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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第16章
124/212

第7話 変身少女の能力は

 チスイを囮に無事に城内へ侵入することができたアヒトたちは、これからの作戦について話し合っていた。


「じゃあこれからのことだけど、ベスティアが囚われている場所についてマヌケントの話によると、捕らえた敵兵などは拷問するために昔から地下へ入れられることが多いみたいなんだ。だからまずその地下への入り口を探そうと思う」


 そうアヒトが言葉にすると、サラが挙手する。


「だけど、私たちが侵入者だってことがもう周りに知らされてたら別の場所に移動されてたりするんじゃないかな?」


 サラの意見にアヒトは一理あるな思い、マヌケントに確認の視線を向けるが、マヌケントは首を左右に振るだけだった。


 それは分からないという意味なのか、否定の意味なのかはアヒトには判断が難しかった。


「どちらにせよ、一度確かめに行った方がいいよな。問題はどこにあるかなんだけどな」


 手分けして探すのはリスクが高すぎる。だが全員がまとまって動くというのは城の広さからみて効率が良くない。アヒトが眉根を寄せて考えていると、今度はテトが勢いよくビシッと手を挙げる。


「いいこと思いついたです!」


 そう元気よく発言したテトはアヒトの後ろの壁に掛けられていた絵画を指差す。


「テトが変身するです!」


「おいおい、絵画なんかに変身したらテトが死んじゃ……!!」


 アヒトは途中まで口にしていた言葉を止め、目を見開く。テトが指差していたのは絵画という『物』ではなく、絵画の中に描かれていた『生物』に向けてのものだった。


――満天の星空の下、聳え立つ崖の先で天高く遠吠えを行なっている一匹の捕食者――


「……オオカミ!」


 オオカミは人間より嗅覚が100倍も強いと聞く。これが魔物や魔獣の類であればもっと強い。そしてテトはベスティアの匂いを十二分に知っているため、オオカミに変身すれば今すぐにでもベスティアの居場所が分かるだろう。


「ナイスだテト! これでティアのもとへ行ける!」


「きゃは!」


 アヒトに褒められたテトは満面の笑みで応える。


 一応確認のため、アヒトはサラやマヌケントにも視線を向けると、異論はないのか二人とも軽く頷いてくるので視線を再びテトへと戻す。


「よし、頼んだテト」


「はいです!」


 そう言ったテトはサロペットスカートの肩紐にあるリボン結びに指をかけて引っ張る。


「え、ちょっテト、ここで脱ぐのはダメだ!」


 アヒトは言葉にするも遅く、パサリと床にサロペットスカートが落ちると、薄い長袖とショーツ一枚の姿になったテトが不思議に小首を傾げる。


 すぐさまサラが動いてテトの前に立ち、アヒトとマヌケントにジロリと視線を向ける。


「あ、ええと、マヌケント。おれたちは少し周囲を警戒しておこう」


 アヒトの言葉にマヌケントも高速で首を縦に振り、同時にシュバっと少女二人から素早く背を向けて距離をとった。


「もうダメでしょテトちゃん。男の人がいる前で服を脱いだら」


 背後からサラが小さくテトへ向けて注意するが、テトにはそれの意味が理解できずに眉を寄せる。


「? この前もテトはご主人さまのいるところで変身したです」


 テトのとんでもない爆弾発言に再びサラから不浄な人を見るような視線がアヒトの背中に突き刺さる。


 確かに2日前に、村近くの森でテトはアヒトを乗せて飛ぶために、フォウリアの姿に戻る時に一度服を脱いだが、アヒトはしっかりとテトに背中を向けていたので倫理的には守られているはずだ。そんな事を言ったところで今のサラには信じてもらうことは到底不可能だろう。


 しかしテトは以前、変身時に視界を奪うほどの強烈な光を放っていたのだが、その事についてアヒトは2日前に質問すると、あの光は「自分が身の危険を感じ逃げる時に使うためのもの」らしい。ついでにそこら辺の小さな生物に変身することでより生存率が上がることから一緒に使っていたようだ。


「つまり、主人であるアヒトやアヒトが信頼している私たちにはそれを使わないってこと?」


「光は目にとても悪いものなのです」


 サラも同じ事を聞いていたのか、テトの答えに大きくため息を吐く。


「しょうがないなー。今日は私がいるから変身してもいいけど、これからはあまり人前で変身しちゃだめだよ?」


「はいです?」


 相変わらず理解できないのか、返事が疑問形になってしまっているテト。


 こんな状況をもしチスイが見たら男陣は即刻意識を刈り取られていただろうとアヒトは渋い顔をするのだった。


 そんな事もあってベスティアの捜索を始めるのが遅れたが、その間兵士や使用人に見つからなかったのは幸いと言っても良いだろう。無事にオオカミに変身を終えたテトは脱いだ服をサラに預け、移動を開始する。


 ベスティアの匂いはなぜか至る所に存在し、いくつもの部屋を通り抜けていく。


「……この通路は?」


 アヒトの呟きに横に並んだマヌケントがそっと口を開く。


「……使用人たちが使う通路だね。来賓者や交易商者といった人たちは本来ここを通ることはないよ」


 ではなぜベスティアの匂いがこんな場所にあるのか。使用人がベスティアを運んだという可能性もなくはないが、マヌケントの話から聞くに、帝王が素人のような存在に捕虜を預けるとは考えにくい。


 そう思考していたアヒトだが、突如オオカミ姿のテトがアヒトのもとへと近づいて行き、何やら低い声で唸り始めた。


「ん? どうしたんだテト……?」


 アヒトは銀色の毛並みを持つオオカミへと視線を向けるが、彼女もアヒトへと視線を外すことはなく、ただ低く唸るだけ。


 よく見ると、テトの口からポタポタと涎が滴っており、いったい何事かとアヒトは目を大きくする。


 すると、突然テトは変身を解除し、裸体の人型テトになる。


「んな!?」


「え!?」


 アヒトは驚愕し、サラも流石に予想していなかったのか、動けずに固まってしまった。


「ご、ご主人さまぁああ」


「ちょちょちょ、て、テトぉお!?」


 突如叫びながらアヒトへと突っ込んで行ったテトはそのまま勢いよくアヒトを押し倒す。


「ちょっとテトちゃん!? 何やってるの!」


 急いでテトの服を取り出したサラは倒れたアヒトにしがみつくテトのもとへと駆け寄る。


 しかし、そこでまたサラの動きが止まる。


「ちょ、テト……ぐふ……やめろ噛むな。あはは、く、くすぐったいからあはは」


「あむあむ、むああむあむ」


 アヒトの腕をテトは涎を大量に垂らしながら必死に噛み付く姿に思わずサラは唖然としてしまう。


 代わりにマヌケントが素早くテトの脇に腕を通してアヒトから引き剥がす。その際もかなり暴れていたがマヌケントの力の方が上なのか、テトには何もできなかった。


「ぜぇ、ぜぇ……ど、どうしたんだテト」


 すっかり噛み跡でパンパンに腫れ上がった腕とテトを交互に見ながらアヒトが質問すると、テトは我に返ったように「は!」と言葉にし、暴れていた体がシュンと鎮まり、マヌケントの腕にただ収まるだけの形となった。


 そのため、マヌケントはサラのもとへとテトを渡し、まだ状況が呑み込めていないサラはぎこちなくテトに服を着せていく。


「……ごめんなさいです。ご主人さま」


 服を着せられながらテトはアヒトへと謝罪する。


「うん、まぁそれはいいんだけどさ、何があったのか説明してくれないか?」


「はいです……。実は、テトは他の生き物に変身すると、その生き物の本能的な部分も受け継いじゃうようなのです……」


 テトは申し訳なさげに肩を落としながら言葉にすると、サラが口を開く。


「えっと、つまり? 今テトちゃんがアヒトを攻撃したのは、変身したオオカミの本能的部分……食事と狩りってこと?」


「おれのことを獲物だと思ったのか……」


 サラの言葉からアヒトは理解し、片手で顔を覆う。


 それを見てテトは再度謝罪の言葉を被害者であるアヒトへと伝える。


「それならそうと言葉で伝えてくれればよかったのに」


「えっと、それが、変身すると口の形が変わるせいで人語が話せなくなるみたいなのです」


 これらはテトも初めて知った事であり、今までは逃げるために使用していたという事もあって、こういった攻撃的な生物に変身することがなかったため能力を全て把握していなかったのだ。


 人の場合、本能と言えば三代欲求である「食欲」、「睡眠欲」、「性欲」が上げられるが、テトは幼い身体で変身したため、「性欲」は表に現れず、「食欲」と「睡眠欲」が主に現れていたのだろうと考えられる。もし、テトが大人の男性に変身した場合、基本的に男性は「性欲」が強い傾向があるため、テトが性欲魔人になる可能性が大いにあり得るというわけだ。


「……テト。これからは変身する生物はおれとよく考えてからする事にしようか」


 今のテトがテトでなくなることだけは絶対に避けなければならない事だと深く心に刻み込むアヒトだった。


 気を取り直して、先に進むべく、テトに変身をお願いしてみたのだが、主人を襲ったことが流石にショックだったらしく、アヒトの腕を両手で握りながら静かに首を左右に振った。


 仕方がないので、テトの歩調に合わせて適当に城内を移動し、慌ただしく動き回る使用人や騎士たちの隙を掻い潜ること、数回。ある扉を開けて中へと入ったアヒトたちは暗闇の部屋に誰かがいることに気づき、そっと灯りをつける。


「おやおやぁ? 誰が来たのかと思えば侵入者の方でしたか。しかも見慣れた顔ぶれの方ばかり」


 そこには黒いフードを被った何者かが立っていた。性別は不明。肌は黒くて背が高く痩せ細った身体に異常な長さの腕。


 その姿にテトが以前襲って来た魔族だということに気付き「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。


「……魔族、なのか? 何者なんだ」


 アヒトは魔族と思われる存在に問いかける。


「ヒヒヒ、いいでしょう。普段は名乗らないのですが、今回は特別ですよぉ?」


 そう言って軽く頭を下げる魔族はゆっくりと顔をあげる。


「私の名はパラゴゴス。あなた方が予想している通りの魔族でございます。以後お見知りおきを、そしてさようなら」


 パラゴゴスの体から黒い帯状のものが出現し、粉々になってアヒトたちに向けて襲いかかる。


「……『岩壁(ペテリノティホス)』!!」


 サラが即座に杖を構えて魔術を唱えると、アヒトたちの前に岩の壁が床から出現するが、黒い帯片が岩の壁に触れた瞬間、形を保っていられなくなったのか、壁が黒く染まり、液体へと変貌していく。


「行ってアヒト!」


「サラ!」


 再び襲いくる黒い帯片に今度はサラは魔術で風の壁を生み出す。黒い帯片が風壁にぶつかるが、先ほどのように黒い液体になる事はなく衝撃で壁が壊れかける。


「ここは私に任せて!」


「ダメだ! おれも戦う」


「いいから! ベスティアちゃんを助けることができるのはアヒトだけなの。アヒトじゃないとあの子は心を開かないから、だから! 行ってアヒト!」


 そう叫んだと同時に風壁が完全に砕かれ、サラは反動で数歩後ろに後退するが倒れる事はない。


「……わかった。すぐに戻ってくるから!」


 アヒトはそう言い残し、マヌケントとテトの二人を引き連れて部屋を出て行く。


「本当によろしいのですかな? 全員でかかれば私を倒す事はできたかもしれないというのにぃ?」


 パラゴゴスが冗談めかしくニヤリと口角を上げながら言葉にする。


 確かに全員でかかれば倒せるかもしれない。だが、こんなところで時間をかけていればいづれ騎士たちがやって来て捕まるのがオチである。それを避けるのと、ここで自分が相手をする事に不思議と違和感はなかった。


「……まったく、こんなところで恋敵の手助けをするなんて、私もまだまだだよね」


 ズキリと胸が痛み、同時にもうあの少年には振り向いてもらえないのではないかと言った疑心に埋もれそうになる。


 サラは首から下げるボトル型ペンダントを服の上からそっと握る。


 春先である少女から受け取った小さなボトルからは未だに暖かな熱を放っており、サラに勇気と希望を与えてくれる。


「……あなたなんかに私は負けない。ここで勝ってアヒトに気持ちを伝えるんだから!」


 サラが声を上げ、魔術を放つのとパラゴゴスが攻撃を仕掛けるのはほぼ同時に起こり、城内に轟音と揺れを響かせていった。


 その音を背後から耳にするアヒトは助けに戻りたい気持ちを気合いで抑え、必死に走り抜ける。


「テト! お願いだ。もう一度だけオオカミに変身してくれ」


 走りながら伝えるアヒトにテトは一瞬ピクリと肩を震わせる。


 また本能に負けて自分の主人を襲ってしまうことが怖い。あの時、アヒトはテトに言葉をかけてくれていた。だがあの状態の時、テトからはアヒトが何を言っていたのかさえ聞き取れなかった。自分が自分でなくなる感覚を体験してしまったことでどうしても恐怖が抜ける事はない。


 しかし、テトもベスティアを助けたい気持ちはある。ここで逃げたら二度と助けられないかもしれない。そんなことは絶対に嫌だ。


「……はいです。テトがんばるです!」


 そう言って乱雑に服を脱ぎ捨てたテトは瞬時に変身する。


 銀色の毛並みをもつオオカミ姿のテトは一度頭を持ち上げ背中を反らし、大きく遠吠えを行う。


 そして鼻をヒクヒクと動かし、ベスティアのいる方向へと一気に駆け出す。


 走って走って、時にはマヌケントの使い魔であるカゲ丸を使って強引に騎士たちを退け、一直線にベスティアのいる場所まで走り抜ける。


「ティア!!」


 巨大な扉をほとんど体当たりのような勢いで開けたアヒトは入るなりベスティアの名前を呼ぶ。


 しかしその部屋は広大で近くにベスティアがいるようには思えない。


「なんだ、ここは」


「ここは謁見の間だね」


 サラやチスイが抜けた事でマヌケントは普通の声量で言葉にする。


 謁見の間と呼ばれた場所の奥には玉座のような椅子が設置されており、マヌケントはそこを一点に見つめている。


「久しぶりだな、マックス」


 そう言葉にして陰から二人の人物が姿を現す。


 一人はこの国の王である、ボレヒス。そしてもう一人は……


「……ティア」


 そっとボレヒスの横に立ち並ぶ亜人の少女、ベスティアだった。


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