第6話 侵入
「いや、流石にそれはダメだろ。いくら君が強いからって、国の騎士たちを相手にするのは難しいだろ。マヌケントが抜け道を知ってるからそこから潜入するぞ」
まるで戦闘狂だなと呆れるアヒトは潜入方法を伝えると、あからさまに不機嫌な顔になるチスイ。
しかしチスイも馬鹿ではない。安全に潜入できる方がベスティアの救出の確率が格段に上がることは理解している。そのため、今だけは反論せずに素直に従う。
アヒトがマヌケントへと頷きかけると、寡黙を貫く青年は付いて来いと言うように手で合図を送りながら動き出す。
小さな路地をいくつも抜け、城の裏手へと回る。
城の外壁周辺はレッドロビンと呼ばれる生垣で覆われている。塀などでは圧迫感を感じさせないためなのと、城に敵国や魔族が攻め込んできた時、血が葉に付着しても目立たないようにするために植えてあるとマヌケントはアヒトへ密かに教えてくれた。
そんな庭木が生え並ぶある一部分にだけ、大人がはって通れるか通れないかというほどの小さな穴が空いていた。
子どもなら四つん這いで通れるだろうと考えていると、マヌケントが先導して匍匐でなるべく音を立てないように進んでいく。このメンバーの中で最も背が高いのがマヌケントなので、彼が通ることができれば必然的に皆が通ることができるだろう。
マヌケントが完璧なまでに静かに通り終えたので、次にチスイ、テト、サラの順番で潜らせていく。
身体の使い方が上手いのか、流石チスイは素早く潜っていく。テトは身体が小さかったため匍匐することはなかったが、サラが匍匐で潜ろうとすると、なぜか背中が少しだけ葉に触れカサリと音が鳴る。
「あ、あれれぇ? お、おかしいな。何でみんなそんなに上手く潜れるの?」
サラは極力音が鳴らないように潜ろうとするがどうしても上手くいかず、さらに胸が圧迫しているせいか少しの移動で息が上がってしまっていた。
「……やむを得ぬな。サラ、両手をこちらへ伸ばせ」
「え? こう?」
何をするのだろうと不思議に思いながらサラはチスイへと両手を差し出す。
するとチスイは差し出されたサラの両手首を強くしっかりと掴んだ。
「おい、変態。今回だけはサラの身体に触れることを私が許す。後ろからこちらへサラを押せ」
それはアヒトへと向けられた言葉だが、チスイの言葉のある一部分にサラがピクリと反応し、僅かに頰を赤らめる。
呼びかけられたアヒトは小さく「変態言うな」と言葉を返し、穴へ向けて覗き込むが、そこでアヒトは固まる。
匍匐で移動していたせいか、サラのスカートがずれて太ももからお尻にかけてのラインが見えてしまっていた。
「ちょっ、これ本当におれが後ろから押す必要があるのか!?」
チスイに届くくらいの声量で叫んだアヒトにチスイは呆れたようにため息をを吐く。
「私は女なのだぞ。元よりサラよりも体格が小さい私が一人でサラを引っ張れると誠に思っているのか?」
「今までの戦闘から君なら余裕だと思っていたんだけど!?」
キマエラや黒竜を相手にした時など、明らかに自分より体格も力も上の相手を難なく防ぎ、いなしていたことから人間離れした身体能力を持っているとアヒトは思っていた。
「あれは、私だけの力ではないのだ……」
チスイは人知れず己の刀へと視線を落とす。
鮮花祭の事件以降チスイの体調に問題はなく、刀の制御も上手くできている。技の連発に己の身体に負担がかかることはわかっていたが、まさかあそこまで制御不能になるとは思ってもいなかったチスイは己に不甲斐なさを感じてしまった。
「つ、つべこべ言わず早く押せ! 斬られたいのか!」
弱気になってしまった己が恥ずかしかったのか頰を紅潮させて怒気を荒げるチスイにアヒトは投げやり気味に答える。
「わかった。わかったから、物騒なセリフは吐かないでくれ」
かと言ってどこに触れて良いものかと逡巡するが、時間も時間なのでとりあえず足首を掴んでみることにする。
「――――!?」
するとサラは耳まで真っ赤にさせ、声を出すこともできずに狼狽で瞳を渦巻かせる。
「いいぞ」
「うむ!」
せいっと気合いよくチスイが引っ張り後ろからアヒトが押しながら自分も穴へと体を入れていく。
なんとか全員が通り終え、少し先で前方を警戒していたマヌケントに合流する。
アヒトはマヌケントへと近づき、そっと話しかける。
「どこから中へ入るつもりなんだ?」
「……まずいことになったかもね」
「なに?」
アヒトはマヌケントが見ている方向を見るべく、少しだけ隣から顔を覗かせる。
そこには複数人の兵士が巡回していた。壁の方へと視線を向けると、人がギリギリ入れるかどうかといった小さな小窓が見える。
「実はあの窓は枠が外れるようになってるんだ。僕が逃げる際に細工をした窓なんだけど、なぜこんなところに兵士がいるんだろう」
小さく呟くように説明したマヌケントは厳しい表情をする。
「戦闘は避けては通れない、か」
アヒトが腕を組んで思考していると、チスイが肩に手を置いてくる。
「私が囮役を買おう」
そう言いながらチスイは自ら兵士に見られるように歩いていく。
「お、おい……」
アヒトは止めようとしたがすでに遅く、兵士の一人がチスイの存在に気付く。
「何者だ。どこから入った」
チスイは左手を刀の鞘へと触れさせながら、軽く兵士へと一礼する。
「すまぬがしばらく仕合ってもらうぞ。私は波平智翠。其方らを倒す者だ!」
腰をかがめ、右手を刀の柄へと触れさせた瞬間、チスイの身体が一瞬で加速する。
前方にいた兵士二人が一瞬にして鎧ごと斬られ鮮血を散らす。
それを見た他の兵士が首に下げていた笛を鳴らす。甲高い音が響き、「敵襲!」という言葉が周囲に広がっていく。
「行けアヒト!」
チスイはアヒトに視線を向けずに言葉にする。
「だけど、チスイ……」
躊躇うアヒトにチスイは刀を持つ手を横に伸ばす。
「案ずるな。この刀がある限り、私はこのような場所では死なぬ。それに彼らにはちゃんと手加減を与えている」
そう言われてアヒトは倒れている兵士へと視線を向けると、血は流しているが致命傷ではないのか、呻き声を小さく上げていることがわかった。そしてアヒトも気持ちを切り替える。
「……わかった。だが無理はするなよ! 城内で会おう!」
「相分かった!!」
チスイは気合いよく叫ぶと再び兵士たちに向かって地を蹴った。同時にアヒトは倒れた兵士が落とした剣を拾い上げて柄で窓を叩き落とす。
「いいぞ! 中へ入るんだ!」
アヒトの掛け声を聞いてマヌケント、サラ、テトの順に中へと入っていく。
最後にアヒトは一度チスイの方へと視線を向ける。
周囲を多くの兵士に囲まれ、一斉に攻撃を仕掛けてくるのに合わせてチスイは身をかがめて刀を横薙ぎに周囲へ一閃。
一瞬にして複数人の兵士が吹き飛び血を流し倒れていく。だがチスイには一滴も血を浴びることはなく、その姿はまるで踊り子のように華麗で美麗で、そして壮麗であった。
それを見届けたアヒトは視線を戻し、城の内部へと飛び込んでいった。
「ふーん。この世界の人間もなかなか面白いね」
アヒトたちが城の中へと入っていくのを屋根の上から見ていたクッコは足をパタパタと揺らしながらそう呟く。
「だけど、勇敢と無謀は似て非なるものなんだよ? あんな脆そうな子たちはどうやって戦っていくんだろうね」
クッコは黒い球体へ向けて言葉にする。
「モッキュ! モッ、モッキュ!」
「ふふ、そうだね」
そんなやりとりの後、一人残り戦い続ける少女へと視線を向ける。
「あの子……もしかして……」
暇つぶしに眺めていた光景だったが、明らかに人間の動きではない少女に目を細める。彼女が持つその刀からは黒々しい魔力が漏れ出ているのが見える。そしてその魔力の気配にクッコは見覚えがあった。
「……さすがに、この情報は持ち帰った方が良さそう……」
鑑賞するように楽しんでいたクッコの表情が真剣なものへと変わり、何かを考えるようにそれ以降口を開くことはなかった。




