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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第14章
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第6話 もう一つの人格

「良かった。まだ息はある……『再生(ペイクステ)』」


 アヒトに駆け寄ったリオナは、そっと仰向けにした時にわずかだが彼の胸が上下していることが見て取れた。それにリオナは安堵し、懐から杖を取り出して魔術を小声で唱える。


 すると、アヒトの身体にできていた傷がみるみる塞がって行く。『治癒』の魔術でも良かったのだが、この魔術は流れ出た血は戻せないため、魔力はその分大きく消費するが、リオナは完全に元の状態に戻せる『再生』の魔術を選んだ。


「うっ……」


 傷が塞がり、血流も良くなったためかアヒトが呻き声を上げながら目を覚ました。


「だ、大丈夫、で、ですか? 立てますか?」


 男性は苦手としているリオナだが、アヒトはサラの想い人であり、何より今はそんな好き嫌いで行動していい状況ではないことを理解している。だから、震える口と手に鞭打ってアヒトの身体を支えて起き上がらせる。


「……ありがとう。君は確か……」


「はい。り、リオナです。今のうちに早く」


「今のうちって……ッ!」


 リオナがアヒトの腕を自分の肩に回して立ち上がらせて歩き出そうとしたが、アヒトがある一点の方向に視線を向けて固まったことで立ち止まる。


「ティア……なのか……?」


 灼熱に染めた瞳を輝かせ、口元を弧に形作る亜人の少女。


 アヒトは今の彼女の状態を以前も見たことがあった。それはチスイと初めて勝負をした時だ。あの時もベスティアは瞳を灼熱のものとし、口元を不敵な笑みに変えてチスイを襲った。


 あれ以降見せることがなかったため、アヒト自身あまり気にしていなかった。それが今になって再び現れたことに原因がわからずにアヒトは立ち尽くした。


「てめぇ、俺の相棒をよくも殺りやがったなクソがぁああ!」


 ふらふらとベスティアとの距離を縮めていたバカムが突如声を荒げて走り出した。


「よせバカム! 今のティアに触れるな!」


 アヒトはリオナが掴む手を払い除け、バカムを追いかけて走ろうとするが足がうまく動かせずに倒れ込む。


 そうしている間にバカムはベスティアのもとまで辿り着き、杖剣を突き出した。


 だが、ベスティアは突き出された杖剣に対して姿勢を落とすことで躱し、そのままバカムの鳩尾に向けて拳が突き出される。


 それがバカムの制服に触れた瞬間、起爆した。爆音を轟かせ黒煙を上げたその中からバカムはアヒトたちのいる場所へと吹き飛ばされ、二転、三転と何度もバウンドしながら地面を転がった。


「おい、バカム……」


 転がって来たバカムは上半身の服が全て吹き飛び、皮膚も所々なくなって出血していた。


 今までベスティアとともに戦って来たが、こんな能力があるという話はアヒトは全く聞いたことがなかった。ベスティアが使える魔法は『身体強化』だけだったはず。


 アヒトはゆっくりとした足取りで近づいてくる亜人の少女へと視線を向ける。


 その視線に気付いた亜人の少女は灼熱の瞳をアヒトへと向けて立ち止まり


「おいおい。誰かと思えばオレのご主人じゃねぇか」


 と言葉にした。


「なっ!?」


 アヒトは驚愕で目を見開いた。


 ベスティアとは思えない言葉遣いで話して来たからだ。


「なんだ? まさか忘れたってのか? なんとも可哀想なもんだねこいつも」


 そう言って親指を自分の胸元へトントンと差す。


「ティア、なのか? 君はおれの知っているベスティアなのか?」


「あぁ? 何言ってんだよご主人。頭パーになったか? どっからどう見てもベスティアちゃんだろうが。中身は違うけどね」


 両手を広げて自分はベスティアだと言う目の前の少女にアヒトは疑念を抱く。


「中身ってなんだよ」


「そのままの意味だぞー? ご主人がいままで触れて来たベスティアと、今会話しているオレというベスティアは外見は同じでも中身は別物なーの。こいつ自身は知らないんだろうけど。そんでオレと会うのはこれで二度目だな。あん時は悪かった。なにせ初めてこっちの世界の空気吸ったんでよ。興奮して敵味方わかんなくなっちまったテヘペロ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべたままベスティアはアヒトに向けて謝罪する。


「じゃ、じゃあ、おれの知るティアはどこに行ったんだよ」


「んなもんここにいるに決まってんじゃん」


 そう言ってベスティアは再び自分の胸元を親指でつつく。


「たぶんもう目覚めねぇんじゃねぇか? だいぶ深いところに沈んじまったみてぇだしー」


 アヒトは聞いたことがあった。


 こういった、一人の体の中に二つの人格が存在している人の事を「二重人格」と呼ばれている。専門分野においての正式名称では「解離性同一性障害」。


 この障害が起こる原因として、大きな精神的苦痛を受けたか、子供の頃のような心に耐性が低い状態の時に限界を超える苦痛や感情といったものから自分の心を守ろうとすることで起きる可能性があると言われている。


「……いつからなんだ? いつから、君はティアの中にいるんだ?」


 ベスティアはこの歳には相応しくない髪の色をしている。ほとんどが白で染まってしまっているが、所々には地の色の残りがあり、彼女は元からこういった髪の色ではないという事はアヒトは前々からなんとなく気付いていた。


「そうだな……ざっと十年前か」


 ベスティアが記憶を探るように視線を斜め上に向けながら言葉にする。


「そんな前から……。一体君に何があったっていうんだ」


 そう呟いたアヒトの言葉にベスティアは「ふん」と鼻を鳴らし


「べつにー。大したことはなかったぜ。ただ目の前で両親が死んだってだけの話」


 ベスティアは手元が寂しいのか空気中に小さな爆発を生みだして遊び始める。だが、そこで思い出したかのように「あ!」と呟いてアヒトへと視線を向ける。


「その前にさ。そこをどいてくれないかご主人。オレちゃんそいつを殺さなきゃならねぇんよ」


 ベスティアは倒れているバカムに指をさす。


 それにチラッと視線を向けたアヒトはバカムを庇うように前に出る。


「どうしてだ?」


「それがこいつの願いでもあるからだ」


 ベスティアは自分の胸元へと親指を持っていく。


 彼女の言っていることが嘘なのか本当なのかは定かではない。だが、どちらにしろアヒトの答えは決まっていた。


「ダメだ。君に人は殺させない」


 そう言ってアヒトは肩越しにリオナへ視線を向ける。


「リオナさん。バカムの治療はできますか?」


「え!? で、でもこの人はここを襲った人ですし……」


「お願いだ。このままでは彼は死んでしまう。それに、襲って来たとはいえ同じ人間だ。簡単に失って良い命なんてない」


 アヒトの強い眼差しに折れたリオナは杖をバカムに向ける。


「おいおい、ご主人。そいつは人を平気で殺すような奴だぜ? そんなやつ生かす価値ねぇだろ」


「それは君が勝手に決めて良いことではないだろ。リオナさん早くッ」


「は、はい!」


 二人の会話を聞いていたリオナはアヒトに急かされて再び杖をバカムへと向ける。


 しかし、魔術を唱えようとした時、バカムが腕を持ち上げてリオナの杖を払い除けた。


「いらねぇこと、してんじゃねぇよ……」


 バカムは体に力を入れて起き上がる。


「バカム……! 動いてはダメだ。君は重症なんだぞ」


「どけよアヒト……。あいつをぶっ倒したら、おめぇもすぐに殺してやるからよ……」


 ふらついているバカムの身体から溢れていた黒い魔力がゆっくりと静まっていく。それが一点に集まり、バカムの身体から球体として転がり落ち、パキッと割れた。


 すると、バカムの魔力がアヒトのいつもの知る彼の魔力になっている事を感じ、わずかに安堵するが、危険な状態には変わりなかった。アヒトはバカムの肩に手を置いて止める。


「やめるんだ」


「……うるせぇよ。あいつは俺の相棒を殺ったんだ。一発でも殴っておかなきゃ気が済まねぇ」


 そう言ってバカムはアヒトの手を退けて前に進み出す。


「いやはや、これは驚いたな! オレの攻撃を受けて立てるってか? いいねぇ。その根性を称えて肉片一つ残さず殺してあーげる!」


 ベスティアは両手を大きく広げる。


 その背後の空間に無数の亀裂が入り、そこから五本、十本、二十本と無数の『無限投剣(メビウス・ネビュラ)』が姿を現し、宙に浮遊する。


「なぁんでもう一人のオレちゃんはもっとこのナイフを大々的に使わないのかねぇ。だーから強くもねぇ奴に苦労するのさ」


 ベスティアは浮遊させた『無限投剣』をまるで操っているかのように一本一本手元に持っていき、舐め回すように刀身を指でなぞっていく。


 それを見たバカムは頰から汗を伝わらせ、歪に口元を笑わせる。


「ハッ、ハハ……上等じゃねぇか。来るなら来やがれクソ雑魚がぁああ!」


「よせ! バカム!」


 アヒトの声を無視してバカムは走り出す。だがその足取りもおぼついていて上手く走れていなかった。


「オレが雑魚なら貴様はいったい何なのだろうなぁ!」


 ベスティアは宙に浮かせた『無限投剣』を一本、バカムの足元に向けて放つ。それが地面に刺さると、そこを起点に爆発し、バカムは爆風で地面を転がる。


「ほらほら! 早く立たないと死んじまうよー」


「ちぃ!?」


 バカムは次々と飛来するナイフを何度も跳んで躱すが、その度に爆発によって飛ばされてしまう。だがそれでも負けじと痛む腹に力を入れて立ち上がり、駆け出す。


「あははははははッ! 死ぬよ死ぬよー。木っ端微塵になるよー」


 爆発の雨が降り注ぐ中を跳んで転がり続け、自滅とも言えない特攻を繰り返すバカムにアヒトは見ていられなかった。


「やめろ……」


 アヒトは肩を震わせながら言葉にする。


 だがベスティアはやめない。


 口元に笑みを浮かべてバカムを転がす姿はまるで新しい玩具を見つけて楽しむ子供そのものだった。


「もうやめてくれ!」


 耐えられなくなったアヒトはベスティアを止めるために走り出そうとするが、背後からリオナによって腕を掴まれる。


「だ、ダメ! アヒトさんまで危険にはできません!」


「行かせてくれ! 君は彼が死んでも構わないというのか!?」


「私にとって、あなたに死なれてもらっては困るんです!」


 リオナは両手でアヒトの腕を掴んでベスティアのもとへ行かないように足に力を入れて踏ん張る。


 ここで手を離して行かせて、もしまたアヒトが死に近くなるような事になればそれこそサラと顔を合わせられなくなってしまう。だからリオナは全力を持ってアヒトを止める。


 そうしている間も爆発音は絶えず響いており、ベスティアの笑い声が大きく聞こえてくる。


「あれあれー? もう終わりかぁ? もう少し楽しませてくれると思ってたのになぁ」


「ゼェ……ぜぇ……まだまだッ。てめぇをぶん殴るまでは、終われねぇ!」


 全身の皮膚は焼けただれ、もはや動ける状態ではないにもかかわらず、バカムはそれでも足を前に進める。


「もういいよ。貴様はよく頑張った。うん、えらいえらい。てことでしーね」


 そう言ったベスティアはバカムに向けて複数の『無限投剣』を射出した。


 それは絶対に避けることができない絶妙な間隔で飛来するナイフにバカムは目を見開き、死を覚悟する。


 直後、バカムのいた場所が連続して爆発した。


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