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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第15章
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第4話 仮面の魔族 その1

廊下から響く絶叫を耳にしながら、ボレヒスは何事もないかのように使用人によって運ばれてきたワインを口にする。


「馬鹿な奴らよな。逃げずにいれば少なくとも恐怖を抱かずに死ねたというのに」


 グラスを片手に中の液体をかき混ぜるようにゆっくりと揺らしながら言葉にすると、背後からわざとらしく気配を丸出しにした存在が近寄ってくる。


「気色悪りぃ奴もいたもんだな。なんなんだあの黒ローブ。あれ以上見てたら目が腐ってたわ」


「あれもおまえと同じ魔族だぞ。それに、服装で言うなれば似たようなものだろう?」


 相手が隣にやってきたことでようやく視線を向けて言葉にするボレヒス。


だがそんな質問に「一緒にするな」と鼻で笑い、謁見の間を壁沿いに歩き出す魔族。それにボレヒスは視線を放さず、頭からつま先まで寝踏みするように眺める。


 服装は先ほどの魔族のような黒いローブを着ており、何に対して一緒にするなと言っていたのかがわからないほどである。違いを見つけるならば、先ほどの魔族は性別がわからず、顔も手も黒くなっているのに対して、目の前にいる魔族は、肌の色は人間と同じであり、顔にヤギを模したであろう仮面を被っているが、体型は細身で胸の辺りに膨らみがあることから明らかに女性であった。


「それにしてもあの入手した亜人、どうにかして我のものにしたいところであるな。おまえも聞いていただろうが、先の会話の通り『隷属の首輪』を付けなかったがために多くの知恵者が苦労しておる。あれさえ付けることができれば、あの亜人は我のものであり良い兵器となるだろう。それに、あれだけ人間に近ければ我の子を産むこともできるやもしれん。ま、できなくともあれと同じ存在を生み出す苗床にはなってもらうがな。フハハハハ」


 ボレヒスが一人で話し一人で笑っている間に謁見の間の周囲を歩き終えたのかつまらなさそうにひとつの柱に腕を組みながら背を預ける仮面の女魔族。


「……何が言いたい?」


 まわりくどい事はうんざりだとでも言うかのように顔をボレヒスに向ける。


仮面を付けているため、どこに視線を向けているのかどんな表情をしているのかがわからず、ボレヒスは小さく舌打ちをする。相手は魔族だが女性であることには変わりないため、卑猥な話題を持ちかければ少しは可愛らしい反応を見せるかと思い口にしたが、どうやら失敗のようだった。


「……いやなに、おまえに一つ提案をしたくてだな。あの亜人を静かにさせてくれないかね。勿論殺すと言う意味ではない。あれが大人しくなれば我のものにできるのだ。一躍買う気はないか? カプリ」


「断る。やるならテメェ自身でやれ。俺はカスとやりあう気はねぇ」


 カプリと呼ばれた仮面の女魔族がなんの逡巡もなく即答し、あまつさえ、王であるボレヒスに対して即刻斬首刑になるであろう発言をしたことに現国王の額に血管が浮き上がる。


 しかし、ボレヒスはここでは何も言及しない。目の前の存在がいかに脅威であるかを知っているからである。形式上ボレヒスの方が命令できる立場ではあるのだが、少しでも攻撃的態度を取れば己の首が飛ばされる事は考えなくとも分かる事である。


 今はカプリに主導権を握らせてつけ上がらせる事で裏切らないようにしておく事が賢明の判断だろう。


 そんな王の考えを知ってか知らずか、カプリは堂々と王に背中を向けて背伸びをしている。


「それに俺はテメェの用心棒だ。本業を放置して利益のない仕事をするわけにはいかねぇな」


 そう言ってカプリは謁見の間を出ようと扉の方へと歩いて行く。


「利益か……。なるほど考えておこう」


 つまりカプリにはボレヒスを護衛をする事で何か利益になることがあるということなのだろうか。


 そう考えていると既にカプリは謁見の間から姿を消していた。交代に中へ一人の男が入ってくる。


「お疲れのところ失礼します、ボレヒス王」


「ミュートニーか。構わん、要件を言え」


「は。先ほど『隷属の首輪』の調査人員の確保と新たな首輪の開発に取り掛かりました。早ければ2日ですべての作業が終わるでしょう」


「ほう。さすがだな。……ではそれを二つ用意しろ」


「二つ、ですか……?」


 ボレヒスの言葉にミュートニーはわずかに首を傾げる。


「なにも同時に作れということではない。一つは確実に作り上げろ」


「御意」


 ミュートニーは一度背を正し、一礼してその場を離れていった。


「『隷属の首輪』を超えるものなれば、あのカプリを支配することも容易かろうて。あんな強力な魔族がいたとは、やはりあいつ、捨て駒をこちらに引き渡しておったな? フフフ、まあ良い。あれが完成した時、仮面の下で屈辱に歪める顔を見るのが楽しみだ」


 誰もいない謁見の間に小さく笑う王の声が響くのだった。





―― 一週間前 ――


 早朝 ケレント帝国王城内。


 ボレヒスは複数人の使用人とともに謁見の間へと足速に移動していた。


「例の存在が運び込まれたというのは真実なのか?」


「真実かは不明ですが、謁見の間に大きな檻のようなものが運び込まれました」


 使用人たちはボレヒスとともに移動しながらボレヒスの髪を整え、相応しい服装に着替えさせながら器用に答える。


「誰が持ち込んだ?」


「使役士育成学園の学園長を務めておりますミュートニーというお方です」


「あいつか……。あまり期待はしていなかったが、良くやったものだな」


「ただいま謁見の間にて待機させております。お急ぎください」


「ふん、何故我が急がねばならんのだ。……もう良い下がれ」


 鬱陶しそうに手を振ったボレヒスに使用人たちはその場で一礼して下がっていった。


 使用人にはあのように言ったが、ボレヒスの歩く速度はいつもより速く、それが真実でなくとも『あれ』を捉えたという情報にどうしても心が浮き立ってしまう。王だけが通れる廊下を歩き、謁見の間へと静かに入る。


 陰からチラリと顔を覗かせると、確かにそこには黒い布がかけられた大きな檻と黒い服を着た数人の男たちが膝をついて待機していた。


 ボレヒスはわざとらしく靴音を響かせ王の来場を相手に知らせる。


「久しいなミュートニー。いろいろと話をしたいところだが時間は有限だ。早速だが『あれ』を捉えたというのは本当か? その中にいるのは魔物ではないだろうな」


 ボレヒスは王座へ向けて歩きながら言葉にする。


「は。ボレヒス王こそご健在で何よりでございます。そしてご安心ください。この中にいるものは貴方様が望んでおられた、イレギュラーな亜人でございます」


 ミュートニーは側近に「布を外せ」と命じたことで檻の中が露わになる。


 そこには檻の大きさとは裏腹に小さな人らしき存在が抱えた膝に顔を埋めて座っていた。しかし、その人物の頭には確かに人にはない三角の耳がついており、背中側にはふさふさの尻尾が生えていた。


「ほぉ……!」


 思わずボレヒスの口から感嘆の声が漏れ、眠気によって重く開かれていた瞼が容易く持ち上げられた。


「それだけではございません。念話石での報告でご存じと思いますが、この亜人は見た目だけでなく、戦闘能力もイレギュラーな数値を示しております。一週間前の学園祭では黒竜を一瞬で蒸発させるほどの魔法を使ったことが確認されております」


 ミュートニーの言葉によってボレヒスは再び膝を抱えて顔を埋める亜人に視線を向け、訝しげに眉をひそめる。


「……その割には人間ほどの魔力しか感じられないし、膝を抱えて座る姿から見て一般的な亜人と対して変わらないと思うのだが?」


 その言葉によってミュートニーの表情にわずかな焦りが現れる。


「えぇ、それがですね。この一週間、暴力を加えたり裸にひん剥いたりとあらゆる手を使って攻撃的にさせようとしたのですが、失敗に終わりまして……」


「…………」


「えっと、その……しょ、食事だけはしっかりと摂っているのは確認済みですのでご安心ください。それで……」


 突如何も話さなくなった王にミュートニーは機嫌を伺うように視線を向ける。


 王座には依然として国の長が鎮座しているが、その瞳は先ほどの子どものようにはしゃぐ瞳ではなく、玩具に飽きてしまったような冷めた瞳が向けられていた。


「それで? なんだ」


「あ、はい。……それで、ですね。……報酬などは……あるのでしょうか」


 恐る恐る訊いてみたが、雰囲気的に良い返事はもらえないだろう。こうなるくらいなら攻撃的にならなかった時点で自分達のものとして良き道具になってもらう方がよかったと自分の判断が甘かったことを後悔した。


「……ふーんむ。その亜人の特性がわからねばどうにもならぬな。誰かあの亜人を立ち上がらせることができる奴はおらぬのか」


 ボレヒスのかけた言葉に周囲にいた使用人や騎士、ミュートニーの連れ人などは応えることができなかった。


 それを見兼ねてボレヒスは大きくため息を吐き、この話はなかったことにしようと席を立とうとしたその時、ミュートニーの背後にある扉が勢いよく開け放たれた。


「話は聞かせてもらった。……その話、俺が受けてやる」


 中へ入ってきたのは黒いローブにヤギの仮面を付けた女性だった。


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