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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第15章
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第6話 仮面の魔族 その3

周囲にいた一軍だと思われる騎士たちが同時に距離を詰める。


戦いにおいて集団で個を狩るのは正しい選択である。被害を最小に止めて目的を終えることができる。何より集団の最大の強みは連携ができるということだ。一人がいかに優秀で技能が優れていたとしても完璧に連携のとれた兵士の集団に勝つことは容易ではない。


しかし、そういった誰もが知っていて当然だという知識を平気で覆してしまうような出来事がこの場で起こった。


 四方八方から攻めてくる騎士をカプリは僅かに視線を巡らせるだけで、次々とやってくる攻撃の全てを躱しきる。


「こんなもんか。この世界の人間は……」


 そう呟いたカプリは、二軍に向けて距離を詰める。まさか躱してくるとは思ってもいなかったのだろう二軍側にいた騎士はほんの僅かに行動が遅れてしまう。だがその僅かな遅れが致命的となる。


 虚をつかれてしまった騎士の一人はやぶれかぶれに剣を振るうがカプリはいとも容易く躱し、素早く姿勢を低くして右脚で相手の足をはらう。


 一瞬空中に浮き上がった騎士をカプリは左脚を軸に回転し、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 バキッと鎧が砕ける音と騎士の悲鳴が同時に聞こえ、蹴られた騎士は吹き飛び壁にめり込んでいく。


 それを見届けた他の騎士たちが息を呑み、動きを止めるものや遅れるものが現れるとそこからはただのカプリの蹂躙劇となった。


 鎧も何も付けていないただのブーツだというにもかかわらず、重装備の騎士たちが次々と蹴り飛ばされ宙に舞っていく。


 しかし、騎士たちも一度飛ばされただけでおいそれと負けを認めるわけにはいかない。痛む身体に鞭打って立ち上がり、再び攻撃を仕掛ける。


 先陣切って攻撃を仕掛けに行った一人の騎士がカプリに向けて一振り、二振りと剣を振るうが今までの訓練が無駄だと言われているかのようになぜか当たらない。


 そこで騎士は一度距離をとり、剣を中段に構えた時、その剣がほのかに光出す。


「せあああああ!」


 気合いの篭った声とともに高らかに振りかぶられ、相手を斬りつけるように振り下ろされた剣は、青白い光を発しながらカプリへ向けて斬撃が飛ばされる。


 しかし、矢と同じかそれより少し遅いくらいの速度でカプリに向かって行く斬撃は、彼女の右脚による回し蹴りによって一蹴され、霧散して行く。


「そんな!?」


 驚愕に顔を歪めた騎士に向かって蹴りの回転の勢いに任せて床を蹴ったカプリが、まるで落下でもしているのではないかといわんばかりの速度で肉薄する。


 咄嗟に剣を盾にして身を守ろうとしたが、カプリの蹴りを受けた剣はあっさりと折れ、騎士の胸鎧へと直撃して豪速で後方へと飛ばされてしまった。壁にめり込んだ騎士の胸鎧には大きな穴が空いており、口から大量の血が吐き出される。


 それを見た他の騎士たちが怯えた表情を浮かべ、一歩後退り、各々武器を構えるだけでもはや自分たちからはカプリに攻めることができない状態になっていた。


「はぁ……つまんねぇな」


 一歩、二歩、たったそれだけで別の騎士一人との距離を二メートル以内に縮めたカプリは躊躇なくその顔面に左足での横蹴りを放った。


「んぁ……?」


 しかし、何かを感じたかのようにカプリの左足が騎士の顔面に届く寸前で止められ、ゆっくりと出されていた脚が下げられる。


 目の前に迫っていた足に全身から汗を吹き出していた騎士は顎を震わせ、もはや武器を持ち上げる気力さえなくなっていた。


 だがカプリはそんな騎士のことは気にしておらず、なぜか天井へとその仮面を向けて大きく舌打ちをする。


 それを隙と見たのか、背後から別の騎士が足音を立てずに忍び寄り、高々く上げた剣を振り下ろした。が、まるで背中に目が付いているのではないかというほどの反射神経で背後の騎士の振り降りてくる手首をカプリは蹴り上げた。


「あっ……」


 それはカプリの口から発せられたものだった。


 ほとんど無意識で自己防衛のように放たれた蹴りが騎士の振り下ろされた手首に当たった瞬間、衝撃波によって剣もろとも騎士の両腕が吹き飛び、肩から下がなくなる。同時に壁まで飛ばされた騎士は出血多量により絶命した。


 これにはカプリも唖然としてしまうが、騎士一人が蹴り一つで死んでしまっている状況を目の当たりにした後では、そんなカプリの隙に対して攻撃を仕掛けようと考える騎士はもういなかった。


「……やっべぇ、やっちまったわ」


 カプリはフードの上から頭を掻きながら、この場の誰に言うでもなく小さく「うっせぇ」と言葉にする。


「そこまでだ! 全員武器をしまえ」


 突如ボレヒスがそう言葉にしたことで周囲にいた騎士たちが自分の生存に安堵の声を漏らしたり、恐怖に耐えかねて尻餅をついたりしていた。


「この場にいる者は今すぐにここから退出しろ。騎士たちは死体の処理と怪我人の手当てを別室で行え」


 ボレヒスの指示に使用人や騎士は続々と謁見の間を出て行く。


 やがて王と仮面の女性だけがこの場にいる状態になった時、ゆっくりとボレヒスが口を開いた。


「カプリと言ったな。貴様は魔族だな?」


「ふん。ご明察と言ったところだな。さて、俺が魔族だと知ってどうする気だ? さっきまでの会話はなかったことになるのか?」


「フフフ、我は約束は守る人間であるぞ。だがな、貴様が護衛につくためにはこの最終試練を受けてからにしてもらおうではないか!」


 ボレヒスが右手を前に出した途端に、カプリの立っていた床に魔法陣が出現する。


 瞬時に飛び退いたカプリは魔方陣へと仮面を向ける。どうやら魔法陣は初めからそこに埋め込まれていたらしく、誰かを捕らえるといったものでもないようだ。ボレヒスの言葉から推察するに、この魔法陣はおそらく……。


 そこまで考えた時、ボレヒスが出していた右手を上に振り上げる。


「出でよ! バジリスク!!」


 その声と同時に魔法陣から巨大な生物が浮上する。


 蛇のように長い首に長い尻尾、鳥の脚を持ち、頭には鶏冠、背中には悪魔のような黒い羽が生えている。


「バジリスクか……。クソみてぇな王様にはうってつけの化け物ってわけだ」


 そう言ったカプリにボレヒスは眉を顰める。


「何を言っているのか分からぬが、この魔獣はそこいらの奴とは一味違う。先ほどのように行くとは思うでないぞ!」


 そう言ったボレヒスはバジリスクに攻撃の指示を出す。


 バジリスクは甲高い鳴き声を上げると、口を大きく開ける。すると、上下の牙から紫色の液体が漏れ、それが口の中心の一点に集まり大きな水泡を作り上げ、カプリに向けて射出した。


 バジリスクが口を開けて射出するまでの間は僅か2、3秒、着弾までは1秒もなかったが、カプリはその攻撃を容易く躱してみせる。


 ベチョっと床に紫色の液体が撒き散らされるが、特に床が溶けたりするわけではないことから、生物にだけ影響のある攻撃だと判断する。


「なるほどねぇ。毒の化け物ときたか。まぁ俺には関係ないけど」


 カプリはバジリスクに向けて腕を伸ばし指を何度か曲げ伸ばし、かかってこいといった仕草を見せる。


 それを受けてなのかどうかは不明だが、バジリスクは甲高く叫ぶと羽を伸ばし空中に浮上する。そのままカプリに向けて突進しながら先ほどの毒水泡を連射してくる。


 それを的確にかつ着弾後にも触れないようにジグザグに回避して行くカプリ。


「……『不逃の沼(イネヴィタビル)』」


 カプリはバジリスクに振り向き、そう口にした瞬間、バジリスクが苦悶の声を上げて床に落下した。


「悪ぃな。俺の前で飛行なんざさせるわけねぇだろうがよ。目障りだ。ドカスはドカスらしく黙って地ぃ這っとけ」


 そう言ったカプリは立ち上がることさえできずにいるバジリスクに向けてわざとらしく右脚を大きく振りかぶる。


「……『不映の楔(クーネオ)』」


 そう呟き、振り下ろされた踵はバジリスクの頭頂部を直撃し、その瞬間にまるで頭部だけがプレスされたかのようにベシャリと潰れ、大量の血が噴出し謁見の間を赤黒く染め上げた。カプリは頭があったであろう場所から脚を退けるが、その後バジリスクが動くことはなかった。


「これが最終試練とかいうやつか? 興醒めな幕引きにも程があんだろ」


「……ぐぬぬ」


 精鋭な騎士が何十人と束でかかってようやく倒せるであろう魔獣を相手に傷一つ受けることなく倒してしまった仮面の女性をボレヒスはどうにか理由を付けて始末したかったのだが、今のが出せる最終手段であることからもう手はない。


 もとからバジリスクが何かあったとき用の防衛手段として与えられており、それをはるかに上回る強さを持った魔族が自ら護衛をしたいと言ってきているのだから素直に受けるべきなのだろうかと思考を巡らすボレヒス。


 しかし、あんな魔族がいたことなど聞いてはいないし、そもそも護衛をしたいという言葉すら嘘である可能性だってあり得る。


「おい。テメェは約束を破らねぇんじゃなかったのか? それともまだ俺との実力差が分かってねぇドカスのドカスってわけじゃねぇだろうな?」


「あ、あぁ無論我は約束を破ったりはしない。改めて、おまえを我の護衛役を担ってもらいたい」


「その申し入れ承りましょう、お・う・さ・ま」


 胸に手を当て一礼するカプリだが、仮面の下ではこれでもかというほどの笑みを浮かべているに違いない。


 ひとまず、今はカプリを護衛役としてそばに置かせることにし、隙あらば「王を勇敢に守って死んだ」という名目で片付けることにしようとボレヒスは決めるのだった。


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