第3話 亜人娘が求めるもの その1
「兄貴、オレもこいつと戦ってもいいっすか?」
バカムたちと場所を移動している途中、突然アホマルがアヒトとの対戦を申し込んできた。
アホマルの隣でマヌケントも首を縦に振って頷いている。どうやらマヌケントもアホマルと同様でアヒトと対戦がしたいらしい。
ーーていうか今まで無視してたけど、マヌケントって他に話す言葉ないのか?
アヒトが言葉にしたい気持ちを抑えて思っているとバカムが口を開いた。
「あ?お前たちも戦いたいのか?いいぜ。俺より先に戦ってこいよ。アヒト、お前もそれでいいよな?」
正直な話、バカム、アホマル、マヌケントの三人と一気に戦うのはベスティアにかなり負担がかかるのではないかと心配になり当の亜人娘に視線を向ける。
視線に気づいたベスティアはアヒトを見上げてコクリと頷く。問題ないようだ。
ベスティアが何も問題ないと言うのであればアヒトは特に拒否することはないため、バカムの質問に頷いて答える。
「そうと決まれば、場所を移動しようぜ。ここじゃ他の奴らもいて邪魔だろ」
「そうっすね。気が利きますね、兄貴」
「ヤっちまいましょう兄貴」
「お前はそれしか言わないのか⁉︎」
マヌケントの言葉にアヒトは思わず口に出して突っ込んでしまった。
「あ?何の話だ?さっさと行くぞ」
「お、おう」
バカムに急かされ、アヒトたちはバカムの後を追って行った。
「まあ、ここら辺で大丈夫だろ」
バカムが立ち止まった場所は、アヒトたちが最初にいた場所から数分歩いたところであり、そこでは既に人気はなかった。
「じゃあ、君たちとそれぞれの使い魔に即死不可の術をかけてくれ」
アヒトが言うと、ベスティア以外の三人は同時に首を傾げた。
「何だそれ」
バカムが代表してアヒトに聞いてきた。
「この戦いで君も死にたくないだろ?この術をかければ即死することなく、怪我だけで済む。もし重傷になれば先生を呼べばいい」
アヒトは三人に向けて簡潔に説明しながらベスティアと向かい合って術をかける。
アヒトはベスティアが術をかけてくれたことに感謝をしつつ、アヒトもベスティアに術をかけてあげる。
「ありがとう、ティア……『即死不可』」
「……ん」
ベスティアはそれだけ言って、前を向いた。
「……集中してるのか?」
アヒトはベスティアの行動に少し首を傾げながら小声で呟いた。
「チッしゃあねえ。おい、マヌケント。お前に術かけてやっから最初譲ってやる。……『即死不可』……はじめろ」
バカムの言葉にマヌケントは、ぶんぶんと全力で頭を前後させる。どうやらかなり喜んでいるようだ。
口数少なすぎるだろとアヒトは思いながらマヌケントから距離をとる。
「そういえば、君の使い魔はどこにいるんだ?」
アヒトはふとマヌケントの周りに使い魔がいないことに気づいた。
ていうか、アホマルにも使い魔がいるようには見えないなと考えていると、ふとバカムが口を開いた。
「おい、アヒト。もう試合は始まってんぞ。そんな余裕に会話していて大丈夫か?」
「なに?」
「…………ッ⁉︎来る‼︎」
バカムの言葉にアヒトが驚いていると、ベスティアが叫び出した。
すると突然地面が隆起し、そこから人間の数倍はありそうなくらいのトカゲが飛び出してきた。そのまま空中からアヒトを食べようと口を開けながら落下してくる。
「マジか⁉︎」
タイミング的に避けることはアヒトにはできない。しかしアヒトより先に気づくことができていたベスティアの行動は速かった。
「……じゃま!」
アヒトより後ろにいたベスティアは、巨大なトカゲが出てきたと同時に高速で駆け出し、アヒトと巨大トカゲとの間に入り、ついでと言わんばかりにアヒトを横から体を捻りながら勢いよく後方に蹴り飛ばした。
「あがっ」
無抵抗でそのままベスティアの勢いにのった横蹴りを受けたため、アヒトは地面に体を思いっきりぶつけながら転がった。開幕早々大ダメージだ。しかも味方の攻撃によって。
後ろに盛大に転がって行ったアヒトを気にすることなく、ベスティアは空中で大口を開けて降下してくる巨大トカゲに向かって腰に納めていた二本の短剣を引き抜き投げつけた。
それを見たトカゲは口を閉じ、自らの二つの前足の爪でベスティアが投げつけた二本の短剣を弾いた。
自分の短剣が弾かれたのを確認したベスティアは巨大トカゲが着地しようとしているところに高速移動し、そこで少し腰を屈めてタイミングを計り大きく跳躍。それと同時にボレーキックに似た回し蹴りを巨大トカゲの腹部に与えた。
「ギィイヤ⁉︎」
空中で腹部を守ることができなかった巨大トカゲはベスティアの空中回し蹴りを受けて吹き飛んだ。しかしただで受けるつもりはないのか、巨大トカゲは吹き飛ぶと同時に自らの尻尾で空中にいるベスティアを的確に狙い、叩き落とそうとした。
「――ッ⁉︎」
ベスティアは咄嗟に腕と脚を交差し体を丸めることで衝撃に備えた。巨大トカゲの尻尾がベスティアを捉えて吹き飛ばした。が、深いダメージはなく、ベスティアは体を回転しながら地面に着地した。
巨大トカゲも着地には失敗したが、そこまでのダメージはなかったのかすぐに起き上がった。
「……むぅ、意外と素早い」
ベスティアは巨大トカゲを見据えながら呟いた。
「はっマジか!あの亜人なかなかやるじゃねえか」
ベスティアの戦闘を見て、バカムはベスティアに対する評価を少し見直す必要があると考えた。
「にしても、アヒトの野郎は自分の使い魔も使いこなせねえのか?今まで優等生ぶりやがって、クソ雑魚にもほどがあるぞ」
バカムはベスティアが落とした二本の短剣を拾い上げるアヒトを観ながら呟いた。
「はいこれ。てか、いきなり蹴るなんてひどいじゃないか」
アヒトはベスティアに二本の短剣を渡し、先ほどのベスティアの行動について不満を言った。
「あんなところで棒立ちしてる、貴様が悪い」
「それでももっと別のやり方ってものがあったんじゃないか?」
「……あれが、最善」
ベスティアは短剣を受け取ると、アヒトに顔を向けず巨大トカゲを睨みながら言った。
アヒトは後頭部を掻きながら、溜息を吐いた。
「はあ。……次は援護するよ」
「必要ない、さっき言ったッ」
そう言ってベスティアは巨大トカゲに向かって高速で駆け出した。
「ちょっ、おい!」
アヒトの驚く顔を尻目にベスティアは巨大トカゲの死角を取ろうと回り込む。
その寸前、マヌケントが両手を強く打ち鳴らした。
その音を聴いた巨大トカゲは体を少し膨らませ、次の瞬間エラから闇より深い、黒い霧を周囲に撒き散らした。
「――ッ⁉︎」
ベスティアは自分の周りを囲む黒い霧を見て立ち止まってしまった。背筋に悪寒が走る。ベスティアの呼吸が急激に激しくなり始めた。
「魔法⁉︎あのトカゲ、上位の魔物か!」
人間は魔法を使えない。だからそれを模した魔術を使う。しかし魔物は違う。より上位の魔物になればなるほど魔物が使う魔法は厄介になってくる。
そう考えると巨大トカゲは上位の中でも下の方なんだろうとアヒトは思考していると観戦していたアホマルが声を上げた。
「うおー‼︎さっすがマヌケント!そのままヤっちまえ!」
アホマルの言葉通り、黒い霧で視界を奪われたベスティアは苦戦を強いられていた。
「……ッ、なんで……⁉︎」
ベスティアは暗闇の中で動けずにいた。別にベスティアは巨大トカゲに囚われているわけではない。ベスティアの足の速さであれば霧のないところまで出ればいい。だが動けない。
焦るベスティアに攻撃を仕掛ける巨大トカゲ。
ベスティアに巨大トカゲの尻尾が迫り、右肩に重たい衝撃が走った。
「うぐっ……」
さらに、巨大トカゲの前足がベスティアに迫る。
これにはベスティアは反応したが、判断力が低下しているのか防御が上手く出来ず吹き飛ばされた。
「ッがああ」
数回地面をバウンドし、ようやく止まったがベスティアには起き上がる力が出ない。
「……にゃんで、私は……この世界でも、勝つことができにゃいの?」
――この世界なら、弱かった私でも強い位置に立てると思った。
――この世界なら、私にも居場所が貰えると思った。
――私一人で勝って、あの人に認めてもらえれば私にもきっと
「……きっと、幸せを……感じることが……」
ベスティアは地面に指を食い込ませて拳を作る。ベスティアの目に光が消え、目から温かい雫が頰を伝って地面に染みを作った。
ーーもうどうでもいい。私はまた見捨てられる。どこに行っても私に居場所なんてないんだ。
巨大トカゲが眼を光らせながらゆっくりとベスティアに近づいて来た。とどめを刺そうと前足に爪を立てた。大きく振りかぶり、斬り裂こうとした瞬間。
「何やってんだよ。君はっ……『風壁』ッ」
その声と同時に風の障壁がベスティアの周りに展開された。
風の障壁はベスティアの周りを回転しながら巨大トカゲの攻撃を防ぐと同時に後方に大きく吹き飛ばした。
「ギィ⁉︎」
「『疾風』ッ」
ベスティアの周りを囲っていた障壁がベスティアを除く全ての場所に強く速い風となって吹き荒れた。その結果、黒い霧が風に乗って消え去り、ベスティアの視界が晴れた。
「援護はいらない、だっけ?確かに君は強いよ、おれなんかよりずっと」
ベスティアは自分の背後から聞こえる声にゆっくりと振り返った。
そこには杖剣を片手にベスティアのもとへ歩いてくるアヒトがいた。




