第1話 久しぶりの再会
幼い頃、お父さんよりお母さんの方が好きだったのを覚えている。
「ここでは好きなことすればいいの。壁に絵を描いたりお花を摘んだり……あなたが幸せだと思えるような居場所にすればいいの」
そうお母さんが言っていた事だけは何となく覚えていて、お父さんはいつも頭を撫でてくれた。
今はもう両親の顔は思い出せない。
気づけば自分の居場所はなくなっていて、大切な二人も遠くへ行ってしまった。
一人、ひとり、ヒトリ……
また、一人になった。
次は大丈夫なんだとどこかで思い込んでいた私が馬鹿らしくなる。
私は幸せだった?
きっとそうなのだろう。そう思いこんでいたのだと思う。
なら、今いるこの場所でも私が幸せだと思えるように、ここが私の居場所だと思えるようになればいい。
この場所が、この暗い暗い何もない場所が、私の新しい居場所…………。
アヒトとテトは帝国都市ケレントへ向けて村を出てから丸1日たったが、未だに到着の見込みは見えなかった。
当初は村を出た先にある森の中でフォウリアの姿に戻ったテトの背中にアヒトを乗せて1日ほどで都市に戻る計画だった。アヒトは幼少期に夢見た空を飛ぶ自分を思い出し、少しばかり高揚していたのだが、いざ飛び立とうとテトが翼を広げたまでは良かったものの、地を蹴り少しの浮遊感を覚えたかと思った途端にまさかの墜落という結果になってしまった。
どうやら今のテトの体では少なくとも16歳以上の人間男性を背中に乗せて飛ぶことは不可能に近いようだ。
仕方がないので村から出てくる交易商業馬車にこっそり乗り込み、出発することにした。
現在は都市と村の間にあるが、少し南に位置している、『リフレクト』という少し大きめの町を訪れていた。
ここでは都市に向かう人たちの休息所として利用されることが多いため、大きな宿が幾つも建設されている。そのため、住んでいる住人も若手が多く、商店街では都市の繁華街と同じくらいの喧騒で溢れていた。
アヒトとテトは昼食を食べ終え、適当に選んだ飲食店を後にする。
「うん、初めて入る場所だからすごく不安だったけど、なかなか美味しかったんじゃないかな」
「テトもそぉ思うです〜」
お腹が膨れて満足なのか、テトはお腹を撫でながら口から可愛らしい音を鳴らす。
本当はもっと早くベスティアのもとへ向かいたいのだが、都市行きの馬車が出る時刻は限られている。テトが飛べない以上慌てていても何も起きないのでここは冷静に装備を整えるべく、武器や防具といった商業施設が並ぶ場所へ向かうべきだとアヒトは判断した。
さまざまな武具を見て回ったが、結局のところ身動きが取りやすい鉄の胸当てと籠手、それに安いコートを着込んだ装いとなった。以前までは学生であったため、制服自体に術式が埋め込まれており、制服さえ着ていれば余分な防具など要らなかった。そのため、姿見に映る自分の格好に違和感と恥ずかしさを感じてしまう。
そんなアヒトの気持ちに気づいたのかは定かではないが、テトは「かっこいい!」と連呼してくれたおかげで今の格好になっているのだが、この格好に慣れるには少し時間が入りそうだとアヒトは思ってしまった。
しかしながらも、こうしてテトと一緒に買い物をしていると、初めてベスティアと装備を整えに商店街に訪れた事を思い出してしまう。焦る気持ちを必死に抑えながら歩いていると、人混みに混じってとある店に見知った立ち姿の二人を見かけた。
「……なぁテト。少しあっちに行かないか?」
「はいです」
アヒトが指差す方向をチラリと見てニッと笑みを浮かべて頷く銀髪の少女。
はぐれないように気をつけながらそっと目的の人物に近づいて行く。声をかけなかったのは二人の後ろ姿が本当に自分の知っている人物なのか確証がなかったからなのだが、さすがに近づきすぎたのか、二人のうちの片方がアヒトに気づき、目を丸くする。
「おま……アヒトじゃないっすか。何でここに」
そう言葉にしたのはあの学園祭での事件で暴走したバカムの友人であるアホマルだった。
隣に立つマヌケントも静かにアヒトへと視線を向ける。
「君たちこそ何でこんな場所にいるんだ? 学園はどうしたんだ」
アヒトの言葉にアホマルとマヌケントは不思議そうな顔をして一度視線を交わし、アホマルが口を開く。
「学園は今日休みっすよ。オレらはその、なんつーか、兄貴のお見舞いっすね」
「……そうか」
生徒が勉学に励む日数は、どんなに連日でも6日までが最大と決まっている。祝日などで休みになる事以外は基本的に6日間学園に通い1日休むといったサイクルである。なぜその制度にしているのかというと、過去に勉学のストレスで暴動を起こした生徒がいたために、休日を作ったとアヒトは記憶している。退学になったアヒトにとっては学園に通う日数など今は把握していなかったため、気づいていなかった。何より、バカムの安否が確認できたことにアヒトは少し安堵する。
「おれも見舞いに行っていいか?」
そう言ったアヒトに再び二人は視線を交わし、同時にアヒトへ向けて頷いた。
バカムが入院している場所はここからそんなに離れておらず、アホマルとマヌケントの先導によって5分とかからずに到着した。
アホマルから聞いたところ、意識はすでに回復しているようだ。しかし、誰よりも重傷であったバカムの身体は未だ外を歩けるような状態ではないらしい。
「兄貴。戻ったっすよ」
アホマルが入室の合図を送りながら病室の中へと入る。それに続くように各々中へと入る。
「おう、面倒をかけたなアホマル。んで、美味そうなもんはあった、の……か……!?」
バカムはアホマルの背後に映る少年の姿にまるで幽霊でも見るかのように顔面蒼白にする。
「あああアヒト!? おめぇなんでこんなところに……」
室内に裏返った声を響かせるバカムにアヒトはぎこちない笑みを向けながら片手を上げて挨拶する。
しばらくの間バカムの動揺が続いたが、なんとか落ち着かせ、ここへ来た経緯を三人に話した。
「……そうか。すまねぇアヒト。俺のせいでおめぇも退学になったんだな。あの時はどうかしてたんだ。記憶もちょっと曖昧でよ」
学園祭の事件について力になれないことに悔やみながらバカムはアヒトへ頭を下げる。
「いや、いいんだ。それよりティアを、おれの相棒を助けることに力を貸してくれないか?」
アヒトの言葉にバカムは一度テトの方へと視線を向ける。
アホマルに紙で作った人形を見せられて目を輝かせている銀髪少女とベスティアを重ねているのか、しばらくの間視線を外さずにいた。
「できるなら俺だって力になりてぇがよ、今はこのザマだ。どうやらこれも力になれねぇみたいだ」
バカムの言葉にアヒトも「そうだよな」と呟き、立ちあがろうとしたところで背後から肩に手を置かれた。
振り返ると、そこにはマヌケントがおり、アヒトへ向けてサムズアップをしていた。
「マヌケント、おめぇって奴は……」
「ヤっちまいましょう兄貴」
マヌケントはバカムに笑みを向け、小さく頷く。
「わぁったよ。おめぇがそうしたいなら好きにすればいい」
バカムは両腕を頭の後ろに組みながらベッドに背を預ける。
「ありがとう、マヌケント」
戦力が多いことに不満はないが、もし失敗したら国外追放の可能性が高いにもかかわらず手助けをしてくれるというマヌケントには感謝の礼を言っても言い足りないほどである。
アヒトの言葉に今度はしっかりと頷くマヌケント。
そこにちょいちょいとアヒトは後ろからコートを引っ張られたので振り向くと、テトが申し訳なさそうに見上げていた。
「どうしたんだテト」
「ごめんなさいご主人様。テトおトイレに行きたくなっちゃったです」
そう言ったテトはモジモジと体を動かしており、かなり限界が近いようだ。
「わかった。けど、おれは場所がわからないからな……」
アヒトが悩んでいると、バカムが左手を上げて口開く。
「おい、アホマル。ちょっとこいつをトイレまで連れてってやれ」
「了解っす兄貴!」
ビシッと敬礼したアホマルはテトと一緒に部屋を出て行く。
廊下に出て扉が閉まる直前、テトが「喉も渇いちゃったです」と言葉にし、アホマルが「えぇ、オレの金で買うっすか!?」と嘆き肩を落とす姿が少しだけ見えていった。
「……アホマルって、子どもの扱い上手いのか?」
「さぁな。大人の女の扱いがド下手なのは確かだけどな」
「…………」
会話が途切れ僅かな静寂が入った途端、そういえばバカムとは喧嘩腰でしか会話をしたことがないという事実に気づき、話すべき事がなくなってしまった今、どんな話をすればいいのか分からず、無意識にソワソワしてしまう。
しかし、そんな静寂を一つの咳払いによって空気が一変した。
「ゴホン、さて、今のうちにいろいろと話しておきたいのだけれど、大丈夫かな?」
「「……!?」」
その声の主にアヒトどころかバカムまでもが目を見開き、口を半開きにして固まった。
「おま、ま、マヌケントが喋った!?」




