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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第15章
111/212

第1話 少年を奮起させた者は

 誰かを失くした時の感覚を少年は初めて経験した。

 ぽつん、と自分の身体から何かが抜け落ちたような感覚。

 視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚。五感のどれかが悪くなったわけではない。もちろん、身体の部位や臓器の一部を失ったわけでもない。


 だが、どことなく、自分の身体にぽっかりと穴が空いているというのが少年には理解できた。


 温もりが離れていく。

 黒服を着た男たちが彼女を抱えて背を向ける。

 その背に向けて手を伸ばすが空を切った。何度も何度も彼女の名前を呼ぶが止められなかった。


 やがて視界は暗闇に染まり、身体が冷たくなるのを感じた。






「……ティア」


 そう声を漏らしたことで、アヒトは重い瞼を開けて自分が眠っていた事を理解した。


「寒い……」


 まだ秋の季節に入ったばかりだと言うにもかかわらず、どこか例年より肌寒く感じてしまっていた。

 アヒトは布団を肩まで被り、横になっていた体を仰向けに切り替える。

 視界には木造の天井が映る。

 それはアヒトが、今はもう学園寮に住んでいないという何よりの証拠であった。


 学園祭で起きたバカムの暴走事件、そしてベスティアのもう一人の人格との死闘を終え、ようやく帰路につけると思った矢先に目の前で伝えられた退学処分。

 ベスティアは学園側に引き取られ、アヒトは帝国から二日ほどかけて、実家があるミディア村に帰って来た。

あれから二週間。アヒトは両親のかける言葉にすら耳をかさず、一人自室に篭っている生活を続けている。


学園側に引き取られたベスティアの安否や学園祭を中止に追い込んだバカムの処分については何も聞かされていない。

アヒトが既に学園の生徒ではないこと。そして都市外にいるのだから情報が来るのが遅いのは当然なのだが、一番の原因はアヒトが部屋に篭りきりであることだった。


ふとアヒトは壁に掛けられている時計に目を向ける。

時刻はもうすぐ正午になろうとしていた。

アヒトは今のいままでずっとベットで寝ていたことになる。

 それを理解した途端に腹から小さく音が鳴った。


「……はぁ」


 誰に聞かせるわけでもなく、大きく息を吐いたアヒトは再び頭から布団を被った。

 現在両親は仕事で家を空けているが、どうにも部屋を出る気にはなれなかった。


 今日も昼飯は抜きにすることを考え始めていたアヒトだが、台所から二階へ続く階段を上る小さな足音に気づいて布団の中で息を呑んだ。


 昨日までは両親と自分以外に家にいる者はいなかったはずだと考えを巡らせつつ足音の主に意識を集中させる。もしかしたら両親のどちらかが急遽帰宅したのではないかとも考えたが、階段を上り終えたのか、段を上るごとに聴こえていたミシッという小さな音が止み、短い静寂に入ったことでその考えは瞬時に消え去る。同時に泥棒という線も消える。


 二階には両親の寝室とアヒト、そして妹のレイラの部屋しか存在していない。レイラはまだ都市の方にいるだろうし、もし両親のどちらかが帰宅し二階に用があるならば、寝室にしろアヒトの部屋にしろ立ち止まるようなことはせずに真っ直ぐ向かうだろう。泥棒においてもいつ誰が帰ってくるかもわからない状況で立ち止まることなどはしないはずだ。


 ならばこの足音の主は何者なんだと考えたところで、再び小さく床を踏む音が聴こえだす。

 音の方向はアヒトの部屋とは逆へ。つまり両親の寝室へと向かっている。しかし数歩したところで音が止み、間髪入れずに足音が階段の方へと戻ってくる。そのまま階段をスルーしてアヒトの部屋がある方向へと進んでいく。


 もし相手がノックせずに部屋に入ってきた場合は、いつでも飛び掛かれるようにしておこうとアヒトは身構えた。


 しかしその警戒も虚しく、相手はアヒトの部屋の前で足を止め、扉をゆっくり且つ一定の間隔で3回ノックした。


「…………」


 相手がノックしてきたということは、アヒトが部屋にいるということを知っていることになる。となると扉越しに佇む相手はアヒトの知り合いか何かなのだろうかと子どもの頃の記憶を辿りながらも、相手が誰なのかと口を開きかけたところで扉の向こうから先に声が発せられた。


「……あ、アヒト。え、えっと、私、レイラ。ご飯作ったから、その……この扉開けて、くれない?」


 レイラと名乗ったその声は間違いなくアヒトの記憶にある妹の声そのものだった。「いつ帰ってきたのだろうか」、「バイトは休んでも大丈夫だったのだろうか」などという疑問よりも先に、アヒトは彼女の言葉にはどこかひっかかりがあり、そしてよそよそしかった。まるで自分の話し方に間違いがないかを確認しながら言葉を発しているように感じられた。


遠慮しているのだろうか、と眉をひそめながらもレバー式のドアノブに手をかける。


 いままで両親の言葉に耳をかさずにいたが、先程の緊張のせいで無駄な意地っぱりのことなどすっかり忘れてしまっていた。これがもし相手の作戦ならドアノブに手をかけている時点でしてやられたということだろう。今から手を離してベッドに戻ろうなどという考えはさすがにこの歳にもなって幼稚すぎるため、諦めて扉を開ける。


 そこには木製のトレーに乗せられたオムライスを両手で抱えているレイラの姿があった。


「……さむい、んだから、は、早く中に入れてよね。アヒト」


 そう言ったレイラだが寒さで震えている様子はなく、かといって言葉にも寒いから吃っているようには感じられなかった。ただ、どことなくよそよそしいという意味合いの方が当てはまると感じてしまう。


「悪いがおれの部屋も暖かいとは言えないぞ」


 そう言いつつレイラを部屋の中へと招き入れる。

 部屋に入ったレイラは、壁や家具を見渡しながらアヒトの勉強机がある場所にオムライスの乗ったトレーをゆっくりと置いた。

 アヒトはそこまでの様子を見終えたところで、今ようやく目の前にいる少女の違和感の正体に気がついた。


「あー、そういえば、おれの部屋に入るときはレイラとだけの秘密の合言葉を決めていたんだったなー」


「ふぇ!? あ、あいことば……」


「おう。去年まではずっと使ってた言葉だ。さすがに一年で忘れたりなんかしないだろ?」


「そ、それは……うぅ、あいことば……あわわわ」


 アヒトの目の前にいる少女は「そんなの聞いてないです」と小声でぼやきながら、視線を至るところに泳がせている。

 もちろんアヒトが話したことは全て真っ赤な嘘なのだが、そんなことなど今の彼女には露ほども知らないだろう。


 そんな少女の行動に少し可愛らしさを感じ、アヒトは苦笑しながらレイラのふりをしている少女の頭に手を置き、そっと撫でた。


「久しぶり。どうやってここまで来たんだ? テト」


 アヒトの言葉にわずかに目を開き肩をビクッと跳ねさせたテトだが、すぐに諦めたように脱力し、柔らかい表情になる。


「バレていたですか。さすがテトのご主人様なのです」


 その声は既にアヒトの妹の声ではなく、ベスティアが助け、ベスティアが名付け、ベスティアが憧れた、フォウリア族出身のベスティアの義妹の声だった。


「いや、はじめから気づいていたわけじゃない。いろいろと引っかかるところがあったけど、一番の決め手はおれを「アヒト」って呼んだことかな」


 レイラはアヒトのことを常に「兄さん」と呼んでいた。喧嘩をしたり関係が悪くなったりすると、呼称の頭に「バカ」や「クズ」が付けられることがあるが、彼女の口から直接名前を呼ばれたことは一度もなかった。


 テトはアヒトの言葉を聞いてガクリと肩を落とし、落ち込んだように小さくため息をこぼしたのを見てアヒトはテトの頭をポンポンと叩いた。


「そんなに落ち込むことはないだろ。姿も声もレイラそのものだったし、言葉も出会って半年も経ってないのに流暢に話せるようになってる。もっと自信を持てばいい」


「……はいです」


 そうテトは返事をしたものの、落ち込んだ気持ちはすぐには直らないようだ。確かに自信を持てと言われてすぐに自信を持てるようになる人間はほとんどいないだろう。徐々に自分の力を認めていけるようになることが自信を持つことの一番の近道になるだろう。


 そんなことを考えながらもアヒトは初めに問いかけた言葉にテトがまだ答えてないことに気がついた。


「話を戻すけど、テトはどうやっておれの家に来たんだ? 場所は教えてなかったはずだけど」


 その言葉を聞いてテトはそうでしたと言わんばかりの勢いで俯いていた顔をバッと上げた。


「あ、えっと、レイラに聞いて近くの森まで飛んで来ましたです。家の場所はレイラに地図を描いてもらいましたです」


「そうだったんだ。ここまで大変だっただろ」


 テトは端的にアヒトに伝えてきたが、都市からアヒトの村まで馬車で2日もかかる距離がある。テトの飛行能力をもってしても1日はかかるだろう。単独で飛行しているフォウリアはそうそういるものではない。おそらくここへ来るまでの間に何度か猟師に狙われたのではないだろうか。テトはぎこちない笑みを浮かべて「そうですね」と返してくることからあながち間違いではないのだろう。一見どこにも怪我をしている様子はないが、変身によって隠している可能性もある。


 最初はてっきりテトの姿――初めて会った時に変身した姿を素の姿としている、がベスティアに似ているため、アヒトに気をつかってレイラの姿のままなのだと考えていたのだが。もしかしたら両方ということもあり得るかもしれない。


 そう考えていると、突如アヒトの体にフォウリア族独特の綺麗な銀髪の少女が抱きついてきた。いつの間に変身を解いていたのか、室内であってもその輝きは褪せず、その髪からは甘い花のような香りがした。


「お願いがありますです。ご主人様」


「……どうしたんだ急に」


 アヒトは目の前の少女が自分の服を握る手に力が込められていることに気づき、わずかに返答が遅れる。それとも次に発せられる言葉を何となくわかっていたがためだったからなのかもしれない。


「ティアお姉ちゃんを助けて下さいです」


「……ッ」


 テトのその言葉にドクンと鼓動が大きくなったように聞こえた。


「そ、それは……できない」


「どうしてなのです!」


 テトの丸い瞳がアヒトの瞳に向けられる。


 しかし、少年は受け止めることができずにそらしてしまう。テトは主人と認めた人物の胸の鼓動が弾けんばかりに動いていることに気づいている。理由がないことを知っていてもなおできない理由を問いただす。


「…………おれは、もう学生じゃないんだ。都市に入ることはできても学園に入ることはできないし……えっと、ほら、ティアだって別のパートナーが見つかって元気にやってるかもだろ? だから――」


 だから心配するな、そう言葉にしようと銀髪の少女に目線を向けるが、先ほどまでアヒトを見つめていた彼女はそこにはなく、あるのは俯いている自分と同じ髪色をした妹――テトだった。


「…………ですよ」


「え、なに?」


 小さく何かを呟いたテトの言葉をもう一度聞くために、アヒトはテトの背丈に合わせて屈み込む。途端に少女の視線がアヒトに向けられる。


「テトは見たのですよ! ティアお姉ちゃんが檻の中に入れられて、馬車でどこかへ連れて行かれちゃうのをです!」

「な、何だよそれ……冗談だろ」


 無意識に出た言葉だが、テトが冗談を言わないのは知っていたことであり、瞳に今にも溢れてしまうのではないかというほどの涙を浮かべている彼女を見れば一目瞭然であった。


「いつの出来事なんだ?」


「一週間ほど前なのです」


「……そうか。相手の格好は? 他国の組織や盗賊って可能性もある」


 もしそういった奴らだった場合、一週間も経ってしまっているならもう居場所は掴めない。一学生ですらないただの少年に何ができるというのだろうか。


「いえ、とてもお高そうな格好をしていましたです。全身真っ黒な服装の人が何人かいましたです」


「全身真っ黒?」


 咄嗟にベスティアと別れることになった時の記憶が蘇り、息ができなくなる。あの時、アヒトに退学処分の羊皮紙を見せてきた副学長の周りにいた大人たちが「全身真っ黒」といっていいほど頭から足先まで黒一色の服を着ていたのだ。


 アヒトの腕の中で眠っていたベスティアが黒い大人たちに連れて行かれるのを思い出してしまい、消し去るように頭を振る。


「ご主人様?」


「ごめん、なんでもない。けど、もしかしたらそいつらは学園側の人間かもしれない」


「です。テトもそう思いますです」


 テトも気づいていたのかすぐに同意する。ベスティアと別れた時のことはテトも別の視点から記憶している。おそらく同じように結びつけたのだろう。かなり自信に満ちた瞳をアヒトに向けている。


「となると、学園側が向かう先といえば……まさか、ティアを国王に献上するつもりなのか!?」


 ベスティアは獣の耳や尻尾を持つことから亜人種に含まれると予想されるが、アヒトたちの世界の亜人種は人型をとってはいるがもっと毛深く、どちらかというと獣人に近い。ベスティアの記憶を少しだけ聞いた限りでは、おそらくアヒトたちの住む世界とは別の世界から来たのだと思われる。だがその事を知っているのはアヒトとその友人たちだけである。もしベスティアをこの世界の亜人の希少種または進化だと思われているのだとしたら、国王に献上しても不思議ではない。


「けんじょう?とは何なのです?」


「差し上げるって事だ。ほとんど国王に売り飛ばすようなものだけどな」


 最悪なのは、ベスティアが解剖や実験に使われたりする可能性がある事だ。ベスティアは亜人種の枠に入れるのなら確実に最強である。そんな存在に学者達が放置しておくわけがない。


 未だ魔族との戦争が続く中で戦力とならなかった亜人種が戦の使い魔として量産、使役できるようになれば、確実に魔族との戦力差が縮まるだろう。


「そんなのダメです! ダメダメのダメです! ティアお姉ちゃんがかわいそうなのです!」


 テトも何かを感じたのか、その場で全力の足踏みを繰り返しながら「ダメダメ」と連呼している。


「わかってる。そんなことはさせない。だがどうやって城に潜り込むんだ。おれたちのような素人が入り込めるような警備にはなっていないはずだ」


 アヒトの言葉にジタバタと暴れていたテトの動きが止まる。


「テトが行くです」


「は? いやそれはダメだ」


 確かにテトなら変身能力を使って兵士に化けることはできるだろう。だが、テトはまだまだ化けきれていない。少しの隙が命取りとなってしまう。そんなことにはさせるわけにはいかない。


「行くです!」


「だめだ」


「どうしてですか!」


 このセリフは二度目だが先程とは全く違う意味を持った問いだろう。自分にも役に立つことができる力がある。なのになぜ役立たせてくれないのだろうか。そんな感じの疑問だろう。


「危険だからだ。君を危ない目に遭わせるわけにはいかない」


 テトの目が大きく開かれる。


「テトがまだまだ未熟なのは知っているです! それでも行くです! 今回だって無事に一人でここまでやってこれたです!」


「そうだな、それはすごく偉いと思う。だが次にやるのは今回のとは難易度が違いすぎる。ティアはおれ一人で助けに行くから、テトはこの家で待っていてくれ」


 その言葉を聞いてテトは再び俯いてしまい、それを了承の沈黙ととったアヒトはクローゼットに駆け寄り、衣類やリュックサックを乱雑に取り出し、出かける準備に入る。


 しかし、アヒトの背後でテトはゆっくりと尚且つはっきりとした声で言葉を発した。


「……ティアお姉ちゃん、檻の中で泣いていたです」


 アヒトは自分も感じたことだと理解し傷む心を無理やり無視して準備を進める。


「だけど、泣いてもいなかったように感じたです」


 その言葉にアヒトは動かしていた手を止めてしまう。泣いていたのに泣いていないとはどういったことなのだろうか。無意識にテトの言葉に耳を傾けてしまっていた。


「ティアお姉ちゃんの目、何もかも諦めたような目だったです。膝を抱えてずっとお空を眺めていたです」


 ぎゅっとテトは着ている服の裾を握り、大きな雫を頬に伝わらせながら言葉を紡ぐ。


「テトは、テトは! ティアお姉ちゃんにあんな目をしてほしくないです! きっときっと、ご主人様に捨てられたと思っているですよ!」


「……ッ!」


 次に目を見開いたのはアヒトの方だった。


「ティアお姉ちゃん言ってたです。ご主人様は居場所をくれたとても大切な人だって、何があっても捨てたりしないって約束してくれたって言ってたです!」


「あぁ、だから、助けに行くんじゃないか」


「嘘です! それはティアお姉ちゃんを取り戻すためのきっかけにすぎないただの言い訳です! 捨てないと約束したのならなぜこんな場所で引きこもっているのです? 今までのご主人様はそんな人じゃなかったはずなのです。今のご主人様はテトの知るご主人様ではありませんです!」


 そう叫んだテトは涙で赤く腫れた目元でもしっかりとした力のある瞳をアヒトに向けた。


「テトは何度も学園に行きましたですよ? ティアお姉ちゃんに会うためにあの保健の先生の名前まで出したです。ですが、中に入れてすらもらえなかったです」


 レイラの姿をした少女はゆっくりと扉の方へと歩き出す。


「お、おい……テト」


 どこに行くんだと言うようにアヒトの手がテトに伸ばされる。


「……ここに残るべきなのはご主人様のほうなのです。ティアお姉ちゃんはテトが一人で助け出すです」


 そう言ったテトはドアノブに手をかけ、扉を開けたところで立ち止まる。


「それと、ご主人様には本当はそのオムライスでテトだと気づいてほしかったです。もう冷めちゃったですけど、ゆっくり味わってくださいです」


 そう言い残すとテトはアヒトの部屋から出ていった。


 静まり返った部屋に一人、アヒトはテトが出ていった扉から目が離せないでいた。時間として30秒もなかっただろうが、その場から動けず、ただずっと扉を見続けることしかできなかった。


 確かにアヒトはベスティアに「居場所があるし、捨てたりしない」と約束した。そのため、ベスティアが目覚めた時にその場にアヒトがおらず、さらに学園の大人たちに「アヒトのことは忘れろ」のような事を言われたりすれば捨てられたと思われても不思議ではない。


 それ以外にも、もし別人格のベスティアが表に出ていた時の記憶が今のベスティアになかった場合、おそらくベスティアの最後の記憶はアヒトがバカムに刺されたところまでだろう。そうすると、ベスティアの中ではアヒトはこの世にいないという認識である可能性が高い。


 彼女は自分に厳しい性格をしている。もし自分のせいで死んだと思われているのなら、大人たちの隙を見て自殺する可能性もある。


「……今のおれはおれじゃない、か。そうかもな。全く、ダメじゃん。ティアの気持ちに気づけなかったんだからな」


 テトを危険に遭わせられないなどと言ってしまったが、今となっては戦う力すらない自分自身の方がもっと危険であることに今気づいてしまった。もしかしたら、テトはその事も含めて言っていたのかもしれない。


 アヒトは勉強机に置いてあるオムライスのもとへ行き、スプーンを手に取り一口、口に運んだ。


「……うん、うまい。おれのよく知るテトの味だ」


 気づけばアヒトの頰には一筋の雫が伝っていた。袖で拭い、二口目のオムライスを口に運ぶ。だがすぐに次の雫が流れてくる。拭い、食べる、を交互に行いながらアヒトはこれまでに起きたベスティアとの出来事を思い出すのだった。




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