第7話 仮面の魔族 その4
時は現在に戻る。
こうして何の苦労もなく城に居座ることになったカプリ。謁見の間から出た今も自由に城を歩き回っているが、彼女を止める者は誰もいない。皆とばっちりを受けることを嫌うのか、カプリと出くわすと視線を逸らし、勝手に道を譲っていく。
「ふん。ベスティアがこの世界に居たがる理由も理解してきたかもしれねぇな。だが所詮はカスの密集地。脆弱で惰弱な奴らが心の傷を舐め合うようにたむろって安住してるようにしか見えねぇな」
そう呟いたカプリは吸い寄せられるようにとある壁の前で足を止める。
「ここか? ……そうか」
そんな独り言のようにも聞こえるカプリの呟きの後、彼女の立つすぐ右隣の壁に備え付けられていた飾り台の上にある固定された燭台にそっと手を触れ、軽く右に回転させる。
ガコンという何かがはまったような音がした後、壁が少しだけ奥へずれて横へスライドされる。
「こんな発展が遅れた世界でも隠し扉はあるんだな」
誰に言うでもなくそう呟いたカプリは地下へと繋がる階段を見つめながら中へ歩を進める。
幾段かを降りた時、少しだけ蝋燭による灯りが見え、そちらが目的地への道だと理解する。歩いた先にあったのは、地下牢のような場所であり、実験場のような場所でもあった。廊下の両脇にある牢にはかつて実験台にされたのか動物の骨や血痕が残っており、度々異臭が漂ってくる。
そんな場所を静かに歩いて行き、一つの鉄でできた扉を片手で難なく開ける。
そこは今まで通ってきた場所より少しだけ広く、そして明るい場所だった。いろいろな実験器具や術式の書かれた紙が壁に貼られていたり床に散乱していたりとどうやら研究室のようだった。
「ふーん。研究者ってのはどいつもこいつもリンのような部屋をしているんだな」
そんな呟きの後、誰もいないその場でまるで誰かと会話でもしているかのように「そうか?」や「違ぇねぇ」といった言葉を吐き、さらにその奥へと進んでいく。
扉を開くとそこは今までよりも幾分か真新しい造りになっており、こちらにもいくつか牢が置かれていた。
「……見つけた」
カプリの視線の先、そこにはジャリっと鎖を引きずるような音を鳴らしている一つの小さな影があった。
「よぉベスティア。元気にしてたか?」
牢に近づいたカプリは景気良く中にいる存在に挨拶をする。
「……何しに来た」
足枷をつけられ、重そうに引きずる亜人の少女はカプリに向けて警戒のこもった視線を向ける。
「いやなに、ちょっと散歩がてら様子を見に来てやったんだよ。それに一つ情報をお届けってところだな」
「……貴様と話すことなど何もない」
「あっそ。じゃあ俺はテメェのご主人様にでも会いに行くとするかな」
「やめろッ!! あぅ……!?」
カプリに掴みかかろうと牢に触れたベスティアは全身に鋭い痛みが走り抜けたことで倒れ込む。
「へぇ、電流が仕掛けられてるのか。これも魔術とかいうもんなのか? リソースの補給が大変だろうに」
そう呟くカプリにベスティアは上半身だけを起こして睨みつける。
「貴様は私の両親を殺した! アヒトも殺してまた私の居場所を奪うつもりにゃのか!!」
「…………」
ベスティアの質問に今まで愉快そうに話していたカプリはなぜか無言になる。ただじっとベスティアの青い瞳を見続けている。
「答えろ!」
「…………だったらどうするんだ?」
「決まってる。貴様を殺してでも守ってみせる!」
「今のテメェには無理だな」
そう言ってカプリはベスティアに背を向ける。
「待てッ! 待って! ……お願いだから、アヒトの所へは行くにゃ」
何もできない自分に歯噛みし、懇願に近い言葉を弱々しく発する。
そんなベスティアの言葉を背に、カプリは一度立ち止まり振り向かずに言葉にする。
「テメェのご主人様、今はこの都市にはいねぇぞ」
「…………え?」
何を言われたのか分からず呆然とするベスティアにカプリは言葉を続ける。
「学生も辞めて今は都市外にある田舎村でへーわに暮らしてるみてぇだな。……そんな奴でも守りたいと思うのか? 居場所はまだあるとでも思ってんのか?」
それだけを言い残したカプリはこの場を後にした。
後には力なくペタンと地面に座り一筋の涙を流す亜人の少女だけが取り残されていった。
地下牢への隠し通路を出たカプリは城の外へと行き、屋根の上へと登って行く。
時刻は夕方になっており、夕陽が空を赤く染め上げていた。
屋根伝いに歩いて行くと、先客が夕陽を眺めて座っていた。
「これから彼の元へ向かうの?」
先客はカプリの存在に気づいていたらしく、ゆっくりと振り向きながらそう言葉にした。
「んなわけねぇだろ。誰が好き好んでカスをヤりに行かなきゃならねぇんだ。死んでもごめんだね」
「そのカプリの言うところのカスである騎士を殺してるのに? 目立つようなことはしちゃダメなんだよ?」
「……どれだけ蒸し返す気だクッコ。何度も言うがあれは不可抗力だ」
クッコと呼ばれた少女はクスクスと笑みを浮かべて自分の影から黒い球体を取り出す。
「はいはい。カプリがそう言うんならしょうがないね。モキュムキュ」
モキュムキュと呼ばれた黒い球体は「モッキュ!」とひと鳴きして返事をする。
そんな少女に大きく舌打ちをしたカプリは大の字で空を仰ぎ見る。
空にはほのかに光出す星たちが見え始めていたのだった。
次回
第16章




