第2話 王の子
バカムの驚愕の叫びに固まっていたアヒトも我に返った。
「えっと、本当に君はあのマヌケントでいいんだよな?」
「君は定期的に失礼だね。ま、僕が言えたことではないのだけどね。……とりあえず僕は二人の知る僕で間違いないよ」
そう答えたマヌケントにバカムが続けて質問する。
「なんで今まで隠してたんだ?」
「それは話せることをって事かな? まぁ他のことにしろ、隠していた方が僕にとって安全だからね」
「じゃあなんで今になって話すんだよ」
「それはアヒト君の事情にも少し関わってくる話だから、まずはそうだね、僕の名前から説明することにするよ」
そう言ったマヌケントは怪訝な表情を浮かべる二人の視線を受けながら背筋を伸ばして立ち、右手を胸元へとそっと当てる。
「僕の本当の名前はマクシミリアヌス・S・ギオ・ケレント。マヌケントという名前は自分の名前の一部を抜粋したものなんだ」
改めてよろしくと言うように丁寧にお辞儀をしたマヌケント改めマクシミリアヌスは今までに見せたことがない爽やかな笑みを二人に向けた。
そんな爽やかな笑みなど今はどうでも良いかのようにバカムとアヒトは二度目の驚きによって再び言葉を失った。
「…………た、確かに、マヌケントにはラストネームがなかったな。俺はてっきり孤児だと思ってたぜ。てか、おめぇ親からミドルネーム二つも貰ってるのかよ」
バカムの感心したような表情にアヒトが慌てて口を挟む。
「ばか! ラストネームが『ケレント』ってことはつまりマヌケントの親はこの国の王だぞ!」
「は? …………はぁあああ!?」
一瞬何を言ってるんだといった顔をしたバカムだが、よくよく考えてみて自分でも理解したのか、今日だけで何度目かの驚きの声を響かせる。
「おめぇ王子だったのかよ! ……あ、言葉遣いとかやばかったりするのかこれ。えー、ま、マクシ……?」
今更になって顔を青ざめさせるバカムにマクシミリアヌスが腹を押さえて涙ぐみながら笑ってしまっていた。
「……はーいやなに、僕のことはこれまで通りに接してくれて構わないし、名前もマヌケントのままで構わないよ。愛称みたいでいいんじゃないかな」
「お、おう。おめぇがそー言うんなら、そーすっかな」
バカムが無理やり自分を納得させ、マヌケント(愛称)という青年と改めて握手を交えるバカムとアヒトだった。
「……話を進めるぞ。このままだと日が暮れる」
そう言ったアヒトにマヌケントは軽く頷き同意を示す。
「そうだね。なら、今回はちょっと僕のことは後回しにした方がいいかな?」
「いや、手短に頼む。ベスティアが王城に連れて行かれたのだとしたら、何か役に立つかもしれない」
「わかった」
そう言ったマヌケントはアヒトたちの近くに座り直し、小さく咳払いをする。
「えー、それじゃあ手短に話すね。僕は名前の通りこの国の後継となる第一王子さ。だけど僕は城から逃げ出してきた身なんだ」
マヌケントは現国王であるボレヒスとその従者であった女性との間に生まれた身だった。聞くところによると、従者であった女性を夜な夜な無理やり寝室に連れ込み情事に至っていたらしい。従者の女性はマヌケントを出産後、すぐに息を引き取ったようだ。しかし、ボレヒスは生まれた息子の育児はせず、次々と目当ての女性を寝室に連れ込み、妊娠、出産を繰り返していたらしい。
「僕は優しい使用人たちに育てられたこともあって父の性格に影響されることはなかったみたいだけど、弟たちはそうもいかなかったんだ」
第二王子、第三王子は悪質な行為が目立ち、多くの市民に知れ渡ったことから、母親共々国外追放され、それ以外の弟や妹たちも悪質犯罪で追放されたり母親と夜中に逃げ出したりしたという。
「14を過ぎたくらいでね、さすがに僕も限界だったんだ。毎年変わる使用人に育てられることもそうだったけど、何より父は怪しい動きを見せていたんだ」
ある日、たまたま父であるボレヒスの部屋の扉が開いていることに気づいたマヌケントはこっそり忍び込み、そこである契約書を見つけてしまった。
「……魔族による世界征服……選ばれた存在の魔人化計画!?」
アヒトは目を見張り、思わずマヌケントの言葉を復唱する。
「それの協力に同意する契約書だったんだ」
もしベスティアがボレヒスのもとへと渡っているのだとしたら、その魔人化計画とやらに加担させられている可能性が高いと予想される。
アヒトはいくつもの実験器具に繋げられているベスティアを想像して一筋の汗を垂らして身震いする。
「おい、マヌケント。まさかそれを見て逃げ出したんじゃねぇだろうな?」
バカムが布団を強く掴み、マヌケントを睨みつける。
そしてその視線を真っ直ぐ受け止め、マヌケントは言葉にする。
「そうだよ。僕はあの場から逃げたから今ここにいるんだ」
「この腰抜けが!」
バカムが自分の枕を掴んで勢いよくマヌケントに投げつけた。
「おめぇが逃げ出したりしなけりゃ、とっくに魔人化計画は終わってただろうがッ。そうしてりゃあアヒトの使い魔は連れて行かれなかったかも知れねぇし、先生だって死ぬことはなかったかも知れねぇだろうがよ!」
バカムの言葉にアヒトが目を見開く。ベスティアのことをあんなに毛嫌いしていたためにその発言には少し意外性を感じたが、そんな事よりも聞き捨てならない発言に耳を疑った。
だがそれを言葉にするよりも先にマヌケントが叫んだ。
「僕だって! できることならしたかったよ。だけど、あの時はどうしようもなかったんだ。籠の中の鳥でしかない僕に何ができるって言うんだ! ……あんな紙切れを見せたところで腹違いの兄弟のように馬鹿にされて、蔑まれて、汚物のようにこの国から排除されて、全部無かったことにされるのが関の山なんだ。ケレント帝国では後継は生まれなかった。そう記録に書き換えられて終わるんだ……」
歯を食いしばり両手を強く握り締めるマヌケントの姿にバカムの怒りも徐々に鎮まっていく。
所詮は権力が勝つ事は16年も生きていたら嫌でも理解する。いかに王族の生まれであったとしても力は親の方が強い。子どもがある果物を指差して「これはリンゴだ」と言ったとしても国を治める王が「これはブドウである」と言えばブドウになるのと同じで、マヌケントが国王の狂人さを世間に言ったとして、それを証明できるものがあったとしても、国王自身が子どもの戯言だと言われてしまえばそれまでなのである。
「……だけど、今の僕はあの時とは違う。戦う力を得たし、何よりこうして仲間を持つことができた事が昔の僕との違いだよ」
そう言ったマヌケントは力強い瞳をバカムに向ける。
もう弱い自分でいることは辞めた。目の前から逃げない。そんな意思が込められた瞳にバカムの心にも熱いものが湧き上がってくる。
「バカム君……いや、あえていつも通りに呼ばせてもらうよ。……ヤっちまいましょう兄貴!」
その言葉を受けて、バカムは少し照れたように鼻先をポリポリと掻き、「おう!」と言葉にする。
「アヒト。俺からおめぇにこの最高の戦力を託す。俺が行けねぇ分、しっかり暴れて来い! 失敗したらおめぇの鼻っ柱へし折りに行ってやる」
バカムは「覚悟しろよ」と言葉にし、アヒトに向けて拳をゆっくり突き出す。
アヒトはその拳に合わせるように自分の拳を差し出し、静かに頷く。
「よし、手短にって言ったけどかなり時間が経っちゃったね。一階にある売店で飲み物を買いに行ったのならそろそろアホマル君たちが帰ってきても不思議じゃない。悪いけど彼の前ではいつも通りにさせてもらうよ。彼ともまだ良き友人でいたいからね」
そう言ったマヌケントは二人が帰ってくるまでの間、今後の作戦について何か質問はないかと促し、アヒトがそれに応える。
「作戦に関わりはないんだが、先ほどのバカムの話に少し放置できない発言を聞いたから、それについて聞かせてくれ」
「あ? 俺なんか言ったか?」
バカムは眉を吊り上げて、自分の発言した記憶を辿るように視線を上に向ける。
「あぁ、先生が死んだって話だ。先生というのはつまりグラット先生のことで間違いないよな?」
それを聞いてバカムはそういえばそんなこと言ったなといった表情をし、小さく頷く。
「それについては俺もこいつらから聞いたんだ」
バカムはマヌケントの方へと視線を送る。
こいつらという事なのでおそらくバカムに直接伝えたのはアホマルなのだろうと思いながらもアヒトはマヌケントに視線を向ける。
「……やれやれ、僕が話せると分かった途端に今までのように空気として扱ってくれないとは、さすがに僕の舌も過労死してしまうよ」
「「それは隠していたおめぇ(君)が悪い」」
アヒトとバカムが同時にマヌケントへと呆れた視線を向けるが、マヌケントは苦笑しながら冗談だと言うかのように両手ををひらひらと振り、ゴホンと一つ咳払いをする。
「グラット先生が亡くなられたのは本当のことだよ。なんでも、僕らが鮮花祭を行なっている最中に何者かあるいは魔族によって襲われたらしい。死体は魔法なのか魔術なのかは不明なんだけど、それによって細胞が腐敗していて、正直本人かすらも分かっていない。先生の研究室に死体とその場に先生がその日に着ていたと思われる服と杖が落ちていたことと、その日から先生が行方不明になってることから、死体は先生だと判断したみたいなんだ」
「なんでそんなに詳しいんだ?」
「僕の行動力を舐めてもらっては困るね。グラット先生が亡くなられたと聞いた時からいろいろと探っていたんだ」
マヌケントといえばバカムたちの後ろをついてまわっているようなイメージだったのだが、そんなイメージとはまったく違った人物だったのだと感じ、それと同時にマヌケントが話してくれた内容をしっかりと頭に入れておく。
「細胞が腐敗、ね……」
「何か思い当たることでもあんのかよ」
アヒトの呟きをバカムが拾い上げる。
「あ、ああ、……いや、なんでもないんだ」
今は事件のことよりもベスティアを救う方法を考えなければならない。王城への侵入方法やベスティアの居場所など、考えなければいけないことは山ほどある。
「ベスティアを救う方法なんだけど、城にはかなりの兵士がいるんだろ?」
アヒトはマヌケントへ向けて質問を飛ばす。
「兵士だけなら有難いんだけどね。城の内部には『騎士』と呼ばれる存在が多くいるんだよ。戦慣れしている彼らにとっては僕たちなんて指先で豆を飛ばすようなものさ。できれば見つかりたくはないね」
「なるほど……どうしたものか」
アヒトが腕組みをして唸っていると、マヌケントは安心しろとでも言うように笑みを向ける。
「任せて。僕は誰にも見つからずに城へ入れる抜け道を知ってる。城から逃げたのもその道を通ったからなんだ」
「本当か! ならあとはベスティアの居場所になるんだな」
「それも任せてくれないかな。大方当たりは付けてあるんだ」
その言葉にまたしても目を見張るアヒト。もしかしたらマヌケントはかなり優秀な人物なのではないだろうか、と脳内で彼に対する情報を大幅に修正するアヒトだった。
「……わかった。じゃあ城への潜入とベスティアの救助までは君に着いて行く、その後の逃げ切るまでの戦闘などはしっかりサポートさせてもらうぞ」
「そうだね。よろしくお願いするよ」
マヌケントは快く頷き、「さて」と言葉にし両手を打ち鳴らす。
「そろそろ帝国へ向かおうか。できれば視界の悪い朝方までには着きたいからね」
「そうだな。つーかアホマルの奴何やってんだ?」
そうバカムが毒吐いたとほぼ同時に病室の扉が勢いよく開かれる。
「……あ……兄貴……」
扉に寄りかかり掠れた声を出して姿を見せたのは、三人で噂をしていたアホマルだった。
しかし、彼の姿はボロボロで、目が腫れ鼻から血を流し、唇は切れてしまっていた。
「アホマル!? おめぇどうしたんだその姿!」
バカムがそう叫び、アヒトとマヌケントが床に倒れ込むアホマルに駆け寄る。
「す、すまないっす。嬢ちゃん、を……守れなかったっす」
アホマルはアヒトのコートを掴みそう呟く。
「テトに何かあったのか!?」
「……つ、連れて行かれ……」
そこまで言葉にして力尽きたのか、アホマルは瞳を閉じ、だらりと力なく倒れ込んだ。
「おい! おい!」
アヒトはアホマルの肩を掴んで揺らすが目を開けることはない。
「大丈夫だよ。気を失っただけみたい。急いで追いかけよう。まだ遠くには行ってないはずだよ」
「……そうだな」
アヒトとマヌケントは倒れているアホマルの左右の腕をそれぞれの自分の肩に回し、バカムのいる病室の中へと運び入れる。
「バカム、悪いがアホマルのこと頼んだ。それと、時間的にもうここへ戻れそうにない」
アヒトの言葉にバカムは深く頷く。
それを確認した二人は急いで病室を出て行く。
「おいアヒト!」
しかし、アヒトが出て行こうとしたところをバカムが呼び止めたため、アヒトは一度バカムに視線を向ける。
「あの時の記憶は曖昧だが、俺がやらかした事は確かだ。すまなかった。んで、今日は会えて良かったぜ」
そう言ってサムズアップするバカムにアヒトは口角を上げる。
「おれもだよ。今日だけで君の良いところをたくさん見る事ができた。……また会おう!」
そう言ってアヒトは廊下を駆けて行った。




