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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第16章
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第4話 それぞれの企み

テトは目を覚ますと冷たい地面に横たわっていた。


 起き上がろうとしたが身体に激痛が走ったため、諦めて視線だけを周囲に向ける。


 周囲は薄暗く、天井がとても高い。近くに木箱のようなものがいくつも置いてあることからどこかの倉庫なのだろうかとテトは思った。


「よぉ、目が覚めたか?」


 木箱の上に座り、どこかで買ってきたのかナイフを軽く宙に投げて遊ぶ男がテトに向けて言葉にする。


「うっ……テトをどうする気です?」


「なんだ随分冷静だな。ガキのくせにこういった状況には慣れてるとでも言いたげな顔だな」


 テトは額に汗を浮かべ、男の言葉に対して肯定するような小さな笑みと激痛に耐え歪んだ顔が入り混じった表情をする。


「魔獣と比べたら、あ、あなたみたいな優しい人なんて怖くないのです」


「ハッ、魔獣? 俺が優しい? まだお前の頭ん中は夢の中なのか?」


 男は子どもの戯言だと面白半分で問いただす。


「優しいです。テトが今生きているのがその証拠なのです。テトを殺そうとした人たちは今までいっぱいいましたですが、その人たちは残酷な人たちでしたです」


「……俺は残酷じゃないから優しいと?」


「はいです」


「なぜ残酷じゃないと思った?」


「テトの知る残酷な人たちは、どうでもいい人たちでもすぐ殺すです。あなたは、あの病院にいた人たちを誰も殺さなかったです」


 だから根は優しい人で誰にも死んでほしくないが、どうしてもお金が必要になってしまい非情で残酷な人間のフリをするしかなかった。


「顔につけている黒い布はほかの人に自分が悪い人のフリをしていることがバレないようにするためなのではないのです?」


 そんなテトの推理を聞いた男は僅かな沈黙の後、クスクスと肩を揺らして笑い始めた。


「フフフフ、なかなか面白い話だけどよ。残念ながらハズレだな。俺がお前を殺さないのはこの場所が警備兵にバレた時のための人質のためだ。顔を隠している理由も指名手配されないようにするためだ」


 残念でしたと言ったように顔を傾けて両手をパッと上に挙げる。


「病院で人を殺さなかったのはどうしてなのです?」


 間髪入れずに質問したテトの言葉に男の口元は引き締まる。


「……それは、あれだ……気分だ。魔力消費もバカにできないからな。俺に歯向かった奴だけ殺そうと思ってたんだ」


 そう男に言い切られてしまってはどうにもならない。証拠など何もないのだから。


「……気に食わねぇ目をしてやがるな」


 男を見つめる少女の瞳から「まだ諦めていない」といったことが読み取ることができ、眉間に皺を寄せる。


「お前を殺さねぇって言ったがよ、どうやら外の様子は静かみてぇだ。お前が人質である必要もなくなってきた。この意味わかるな?」


「…………」


 男は手に持っていたナイフをテトへと向ける。


「そのウザイ瞳を潰してから息の根を止めてやる」


 木箱から飛び降り、ゆっくりと近づく。


 しかしその瞬間、重い扉を開ける音とともに薄暗かった場所に光が差し込み、二人の人影が映る。


「ちぃ、タイミングが悪いんだよクソが!」


 思わぬ敵襲に男はテトの方へと距離を詰めるべく駆け出すが、それよりも先に周囲が黒い霧に覆われる。


「な、なんだ!?」


 一瞬で自分がどこにいるのかわからなくなり、横たわっていたであろう銀髪の少女も見失う。


「キシャアアアアア!!」


「おあああああああ!?」


 音もなく目の前に巨大なトカゲのような魔物が大口を開けて姿を現したことで男は悲鳴をあげてその場に尻もちをついた。


 だが巨大トカゲは男を食べようとはせず、代わりに一人の人影が走ってくるのが視界に入る。


 咄嗟にナイフを構えた男だが、前に突き立てた瞬間に蹴り落とされて何処かに転がっていく。


「そこまでにしろ。無駄な抵抗は君の身を傷つけることになる」


 目の前に立ったコートを着た少年は木剣を男に向けて構える。


「な、なんだよ。ガキじゃねぇか。大方さっきの学生のお友達か何かか?」


「そんなところだ」


 両手を挙げて降伏の仕草をとる男の質問に軽く答える少年。


 しばらくすると、横からテトを抱えて青年が歩いてくる。


「ご主人さまぁ!」


 青年から離れたテトがご主人様と呼んだ少年へと抱きつく。


「やあテト。無事で良かった」


「はいです! テトは頑張りましたです!」


 そう言ったテトは涙を流しながら主人の肩へと顔を埋める。


「マヌケントもありがとう。君の使い魔は本当に優秀だな」


マヌケントと呼ばれた青年は微笑みながら軽く頷く。


その光景を見て、男はフッと小さく笑みをこぼす。


「お前らの眩しい姿が羨ましいったらありゃしねぇよ。俺もガキの頃はそんな表情をしていたのかもな」


 腕を挙げ続けることに疲れたのか、だらりと床に座り込む男はそう呟いた。


「お金に困っているんですか?」


 テトを抱える少年――アヒトは男に質問する。


「あぁ、俺のようなスラムに住んでいる者にとっては常に金に困らされている。こうするしか方法はなかったんだ」


 全てを諦めたのか先ほどまでの高圧的な態度はなりを潜め、静かに言葉にする。


「やっぱり優しい人なのです」


 テトが可愛らしく笑みを浮かべる。


「お前は強い奴だ。そんなに俺は怖くなかったのか?」


「怖かったです」


「……ならなぜ」


 なぜあんな危ない状況で自分から前に出るようなことをしたのだろうか。その答えをテトはすぐに言葉にした。


「ご主人様ならそうすると思ったからなのです。それに、あれくらいテトが一人でどうにかしないとティアお姉ちゃんを助けることなんて絶対にできないのです」


 実際は一人ではなかったし、まったくもって歯が立たなかったので、側から見たら自殺しに行く無謀者にしか見えないのではないだろうかと男は思ったが、今となってはどうでもいい話である。


 そんなことよりもテトが言葉にしたことに男は疑問を抱く。「お姉ちゃんを助ける」と確かにこの少女は言った。それに少女を抱える黒いコートを着た少年の胸には鉄の胸鎧を着けている。こんな寝泊まりをするだけのような町では少し場違いな格好である。


「お、お前らいったい何者なんだ」


 思わずそう言葉にした男にアヒトはマヌケントと視線を交わしゆっくりと口を開く。


「なに、少し国を変えようと企んでいる者さ」







 帝国都市ケレント。


 この国を統治する帝王ボレヒスは使役士育成学園の学園長であるミュートニーとともに地下へと繋がる隠し部屋の階段を下りていた。


「それで、あの亜人の様子はどうなっておるのだ?」


 ボレヒスの質問にミュートニーは端的に答える。


「はい。昨夜から突然様子が変わり、今までが嘘のように我々の指示に従順です」


「いったい何があったのかは知らぬが、好都合だな。首輪の方はどうなっている?」


 その質問にミュートニーは待ってましたとばかりにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「我々の指示に従順なおかげか、半日も早く完成に至りました」


「ほぉ……」


 ボレヒスも興味が湧いてきたのか、無意識に歩く速度が上がる。


 ミュートニーの先導で重い鉄の扉を開け中へと入っていく。中は研究室になっており、ある一つのテーブルの上に銀の受け皿が置かれていた。ミュートニーはそこへ近づき、銀の受け皿ごと持ち上げる。


「どうぞ、ご確認ください」


 そう言ったミュートニーはボレヒスに向けて差し出す。銀の受け皿の中には一つの首輪がある。黒を基調として紫のラインと小さな装飾がいくつかつけられている。


「首輪の効果は『隷属の首輪』を遥かに超えるものとなっております。もとの効果は着けた相手に好意を抱かせ、友好的にさせるというもので、もう一つ、あの亜人を回収した時に首につけられていたものを調べたところによると、着けた相手に好意を抱かせるのは変わりはないのですが、その好意の種類が別物だということが判明しました」


「好意の種類だと?」


「はい。通常の首輪は『友好的』でしたが、もう一つは『恋愛』でした。後者の方がより強い強制力を持ちます」


 それを聞いてボレヒスは「ふむ」と呟くのみで、ミュートニーに続きを促す。


「そして、我々が作り上げたものの効果は、より『従順に』をメインに作ったため、主人の言葉には必ず従うことでしょう。なおかつ『恋愛』をも取り入れることによって絶対に主人を裏切らないというものにしました。首輪で強制的に発情させることも可能です」


「ふん、要らぬものをつけおって」


 そう言ったボレヒスだが、首輪から視線を一度たりとも外していない。


「お手にとってお確かめください」


 ボレヒスはそっと首輪を掴み、「ほぉ」とさらに目を見張った。


 これさえあればどんな奴でも自分のものにできる。そう考えてしまった以上はやく試したくてしょうがないと言った様子を見せている。


 ミュートニーは銀の受け皿をテーブルに戻して口を開く。


「亜人はこの先におります。どうぞこちらへ」


 奥にある扉を示して歩き出すミュートニーの後を静かについていくボレヒス。


 扉を開け少し進むと、一つの牢の中に小さな人影が映る。


 牢の中で横になり、静かに目を閉じている亜人の少女。


「あの時は少し遠目からだったためよく分からなんだが、こうしてみると、獣の耳と尾以外はまるで人間だな」


 ボレヒスがそう呟いたことで亜人の少女の頭にある三角の耳がピクリと反応し、瞼が持ち上がる。


「おい、本当に安全なのだろうな?」


 念のためミュートニーに確認をとるボレヒスだが、「ご安心を」とミュートニーは言葉にして牢の扉を開ける。


「……今度は何をするつもり?」


 亜人の少女が上体を起こし光のない瞳を向けて言葉にする。


 その質問に牢へ入ったボレヒスが答える。


「娘よ、お前にはこれをつけてもらう」


 そう言って先ほどの首輪を見せる。


 亜人の少女は、首輪にいい思い出がないのか、一瞬嫌悪の視線を向けるが、すぐに無表情に戻る。


「……わかった」


 そう言って少しだけ顎を上げて首元を見せ、ゆっくりと瞳を閉じる。


 そんな従順な亜人少女にボレヒスは度肝を抜かれたが、相手がいいと言っているのだから躊躇う必要はない。


 だが一応つけなかった場合を確かめるべく、一度亜人の少女の頭に触れようと近づき手を伸ばすが、カッと閉じていた瞳を開けた亜人の少女はその手を払い除ける。


「なんで頭に触れる必要がある?」


 無表情で言葉にする亜人の少女だが、頭に触れるという行為にはどこか捨てがたいものがあったのだろう。今はこのデータが取れただけでも良しとする。


 ボレヒスは再び警戒している亜人の少女に近づき、次は首元に視線を向けると、抵抗されることはなく、首輪をはめることができる。その際、一言だけボレヒスは言葉にする。


「今日から我がお前の主人だ」


 そう言い終えたと同時に、亜人の少女の身体がビクリと跳ね上がり瞳を大きく見せる。


「あ……あぁ……」


 視界が明滅し、鼓動が速くなる。目の前に立つ男が新しい主人であることにこれまでにない悦びを感じてしまい、一筋の涙が流れる。


「立て、娘よ」


 彼の言葉には絶対に従わなければならない。そう勝手に脳が判断し、身体が一人でに動く。だが不思議と悪い気がしない。これで良い。これが正しい。そう感じずにはいられなかった。


「名を言うが良い」


「……ベスティア」


「ではベスティア、お前は今日から我のものだ。我を愛し、我の色に染まるが良い」


 その命令に再びベスティアの鼓動が激しくなる。顔に熱が生まれ、先ほどまで人形のように無表情だった顔に色が生まれる。


「……ん。私に居場所をくれるなら、どんなことにでも従う」


「良い。お前の居場所はここだけだ。それは我が保障しよう」


 その言葉を聞いてベスティアは頰を紅潮させ、はにかんだ笑みをボレヒスへと向ける。


「ここは暗い。お前にはもっと良い部屋を用意しよう。ついて来いベスティア」


 そう言ってボレヒスは片腕を広げて自分の脇に来るようにと促す。


「ん。ありがとう主人様」


 ベスティアは飛び込むようにボレヒスの脇に入り込む。


「フフフ、効果は絶大ですな」


 ミュートニーがそう呟くと、ボレヒスが眉間に皺を寄せて答える。


「この娘の前で二度と首輪について口にするな。何かの弾みで効果が切れるやも知れぬからな」


 そう言ったボレヒスにミュートニーは「失言でした」と深深く頭を下げる。


 念のためボレヒスは脇に張り付くベスティアに視線を向ける。


「? どうしたの主人様」


 まるで先ほどの会話がベスティアには聞こえていないかのような発言に、ボレヒスとミュートニーは目を合わせる。


「これはお前が設計したものか?」


「いえ、このような効果はなかったはずでございます」


「だとすれば、この娘が自分でかけたフィルターなのか……」


 ボレヒスは呟きながらベスティアの頭をそっと撫でると、先ほどとは打って変わってまるで幼児退行したかのようにくすぐったそうに瞳を閉じて受け入れるベスティア。


「まぁ良い。これはこれでありがたく利用させてもらおうではないか。フハハハハ」


 ボレヒスは高らかに笑い、ベスティアを連れて地下牢を後にするのだった。


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