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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第14章
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第3話 始まる戦い

 時は少し戻って。


 黒竜のブレスが競技場内の壁を貫通させ、そこから警備兵を全員吹き飛ばそうと横へ移動し始めた。


 ゲートへと走っていたアヒト、ベスティア、アリアは進行方向にブレスが迫り、走る速度を落とす。そして


「伏せろ!」


 目の前まで迫ってきたブレスにアヒトが叫び、ベスティアとアヒトは地面にダイブする。遅れてアリアも頭を抱えて地面を転がる。


 だがブレスに直接触れなくとも、周囲の熱量により、アヒトたちの意識が保てるかが怪しかった。


 ベスティアは歯噛みし、一人立ち上がる。


「ティア。何をッ……」


「あひとは私が守る」


 ベスティアは両手を広げて我が身を盾にしようと構える。


「よせ、やめろ!」


 アヒトは叫ぶが、ベスティアはやめない。


 少しでもアヒトが安全に生きることが出来るなら、いくらでも盾になる覚悟はベスティアにはできていた。『即死不可』の魔術でその場では死なないとはいえ、全身火傷になり、感染症に陥れば助からないだろう。それでもベスティアは自分が得た大切を守りたかった。


 ベスティアは迫るブレスを睨みつける。


 そんな事をしたところで何もならないのだが、これだけは絶対に目を背けることはしたくなかった。


 だがそこに、一人の影が入り込む。


「難しい顔をしているな、チビ助」


「ーーッ!」


 それは剣士育成学園の制服に藤色の羽織を着た少女――チスイだった。


「私に任せておけ。『幻月(げんげつ)』に斬れぬものはない」


 そう言ってチスイは鞘から刀を抜き、腰を低くして脇に構える。そして内心で言葉にする。



 ――波平琉剣術・翔の型……

 


 カッと目を見開き、迫るブレスを一刀両断。斬ったその刹那に莫大な蒸発音が聞こえ出す。だが、ブレスが放たれる根源を止めなければ意味がない。


 すると、チスイの持つ刀を囲うように透明な水でできた膜が、刀身の何倍もの大きさに変化する。それは黒竜のブレスの太さを優位に超える長さと大きさだった。


「やああああッ、瑠璃(るり)鴻鵠(こうこく)』ッ!」


 チスイは刀の側面を地面と平行にし、横薙ぎに一閃。多大な蒸発音を響かせ、水で形成された斬撃がブレスの熱による水蒸気爆発を発生させながら黒竜の顎門へ向けて青白く光り飛翔した。


「なにッ!?」


 バカムがとっさに杖剣を構えて土の壁を形成する。だが、チスイの飛ばした斬撃はまるで紙を切り裂くかのように糸もたやすく壁を破壊し、バカムのいる場所へと着弾した。


土煙が辺りに広がる中、それを見ていたアリアが目を見開いたまま口を開く。


「すごい……」


 アリアはチスイの技を見るのはまだ二回目である。アヒトたちならともかく、剣士が魔法のような技を使うという考えを持っていないアリアにとっては驚愕以外の何ものでもない。


「おいおい。まさか殺したんじゃないよな!?」


 アヒトが立ち上がり、チスイに詰め寄る。


 彼女は額に大量の汗を浮かべ、わずかにふらつきながらもアヒトに向き直り、鬼の形相で睨みつける。


「戯け! 奴の魔力が人間のものではないのが分からぬのか! 殺す気でかからねば己が死ぬぞ」


 詰め寄ったアヒトを押し返す勢いでチスイは怒声を上げる。


「だ、だけどッ……。彼は、バカムはあんなんでもおれの知り合いだし、殺すことはなかっただろ」


 アヒトが食い下がろうと言葉にしたその背後からベスティアによって服の裾を引っ張られた。


 アヒトが振り返れば、ベスティアはアヒトを見上げて首を横に振る。


「あいつは死んでない」


「なに?」


 ベスティアは土煙の向こう側を睨みつける。


それに倣ってアヒトもその方向へ視線を向けると、確かに人影と先ほどの黒竜らしき影が見えた。それと同時にケラケラと笑い声が聞こえて来る。


「今のはビビったぜ。まさか、あのブレスを凌駕する技が飛んで来るとはな」


 そう言ってバカムは土煙の中から姿を現す。


「女。てめぇ何者だ? 小せぇ体のどこにそんな力があるっつんだ」


 バカムはチスイに殺意のこもった視線を向ける。


 だがそんな視線を気にすることなく、チスイは真向からバカムと視線を合わせる。


「お前には、蟻の心が理解できるか?」


「なに?」


 突然チスイが口にした言葉にバカムが訝しむ。


「お前には分かるまい。己が最強だと言わんばかりの顔をし続けるお前にはな」


「……なんだよ。まるでこの俺が弱ぇみたいに言うじゃねぇか」


 バカムの顔が怒りで赤く染まっていく。


「無礼を働いたのなら詫びよう。ただ、私はお前のような己の力に溺れ、慢心しきったその態度が嫌いなだけだ。先の技はそんなお前にはうってつけの土産ではないか?」


 チスイは不適に口角をつり上げる。全く謝る気のない表情である。


「ちッ。てめぇは容赦しねぇ。そんなに死にてぇなら殺してやるぞゴラァ!」


 バカムの叫びと共に黒竜が再び咆哮をあげる。


 それにチスイは「フン」と鼻を鳴らす。


「多様な魔物と戦って来たが、竜と交えたことはなかったな。どれ程のものか試させて貰おうではないか」


 チスイが腰を低くしいつでも動ける体勢にしたその隣にベスティアが並ぶ。


「私も戦う」


「……構わぬが、先程のように自ら死に向かうようなことはするでないぞ。まだ勝負は決していないのだ。永訣など許さん」


 その言葉を聞いてベスティアはチスイに視線を向ける。隣で刀を構えて前方を見つめる少女の表情は、ムスっとした不機嫌顔で、それでいてどこか寂し気な瞳をしていた。


 そのためベスティアの表情は緩み、口元に小さな笑みが作られる。


「わかった。約束する」


 そう言葉にすると、チスイの口元が笑みに変わる。


 それと同時にバカムが杖剣を構える。


「やれぇ! 相棒!」


 バカムの言葉と黒竜の二度目の咆哮を聞いて


「ならば気合いを入れてかかれ! あまり呆けていると命がいくつあっても足らぬぞ」


 それだけ言葉にすると、チスイは黒竜へ向けて地を蹴った。


 ベスティアも後を追うようにして走り出そうとして


「ティア」


 聞き慣れた少年の声に振り返る。


「頼んだぞ。バカムにわからせてやってくれ」


 その言葉にベスティアは軽く頷き


「余裕」


 とだけ言葉にして高速で掛けて行った。


 黒竜が顎門を開き、先程のブレスを凝縮した円弾をチスイに向けて放つ。


 それをチスイは軽くステップを踏む要領で横に跳んで躱し距離を詰める。


 黒竜が前足の長く鋭い鉤爪でチスイを切り裂きにかかるが、それをチスイは刀を振り上げる形で迎え撃ち、いとも容易く黒竜の鉤爪を破壊する。


 まさか破壊されるとは思ってもいなかった黒竜は目を見開き、数歩後退る。だが、その背後から高速で接近し、跳躍した亜人の少女が迫る。


 振り返るも遅く、黒竜は頭部を蹴られ、わずかにバランスを崩した。


「よし、アリア」


 その光景を見ていたアヒトは金髪のお嬢様へと視線を向ける。


「ええ。わかっているわ」


 アリアは片手を腰に当て、もう片方の手で髪を払う。皆まで言うなと言うかのように気合いのこもった視線をアヒトに向ける。


「私たちは私たちの出来ることをしましょう」


 アヒトは頷き、アリアと共に動き出す。今のバカム相手に初級魔術しか使えないアヒトたちでは勝ち目がない。そのため、力の底が知れないチスイと人間以上の力を持つベスティアに任せるしかない。そうなると、アヒトたちが出来ることと言えば


「競技場内に残っている警備兵たちの避難誘導だ」


 アヒトの言葉にアリアが頷き、倒れている警備兵たちの脇を両手で持ち上げて引きずって行く。意識を失っていて抵抗することはないのだが、少女一人が大人の男性を運ぶのはかなりの労力だろう。


「アリア。先に女性の魔術師から運んでくれ。それ以外はおれがなんとかするから」


「……わかったわ」


 アリアは不服そうにするも、自分の事はしっかりと理解しているのか、素直に指示に従って行動する。

 それを見届けたアヒトは自分も出来ることをするために動く。黒竜の攻撃を運良く回避した兵士を競技場の外へと逃し、倒れた兵士を両手で抱えて引きずって行く。


 だがそこに


「おい。俺の目的はおめぇだってことを忘れてんじゃねぇぞ」


「なっ!?」


 アヒトが気づいた頃には既にバカムが目の前にいた。


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