が昇っているのか、額に青筋を浮かべて顔を真っ赤に染めている。


「まぁそうなるな。こいつが檻から出てきた時点で俺の目的は半分は達成しているからな」


 カプリは立ち上がるベスティアへと視線を向ける。


「うぐぐぐ、やれ! こいつを始末しろ!」


 ボレヒスが叫ぶと同時にベスティアが高速でカプリに距離を詰める。


「貴様はそうやってッ!!!」


 そう言葉にしたベスティアはカプリに右拳を突き出す。


 だがカプリは片手で容易く受け止め、その際周囲の空気が震えるほどの衝撃波を生み出す。


「そうやって? なんだ、言えよ」


 押しても引いてもびくともしないカプリの腕を睨みつけ、ベスティアは『身体強化』を使い、筋力を大幅に上げる。


「また私の居場所を奪うのかぁあああああああ!!」


 ベスティアは左の拳をカプリの腕に向けて振り上げることでびくともしなかった腕を動かすことに成功し、拘束から逃れる。


「はぁ、またその話か……、いい加減にしろよ、なぁ!!」


「はああああああ!」


 カプリが右脚を振り上げ、同時にベスティアも右脚を振り上げることで両者の攻撃がぶつかり合い、城全体を揺らすほどの巨大な衝撃波を生み出すのを合図にカプリとベスティアの次元を超えた対決が始まった。


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