第9話 与えられてばかりではない事を
「おーい。マヌケントぉー?」
闘技場の外でアホマルは先ほどから姿を見せていないマヌケントを探していた。近くにはアヒトの妹らしい少女とその友人と思われる少女が心配そうに闘技場を見つめている。
本来ならば邪魔する者が誰もいないのでナンパの一つや二つはしたいところなのだが、ちょっとでも彼女たちに近づこうとすると、般若の如く鋭い視線がアホマルの心臓を貫いてきてしまい、とても居づらいのである。
仕方ないので、助けを呼ぶかのように消えた友人の名前を呼び続けるアホマルだった。
すると、崩れた闘技場の影からドス、ドスっと巨大なトカゲの姿が現れるのをアホマルは確認した。
「もー、マヌケントぉ。どこに行ってたんすか」
巨大トカゲの背中からマヌケントが顔を出し、サムズアップをアホマルに見せる。
「あそこにいる女の子たちをどうにかしてほしいっすよ。もう心臓が握り潰されそうで居づらいんす」
そう言ってアホマルは少女たちのもとへと来るようにとマヌケントを促した後、心に余裕ができたのか、少女たちの方へ向かって行き、盛大に威嚇攻撃を受けて怯んでいた。
それをマヌケントは微笑ましく眺め、自分の相棒の背中を優しく撫でる。
「……お疲れ様でした。カゲ丸」
「キシャー」
巨大トカゲがまるで嘶くように鳴き声を上げる。
「マヌケントぉ。ヘルプお願いするっすぅ」
アホマルの悲痛な声を聞いてマヌケントはカゲ丸から飛び降り、そして小さく深呼吸する。そして
「ヤっちまいましょう兄貴!」
と言葉を返してアホマルのもとへ走って行った。
「聞いてくださいっすよマヌケント。この子ってばちょっと近づいただけで変態扱いするんすよ? どうすか。理不尽じゃないっすか!?」
「うっさい! あんたみたいな下心丸出しの人間に誰が近寄らせるかっての! こっちには純真無垢な友人がいるのよ? 変な癖覚えたらあんたを訴えるんだから」
「そ、そんなぁ……」
ガクリと肩を落とすアホマルにマヌケントは少女からそっと距離を置かせる。
そこで、アホマルを睨む少女の隣にいた、どこかの亜人の少女にそっくりな銀髪の少女がピョコンと飛び跳ねる。
「あ! レイラ! ご主人様来たです!」
「ほんと!?」
その声と視線に倣ってマヌケントもその方向へ視線を向けると、闘技場から出て来るアヒトたちの姿だった。
一緒に担がれていたバカムと刀を持った少女は外にいた警備兵たちによって担架で運ばれて行ったのを確認してマヌケントはそっと胸を撫で下ろす。
そして少女二人もアヒトたちを確認したのか、笑顔で走って行った。
「それじゃあ、あたしはここでお暇させてもらうわねぇ。何かあったらいつでも、このおねえさんに会いにきてちょうだいねぇ。んふふ。ばぁい」
闘技場を出て、バカムとチスイが運ばれて行くのをアヒトたちと見送ったロマンは唐突にそう言葉にしてどこかへ去って行ってしまった。
ロマンについては未だに謎が多い人ではあるが、今回の事件ではかなり助けてもらった。
今度なにかお礼の品でも持って行こう。そう考えていたアヒトは、ふと遠くから走って来るレイラとテトの姿が視界に入った。
そのため、アヒトがレイラたちに手を振ってあげると、彼女たちもより笑みを強めて近づいて来て、アヒト自身も自然と笑みが溢れた。
「ほらほら、りっちゃん? 男嫌いはどこに行ったのかなぁ? さっきアヒトさんの腕に抱きついてたのあたし見てたんだよねー」
「あ、あの時はそんな余裕なかったっていうか……信じてアン! 嘘じゃないから」
「はいはい。そういう事にしとかないとサラちゃんが般若に変わるからねぇ」
「うぅ……後でアン成分しっかりもらうから」
アンとリオナは闘技場を出て気が抜けたのか、さっそく何やら楽しそうに会話をしている。あれだけの惨劇を見たというのにかなり肝が据わった少女たちだとアヒトは感じていると、レイラたちとは別の方向から何やら複数人の大人たちがこちらに近づいて来ていた。
「アヒト・ユーザス君、だね?」
アヒトのもとまで来るなり、聞き覚えのない人物が話しかけて来る。
「は、はい。そうですが……?」
「私は魔術士育成学園の副学長を務めているヴァイスと申します。アヒト君、あなたにお伝えしなければならない事があります」
こんな事になるなんて誰が想像できようか。
このまま知り合った人たちと時には辛く、時には楽しい学園生活が続くものだと、この時までは誰もがそう思っていた。
副学長が懐から羊皮紙を取り出して、そこに書かれている文面をアヒトへと伝える。
「アヒト・ユーザス。本日をもって、汝をこの使役士育成学園から『懲戒退学』とする」
ポツリ、と空から雨粒が降り始める。遠くから雷の鳴る音が響いて来る。
「……え……」
アヒトは何を言われたのか理解できず、その場に立ち尽くす。
さらに、アヒトの耳には絶対に聞きたくなかった言葉が紡がれる。
「その際、汝が使役していた使い魔は学園側が引き取る事となる。……後ほど、契約を切るための儀式を行うから、付いて来なさい」
ヴァイス副学長はそう言って、再び文面を読み上げる。
「あ、アヒト……」
「……こんな事って、ありえないでしょ」
「…………」
サラ、アン、リオナがそれぞれ驚愕に目を丸くする。
だが、彼女たちやヴァイス副学長の話す声はアヒトの耳には届いてはいなかった。
曇天に染まる世界がより暗い霧で覆われたかのようにアヒトの視界が歪んでいく。
「なお、これらは全て決定事項であるため、取り消しはできない。以上だ」
ヴァイス副学長は目を伏せ、雨で濡れないようにそっと懐へと羊皮紙をしまう。
秋の雨は冷酷で、だが未だ腕の中で眠る亜人の少女はとても穏やかで暖かい。
この少女だけは何があろうと失いたくはなかった。
これにて14章は終わりです!




