第2話 テトの真意
アヒトの部屋を飛び出し、家を出たレイラ姿のテトは大きなため息を吐きながらとぼとぼと村の外へとつながる門への道を歩いていた。
「大変な事を言ったような気がするのです……」
自分の主人に向けて命令のような事を言ってしまったのだ。大変どころではなく、取り返しがつかない一大事だろう。
「……捨てられるのはテトの方でありますです、へへへ」
近くにあった池にしゃがみ込み顔を近づけ、自分を元気付けるために無理やり笑ってみたが気持ち悪いだけのものになってしまっていた。
「はぁ。これからどうするべきなのです?」
自分で池に映る自分の顔に問いをかけてみる。もちろん池側は自分が答えない限り何も返ってこない。
「言っちゃったものはしょうがないですし? やれる事はやってみるべきです? よし、そうです」
まずは自分の主人と仲が良かった人たちをあたることにしようと決め、立ち上がる。
門へ向けてしばらく歩いていると、何人か高齢の人たちがレイラと勘違いして話しかけてきたが、難なく――かなり怪しい動きを見せたが相手は気づいていないからセーフ――やり過ごすことができた。この調子で行けば帝国にある城の潜入なんて余裕でしかない。
ふんっと鼻息を強く鳴らして、意気込みを露わにしていると背後から何者かが走ってくる音に気づき、振り返る。
「えっ……!?」
それは先ほど大変な事を言ってしまった相手であるテトの主人であった。
驚きすぎて一歩も動けずにいると、テトの主人である少年はすぐに自分のもとまで追いついてしまった。
「ちょっ、えっ、なん、えっと、どど、どうして追いかけて来てるですか!」
「動揺しすぎだろ!」
アヒトは走って来た勢いのままそう叫んだせいで唾液が気管に入り咳き込んでしまう。
「ど、動揺なんて、テトは一人でも充分なのです」
テトは自分の主人に向けて背を向けて歩き出そうとする。しかし、腕を強く掴まれた事で立ち止まらざるを得ない。まるで今度は逃さないと言われているみたいでテトは怒られるのではないかと視線を向けることができなかった。
しかしテトが予想していたこととは全くの逆で、とても優しい声音が聞こえて来た。
「……おれもティアを助けたい気持ちは変わらない。だからティアを助けることにおれにも協力させてほしい」
そう言って掴んでいたテトの腕を離す。
テトがゆっくりと振り向くと、そこには照れたように苦笑いを浮かべた主人の姿があった。
「テトのおかげで目が覚めたよ。おれたちでティアを助けに行こう!」
主人である少年がテトに向けて手を差し出す。
その手を見つめ一度アヒトの瞳に視線を向ける。その瞳は先ほどまでとは違って力強くそして優しい瞳であり、フォウリアの少女が知るいつもの主人の瞳であった。
「……ご主人様。うぅ……こちらこそ、お供させていただきますです」
テトは差し出された主人の腕を超えた先、その胸元へと勢いよく抱きつき、小さく涙するのだった。
少し時間が経ち、テトの涙が止まり落ち着いたことで歩き始めた二人は、村の門を抜け、テトが着陸したと言った森へと向かっていた。
歩きながらこれからについてあれこれと考えていたアヒトだが、先ほどからずっと隣から視線を感じるので、流石に無視もできず聞いてみることにした。
「……何をそんなにじろじろと見てるんだ?」
「……どうしてご主人様は木の棒を持っているですか?」
どうやら隣を歩いていたレイラ姿の少女はアヒトの背中にある木剣が気になるようだ。
「これは木剣だ。残念ながら杖剣は学園側に没収されちゃったからな。店で買うしかないんだが流石に高すぎてすぐには無理だな」
今持っている木剣はアヒトが剣士、魔術士、使役士のどの学園に入るかで悩んでいた頃に一人で練習していたものである。ベスティアと出会ってからあまり身体を鍛えなくなったために少し重く感じてしまう。
アヒトがテトの質問に答えたにもかかわらず、まだ視線を送り続けてくるレイラ姿のフォウリア少女。
「……何かねテト君」
「おいしかったですか?」
「ん? あ、あぁ、すごく美味しかったよ」
一瞬何のことかわからず、返事が曖昧になってしまった。だが美味かったのは嘘ではないのではっきりと言葉にする。
するとすぐにテトの瞳がきらりと輝き、照れたようにもじもじと動いた。
「これでテトも立派な料理人だな。あれだけ美味かったら一口でテトが作った料理だってわかるよ。ごめんな、オムライス食べる前に当てちゃって」
アヒトはそう言ったが、テトは何の事だと言ったように小首を傾げ、すぐにピンときたように眉を上げ、それまたすぐに頰を膨らませた。
変顔大会でも始まったのだろうかと思いながらアヒトはテトの言葉を待つ。
「違いますです! テトはご主人様にオムライスを持ったテトを見て、テトだと気づいてほしかったです!」
「…………あのなテト」
「なんですかご主人様」
「普通に誰もわからんと思うぞ」
「………………んな!?」
「んな!? じゃないよ、まったく。君はレイラに変身していただろう? 普通に考えて誰もがあそこではレイラが作ってきたオムライスだと思うに決まってるじゃないか」
そこまで言って、アヒトはいや待てよと思い直し、もしかしたらベスティアならわかっていたかもしれないなとご飯に関しては目がない亜人の少女を思い浮かべた。普通に当てているところを想像できてしまったことに今までの生活苦悩の過去自分に敬礼するしかなかった。
「むぅ、では次からはもっとテトの作ったオムライスだとわかるようなオムライスにしてきますです!」
「いや待て、それは絶対に不味くなるフラグだからやめてほしいな」
「いいえ、決して不味くはなりませんです! なぜならテトが作るからなのです!」
「……ダメじゃん」
ここにまた一人、飯バカが誕生したことに心の中で再び敬礼するアヒトであった。




