第2話 繋がりはより強く
他の警備兵たちは先ほどのブレスを見て腰を抜かしている者や怯えている者ばかりで避けることや防ごうとする動きが微塵もなかった。
「くっ、ティア!」
アヒトは黒竜のブレスを吐くまでのわずかな時間でアリアと共に警備兵たちをなんとか動かしながらベスティアへと指示を出す。
「任せて」
ベスティアは高速で地を蹴り、警備兵たちを次々に競技場の外側へと連れて行く。だが、それも全員とはいかない。黒竜が顎門を開いた。
「間に合わないッ……!」
ベスティアは瞬時に思考を切り替え、向かう先をアヒトへと変える。
「お、おいティア! まだ残って……」
アヒトの静止を無視し、ベスティアは自分の大切を優先すべく、彼の腕を取り駆け出す。
「うぇっちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
アリアが上擦った声を響かせながら後を追いかける。
しかし、ベスティアの足を持ってしてもゲートまでは遠く、黒竜のブレスが一直線に解き放たれ、残っていた警備兵たちを一気に吹き飛ばした。
さらにそれはレーザーの如く、止まることを知らないのか、競技場の壁を貫通させる。
それにより、観客たちが悲鳴を上げて散り散りに逃げて行く。中には混乱と恐怖で動けない者も居て、ブレスが真下を通過したにもかかわらず、全く動く気配がない。
「や、やだやだやだ……!これは夢、ゆめゆめ……」
目を見開き、頭を抱えて蹲っている女性がいた場所の足元にヒビが入り始める。
「早く! こっちです!」
「へ……?」
動けないでいた女性の手を取り立ち上がらせたのは魔術士育成学園の制服を着た少女ーーアンだった。近くではリオナも他の人たちに手を貸している。
「急いで!」
「は、はい!」
アンの声に大きく頷いた女性は震える足を動かして走り出す。
ブレスがその後を追うように横へ移動し始める。このままではいずれ足場を破壊されて瓦礫に埋もれ死ぬことになる。だがアンには黒竜のブレスを止める技を持っていない。
足場のヒビがアンたちを通り過ぎる。
崩れるッ……そう思った時
「キシャー!」
「ひぇやぁぁああ!」
「きゃああああ!」
どこからともなく現れた巨大トカゲにアンと女性は咥えられた。そのまま闘技場を高々に飛び越え、先に避難していたリオナのいる近くに着地する。
「ひっ……!」
突如降ってきた巨大トカゲにリオナは盛大に尻餅をついた。
そんなことはどうでも良いとでも言うかのようにペッと若干の唾液が付着したアンと女性を吐き出す巨大トカゲ。
「あ、アン!?」
「うぅ……気持ち悪い……」
リオナは目を回して地面にへばりついているアンのもとへ駆け寄る。
そこに巨大トカゲの背中から一人の青年が降りてきた。
「うっ……ん? あ、あなた。何で……」
視界がはっきりしたアンが見たのは、合同合宿で同じチームになった使役士育成学園の生徒であるマヌケントの姿だった。
マヌケントはアンに向けてサムズアップする。
「え、えっと……ありがと」
マヌケントの力を借りたのはこれで二回目だった。その時のお礼も兼ねてアンはペタンと地面に座った状態のまま言葉にする。
それにマヌケントは軽く笑みを向けて頷いた。
その表情に何故か、トクンと心臓が跳ねたような感覚に陥ったアンは直視できずに視線を逸らしてしまった。
「アン、大丈夫? どこか具合が悪い?」
「うぇ!? ううん。大丈夫大丈夫!」
リオナがアンの変化に違和感を覚えて顔を覗き込んで来た事でアンはビクッと肩を跳ねさせ、誤魔化すように急いで立ち上がる。
そして一緒に咥えられた女性を避難テントが設置されている場所へ行くよう指示していると
「マヌケントぉ。これどうやって降りればいいんすかぁ」
巨大トカゲの背中からさらに声が聞こえてきた。
「あ……」
思わずリオナが声を漏らす。それはリオナもまた合同合宿で同チームになっていたアホマルという使役士育成学園の生徒だった。
「ん? あ! あん時の嬢ちゃんっすね! また会うなんて運命感じるっすね!」
こんな状況だと言うにもかかわらずブレない性格をしているアホマルである。リオナは見なかったことにしてそっとその場を離れようとアンの腕を掴む。
「え、りっちゃん。どこ行くの」
「おーい。どこ行くんすかぁー?」
アンとアホマルが声をかけるもリオナは無視。一刻も早く面倒臭い人から離れたいと思いアンを引っ張りながら歩いて行く。だがそこに二人の少女の影が近づいてくるのをリオナは視界に捉えた。
「お願いです! 兄さん、兄を助けてください」
「ご主人様危ないの!」
それはアンとリオナが闘技場の客席で隣に座っていたアヒトの妹であるレイラとベスティアにそっくりな少女のテトだった。
「お兄さんって、アヒトさんのこと、だよね。まだあの中にいるんだよね……」
アンが闘技場に視線を向けながら呟く。
先ほどあんな危険な目にあった後なのだ。再び戻るなんてことはアンにはしたくなかった。だが、アヒトという人物は大切な親友であるサラの想い人だ。彼があそこで死んでしまうようなことがあれば、いったいサラの心はどうなってしまうのだろうか。自分の親友が壊れるところなんて見たくはない。ならば、助けに行く他はないだろう。
アンは拳を強く握り、レイラへと視線を向ける。そして口を開こうとしたところでリオナがそれを止めた。
「りっちゃん?」
「アンはここにいて。アヒトさんは私が連れて帰る」
「な、なに言ってるの! あたしも行くよ!」
「ダメ。アンに危険な真似はさせられない」
断固として譲らないリオナ。何故自分は連れて行けないのか、理解ができないアンは負けじと言葉を紡ぐ。
「それはりっちゃんも同じでしょ! 一人でなんか絶対に行かせないんだからね」
「私には回復魔術があるから、アヒトさんの助けになれるし、怪我しても自分で治せる」
「あ、あたしだって回復魔術くらい使えるし、少しは助けになれるかもでしょ?」
「治癒魔術ではどうにもできないことだってある」
「うっ……」
図星を突かれ、アンは言葉に詰まる。
確かに、アンが行ったところでなにも助けにならないのかもしれない。だが、幼い頃からずっと一緒にいた親友を行かせるわけにはいかなかった。
「あ、あのぉ。私も同行します!」
「「却下!」」
「えぇ……」
レイラがよそよそしく提案した言葉をアンとリオナは同時に即答する。
あまりの気迫にレイラはしゅんとなる。
その時、闘技場から地面が揺れるほどの轟音が響き渡った。
もう時間はないのかもしれない。
「なんで? どうして一人で行くの? そんなに死にたいの? そんなはずないよね?」
アンが次々に質問をぶつけにかかる。それをリオナは冷静にゆっくりと口を開く。
「私にとって大切なアンを、こんなところで死に近づかせるようなことはさせたくないから」
「なに、それ……。あたしにとってもリっちゃんは大切な友達なんだよ!」
その言葉に、リオナは少し目を大きくする。そして、わかっていたかのような、でも少し寂しいような、そんな表情をした後、ゆっくりと優しい笑みになる。
「ありがと。大切って言ってくれて。でもやっぱりアンには行かせられない。もし私たち二人で行ったとして、二人とも死んじゃったらどうするの? サラにはアンが必要なの。それをわかって」
リオナはそう言って歩き出そうとして
「なら、三人で行こうよ」
その声はレイラの背後からかけられたもの。そこにアンとリオナが視線を向ける。
「サラちゃん……」
「サラ……」
「あたしもいるわよぉん」
それは、筋骨隆々のオカマスタイルの漢に支えられながら立つサラがそこにいた。
「どうして……」
リオナの言葉にサラは魔力が回復しきっていないふらついた足取りで近づいてくる。
「えへへ。二人を見捨てられないのは私も同じだよ。三人で行けば、死ぬときは一緒ってもんだよね」
その言葉と下手くそな笑いにアンが思わず笑みを吹き出す。
「ぶふっ……死んじゃったらアヒトさんに会えないじゃん」
「あはは、そうだよね。でも、私は二人に会えなくなる方が嫌だよ」
珍しく真面目な表情になるサラに、リオナは諦めたように盛大なため息を一つこぼす。
「わかった。三人で行こ」
「うん!」
「ありがと! リオナちゃん」
「わわ、ちょ、サラ」
サラがリオナに抱きつき、それに驚いてリオナが慌てる。
そして三人のやりとりを見ていたレイラはヤレヤレといった表情でテトに視線を向ける。
テトはその視線に小首を傾げてレイラを見上げる。
「友達って、素敵ね」
自分にも身を挺して守りたいと思える友達が欲しいとレイラは少し、彼女たちを羨ましく感じてしまった。
「きゃは!」
レイラの言葉にテトは満面の笑みで応えた。
「はぁい! それじゃあ、あたしが保護者として同行するって事でいいわよねぇ。教師たちは避難誘導で忙しそうですしね」
筋骨隆々のオカマは先頭に立つ。
「はい。ロマンさんで良ければお願いします」
サラの頷きにロマンと呼ばれたオカマはウィンクで返す。
「よし! それじゃあ行こう!」
「「おー!」」
アンが拳を挙げて駆け出し、それに合わせてサラとリオナが声を上げて続く。
「うふふん。若いっていいわねぇ。なんだかお姉さんも元気が湧いてきちゃったわぁ」
ロマンがクネクネとした女の子走りで後を追いかけて闘技場へと向かっていくのだった。




