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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第14章
102/212

第1話 警備兵らの活躍は

 観客席にいる人たちから困惑と動揺の入り混じるざわついた声が聞こえて来る。


 突如競技場上空からやって来た黒竜に誰もが目を見開いて動けないでいる。それもそのはず、黒竜などめったに見れる魔物ではない。それに種族上最強種に位置付けられている魔物だ。誰もが見入ってしまう。


「あの黒竜って、もしかして」


 アホマルが見覚えのある黒竜を見て呟く。


「…………」


 隣にいたマヌケントも頰に一筋の汗を垂らして息を飲む。


 そして、黒竜の背中から姿を見せた人影は、二人のよく知る人物――バカムだった。だがいつもの彼とはどこかが違っていた。見た目はバカムそのものなのだが、中身はまるで違う。


「いったい、何がどうなってるんすか。兄貴!」


 アホマルが客席から身を乗り出して叫ぶが、バカムには聞こえていないのか、それともただ無視をしているだけなのかは定かではないがピクリとも反応がなかった。見つめる先はただ一つ。使役士育成学園代表、アヒト・ユーザスだった。


「バカム、なぜ君は使い魔を連れてここにいるんだ? 君はこの試合には出られない。試合の中断や割り込みはしてはならない行為だと君もわかっているはずだろ?」


 地上に降りて来た黒竜とその背中に乗るバカムの異様な気配にアヒトは身構えながら言葉にする。


「うるせぇよ……。こんなイベント事に俺は初めから興味ねぇよ。俺はてめぇと戦うために来たんだからな」


 バカムは黒竜の背から飛び降りる。その際、バカムは一切手を使わずに足だけで着地し、地面が彼の足の形に凹む。


 体内に収まりきらないと言わんばかりに溢れ出る黒い魔力。それを抑えることも隠すこともせずに立つバカムに、アヒトは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


「いったい君に何があったと言うんだ……」


 アヒトは杖剣を抜いて構え、視線だけを動かして自分の相棒である少女のいる場所を見る。


 その少女――ベスティアがバカムに視線を向けながらゆっくりと立ち上がるのを確認する。彼女は対戦相手であるチスイとの勝負の途中でバカムの使い魔による攻撃を受けたのだが、隣にいるチスイと同様で目立った外傷がないことからうまく躱したようだ。


 アヒトは二人の無事に内心で安堵しながらバカムの方へと視線を戻す。だがその気持ちはすぐにかき消される。まるで心臓を直接鷲掴みにされたような、そんな感覚に襲われた。なにせ


 

 アヒトの目の前にはバカムがいたからだ。

 


「ーーッ!?」


 アヒトが目を見開き、反射的に杖剣を振り上げるのとバカムが杖剣を振り下ろすのが同時だった。


「ぐっ……」


 杖剣がぶつかり合い、鈍い金属音が鳴り響くが、バカムの見たことがない腕力によって強引にアヒトは後方に飛ばされた。


「あひと! 貴様ぁあ!」


 ベスティアが全身の毛を逆立てながらバカムに向けて高速で地を蹴る。


 だが、ベスティアがバカムのもとに辿り着くよりも先に彼の使い魔である黒竜が立ちはだかる。


「じゃまッ!」


 ベスティアは空間を裂いてそこから『無限投剣(メビウス・ネビュラ)』を射出する。


 それを黒竜は前足で払うことによって容易く弾く。さらに後ろ足を軸にその巨体を回転させることにより高速で黒竜の尻尾がベスティアの体を捉える。


「がッ!」


 黒竜の尻尾を腹部に受けたベスティアは、遠心力で尻尾に捕らえられたまま軌道に乗って地面に勢いよく叩きつけられた。土埃を立ち上らせながら、ベスティアは地面を何度も転がり全身に擦り傷をつくってようやく止まる。


「うっ……以前とは、強さが違う……」


 腹部を押さえて立ち上がるベスティア。


 黒竜の立つ後方ではベスティアのことなど気にした様子のないバカムがゆっくりとアヒトへと近づいていくのが見える。今すぐにでも駆け付けたいところだが、目の前に立ちはだかる以前とは違う黒竜を掻い潜るのは至難の技である。


 だがそこで競技内に繋がる二つのゲートが開かれる。


「……あれはっ」


 アヒトがふらつきながらも立ち上がり、ゲートへと視線を向ける。


そこから警備兵複数人が剣や杖を構えてやって来た。バカムとその使い魔である黒竜を侵入者として拘束するつもりなのだろう。二つのゲートから出てきた警備兵たちが逃さないように囲む。


「動くな!」


「武器を捨てて投降しろ!」


 警備兵たちが声をかけるが、バカムは気にした様子はない。そのままアヒトがいたであろう場所へと歩を進める。


「そのまま動き続ければ容赦はしない!」


「…………」


 再び警告の言葉を投げかけるもまたもや返答はなく、バカムは歩き続ける。


 仕方がないのでこの場の指揮を取っているリーダーだと思われる男がバカムの背後にいる兵士へと目配せする。


「ま、待ってください……! バカムとは同じ学園でーー」


 バカムが斬られると予想したアヒトは止めるべく声をかけようとするが、少し遅かった。


 警備兵の一人がバカムの背後から剣を振り下ろした。


「なっ……!」


 だがその剣が届くことはなく、バカムによって腕を掴まれ止められていた。


「てめぇ、俺の邪魔をするってのか? あぁ?」


 バカムは掴んでいる手に力を込める。


「あ、がっ! ぎぃいああああ」


 あまりの痛みで剣を落とし、兵士は絶叫する。


 額に大量の汗が浮かび、腕の骨が軋む音が聞こえてくる。初めは腕から抜け出そうともがいていたが、やがて立っていることすらままならなくなった兵士は地面に膝をつき、涙や鼻水、唾液を垂れ流した状態のまま動けなくなった。


 他の警備兵たちはあまりの迫力に怖気づいてしまい、動くことができずに傍観する。そしてついに、兵士の腕が曲がってはいけない方向へとバカムによって曲げられた。


 もはや叫ぶ気力もなくなったのか、兵士は目を虚にさせ人形のように力なく地面に倒れた。


 それをバカムは一瞥すらせず、周囲を囲む警備兵たちを眺める。


「てめぇらもこうなりたいか? 来いよほら、なぁ。なぁ!」


 バカムは愉悦で歪んだ表情を作り、倒れた警備兵を蹴り一つで壁際まで蹴り飛ばして挑発する。


「くっ、か、かかれぇ! 捕らえようなど考えるな!」


 警備兵のリーダーが命令して動き出す。それによって他の警備兵たちも駆け出す。


「ダメだ。やめろ!」


 アヒトは止めるために駆け出し、それを見てベスティアも動き出す。


「ウガアアアアアアアア」


 だがそこで黒竜がバカムを守るように巨大な咆哮を上げて立ちはだかった。その音と、空気に乗って伝わる黒竜の覇気が警備兵だけでなく、観客席にいた魔力を持たない市民たちにも恐怖を植え付ける。


「ひ、怯むな! 魔術班、攻撃魔術を放て!」


 その指示によって杖を持つ警備兵たちが火や風、土といった魔術を次々に黒竜に放ち、爆煙を上げる。


「よし、そのまま攻撃を続けろ!」


 警備兵のリーダーが指示を出すが、煙が晴れたそこには無傷で立つ黒竜がそこにいることに魔術兵たちが動揺で一瞬動きが止まる。その一瞬の行動が隙となった。


 黒竜が頭を持ち上げ体内に空気を取り込む。


「まずいッ! 『岩壁(ヴァラコス)』ッ!」


 アヒトが魔術を唱えると、警備兵たちの前方に岩の壁が出現する。


「私も手伝うわ。『水壁(ティホス・ネロ)』」


 使い魔であるシナツを壁際に寝かせてきたアリアはアヒトのもとへ駆け寄り、魔術を行使する。すると、アヒトが出した岩壁より前に水でできた分厚い壁が出現する。水圧で黒竜の技を抑えようと言う考えなのだろう。


 そしてそれと同時に黒竜がその巨大な顎門を開き、灼熱のブレスを解き放った。


 アリアが形成した水の壁に直撃するが、ブレスの熱量が水を蒸発させて飲み込んでいく。ろくに勢いが止まることもなく、アヒトが形成した土の壁に直撃するが、それもまたいとも容易く破壊して警備兵を吹き飛ばした。


 離れていたアヒトとアリアも直接黒竜の攻撃を受けたわけではないが、ブレスの熱気に襲われ、思わず腕で顔を覆う。


「か、かかカトプぎゃあああああ」


 魔術を唱えて防ごうとした兵士もいたが、タイミングが圧倒的に遅く、他の兵士と同様に吹き飛ばされる。


 本来ならば人の形すら保てずに蒸発していくのだが、警備兵たちは競技場のゲートを通ってこの場に来ている。つまり、『即死不可』の魔術がかけられているため、肉体はそのまま残っており、悪い状態で全身大火傷と言ったところである。


「なんて威力なの……」


 アリアが目を見開きながら思わず口にする。


 今までバカムが使役する黒竜が放つ技にはこれ程までの威力はなかった。それが唐突に馬鹿げた惨劇を見せられてしまえば誰でも驚いてしまう。


「さっすが相棒! このまま全員ぶちのめせ!」


 バカムの指示により、再び黒竜がブレスを吐く体勢をとった。


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