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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第13章
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第9話 剣士たちとの戦いは その2

「チスイさん助かりました。さすがですね! この調子であっちも倒しちゃいましょう」


シナツにかなり攻撃されていたのか服が所々ボロボロになっているデキルがチスイに礼を言ってベスティアに視線を向ける。


「あれって、亜人ですよね? 僕が知っている亜人と少し違う気がしますけど、亜人は亜人ですし、僕が倒しちゃってもいいですよね?」


デキルの言葉にベスティアの三角の耳がピクッと反応する。


「やめておけ。お前が敵う相手ではないぞ」


「大丈夫ですって。さすがに僕も亜人には負けませんよ」


チスイの注意を無視して駆け出したデキルはベスティアに向けて剣を振りかぶる。


「せあああああッ!」


気合いのこもった声を出しながら振り下ろされた剣をベスティア容易く躱す。


「躱しただと? たまたまに違いない。大人しく僕に倒される事だな!」


デキルは剣を構え直し、横薙ぎに振るう。


それをベスティアはバックステップで躱し、距離をとる。


「逃げるな!」


デキルは後退するベスティアを追いかけ、攻撃を繰り出すが、そのどれもが躱されてしまう。


「遊ばれてるな、あれは」


ベスティアの行動を見てチスイが嘲笑混じりに小さく呟く。


「ぜぇ……ぜぇ……なぜ、逃げてばかりいるんだ。少しは反撃したらどうなんだ?」


デキルは休憩している事を悟られないように、逃げてばかりいるベスティアに質問する。


「……いいの?」


ベスティアが可愛らしく小首を傾げる。


「そうだ。やれるものならやってみろ!」


デキルは再び剣を構え、間合いにいるベスティアに向けてデキルが持つ最大速度の突き技を放つ。


だが、ベスティアは地を軽く蹴って跳躍する事で躱し、ゆっくりと口を開く。


「……じゃ、遠慮はしない」


「へ……?」


ベスティアはデキルの頭頂部に向けて空中からの踵落としを繰り出した。


「ごぶへぁ!?」


デキルはいきなりやってきた衝撃と痛みで三半規管が狂い、地面に両膝をつける。


そしてデキルが完全に倒れこむ前にベスティアは彼の顔面に向けて高速の回し蹴りを繰り出した。


「ぶぎゃッ」


デキルは鼻から噴水の如く血を流し、何かが潰れたような声を出しながら吹き飛んで行き、壁にぶつかるとそのまま動かなくなった。


「ふぅ」


ベスティアは軽く息を吐いてアヒトに視線を向ける。


「いや、なに一仕事終えたぜっみたいな顔してるんだよ!」


思わず突っ込みをいれたアヒトにベスティアはぷくっと頰を膨らませる。


「……だって」


「だってじゃない。たしかにティアのことを甘く見てたあいつも悪いけど、君もやり過ぎはよくない」


「別にしたくてやり過ぎたわけじゃない。あいつが他の人より弱過ぎた、それだけ」


ベスティアがぷいっとアヒトからそっぽを向いてしまう。


確かにあのデキルという男はロシュッツやアリアたちより脅威を感じられなかったなとアヒトは思った。それなら、ベスティアがやり過ぎてもしょうがないのではとも思ってしまう。


「さて、話は十分か?」


チスイがベスティアに近づきながら口にする。


「結局こうなってしまったな。まぁ私はチビ助と仕合えるのなら何でも良かったのだ」


「私も、貴様とは決着をつけたかった」


ベスティアの返答にチスイが口元に笑みを浮かべる。


そしてチスイは自分の間合いまで近づくと、そこで足を止めてアヒトへ視線を向ける。


「おい、男。まさかこの状況で邪魔立てすることはないだろうな?」


その言葉にアヒトは両肩を上げて答える。


「ああ。おれは何もしない。置物だとでも思ってくれ」


チスイと初めて戦ったあの日からかなり時間が過ぎた。お互いの強さを確かめるには丁度いい頃合いだろうとアヒトは考える。


「良し。この場で邪魔する者はもうおらぬ。本気でかかって来るといい」


チスイは刀を両手で持って切先をベスティアへと向け、片足を半歩前に出した状態で構える。


ベスティアもいつもより少し腰を低めに構える。


「そちらから来ないなら私から行かせてもらうぞ」


「好きにすればいい」


「ふむ、では。……波平 智翠、いざ参る!」


そう言ってチスイはベスティアに向けて刀を振り抜いた。


それをギリギリのところでベスティアは地面を転がることで躱す。


そして起き上がると同時に空間を裂いて『無限投剣』を射出する。


チスイは飛んできたベスティアのナイフ全てを打ち落とし、距離を詰めにかかる。


それを見てベスティアは退くのではなくあえて前に出ることを選ぶ。


「ーーッ!」


チスイは自分の間合いより内側に詰められたことで目を見開き、思わず強引に刀を横薙ぎに振るう。


それを読んでいたベスティアは、地面を滑ってチスイの足を払う。


「くっ……!」


バランスを崩したチスイは地面を転がる。


追い討ちをかけて来るベスティアから距離をとって起き上がる。


そこに高速で距離を詰めてきたベスティアがチスイの目の前に現れる。


だが、それを読んでいたチスイは刀とは逆の手の裏拳でベスティアの頰を殴る。


「がっ……!」


刀に気をとられていたベスティアはそれを諸に受けてしまい体勢を崩す。


チスイはベスティアの腹部に蹴りを入れることで距離を開けさせる。


「…………」


「…………」


二人はわずかに視線を交わしたあと、ベスティアはぺッと口に溜まった血を吐き出し、高速で駆け出し、チスイも刀を地面と平行に構えて駆け出す。


そして両者の攻撃が交わるその刹那、チスイとベスティアの足元に何かが着弾して破裂した。


「なっ……!」


「くっ……」


二人は爆風で大きく飛ばされ、地面を転がる。


「な、何が起こったんだ……!?」


アヒトが飛んできたものの方向へと視線を向ける。それは空中からのものであり、そこには一匹の黒竜が天高く舞っていた。


「あれは……!」


アヒトが目を見開く。その黒竜の背に一人の見知った人物が乗っていたからだ。


「よぉ。アヒト」


それは、瞳を赤黒く光らせ、身体中を禍々しい魔力で包んだバカムの姿だった。








 使役士育成学園にある一つの研究室。


 そこで静かに、だが慌ただしく書類を進めるグラットの姿があった。


 部屋は散らかり、山のように文献資料が積まれており、壁には大事な予定なのかたくさんの紙が貼り付けられていた。


 グラットは椅子に背を預け、休憩がてら冷めたコーヒーを口に含む。


「ふぅー。不味いな。今頃アヒト君たちは大活躍しているのかな。観に行くことができないのがとても悔しいよ。なんでいきなりこんなに仕事が増えるんだ……」


 グラットは大きく伸びをした後、両手を後頭部に置く。


 そこにガチャリと廊下に繋がる扉が開かれる。


「ん? 誰だい? ノックはちゃんとしないとダメだぞ」


 扉の方へ視線を向けると、そこには白衣に身を包んだ女性がそこにいた。


「ユカリ? どうしてここにいるんだ? 君は鮮花祭に出場する生徒たちの医務役員だったはずだろ?」


 養護教諭を務めているユカリは腕利きの治癒師だ。彼女がいなければ万が一生徒たちに大怪我を負う者が出てしまった場合に対処が難しくなる。


「ごめんなさい。すぐに向かうわ。でも、先にやらなくちゃいけない事があるの」


「なに?」


 そこでグラットは彼女が片手に杖を持っている事に気がついた。


 その手がゆっくりと持ち上げられ、先端がグラットに向けられる。


「――ッ!」


「……『細胞劣化(アリーシ)』」


 その言葉と杖が一瞬輝いたと思った時、グラットは床に倒れていた。


「ぅあ……!? な、なにが」


 足の感覚が全くなく、立ち上がる事ができなかった。


 せめて椅子を支えに起き上がろうとするのだが、腕にも力が入らず、すぐに倒れ込んでしまった。


 グラットが自分の手元に視線を向けて、目を見開く。


 自分の手がミイラのようにしわしわで巨大なシミができたかのように黒ずんでいた。


「なっ! ユカリ! 君は私を殺す気なのか!? 何故だ! 君にはそんな魔術は使えなかったはずだ」


 扉の前で立ち尽くし、グラットを見下ろすユカリにグラットは叫び続ける。


「たしかに……私は人を助けることしかできない治癒師よ。でもね。治癒魔術って、生物の細胞を活性化させて治癒しているの。それを永続的に増やし続けたらどうなると思う?」


「そ、それは……!」


 グラットは戦慄に目を丸くする。


「そう。ある細胞は老化細胞へと変わり、ある細胞は癌細胞へと変わる。老化した細胞は臓器を弱らせるし、癌細胞は増殖し続けて身体中の至る所へと転移する。そしていずれその人を死に至らしめるの。どう? 私にも人は殺せるでしょ?」


 ユカリは不適に笑みを浮かべ、絶望に顔を歪めるグラットを見つめる。


「本当に申し訳ないと思っているわ。でもこれは命令ですもの。私とあなたが幼馴染みだったことを恨むことね。そうすれば少しは警戒心を持てたかもしれないのに」


 ユカリはそれだけ言い終えると、グラットから背を向ける。


「くっ……ま、て……」


 グラットは震える腕を必死に動かす。そして懐から取り出した杖をユカリに向ける。


「…………『魔術(マギ)……封印(スラギータ)』……」


 絞り出した声とわずかな魔力を杖に乗せて放った術は鮮やかな色を纏いながらユカリを包み込んだ。


「え……!?」


 あの状態から魔術を使って来たことに驚きを隠せなかったユカリだが、特に身体に変化がないことから失敗したのだろうと思った。


 実際、既にグラットは元の姿が分からないほどに腐食し息絶えていた。


 だが、やはりグラットが最後に使った魔術の名前の意味が気になる。


「『魔術封印』……ね。一応確認してみようかしら」


 ユカリは杖を構えて初級魔術である『水球』を唱えてみる。


 すると、一瞬顔くらいの大きさの水球が出現するが、すぐに何かに弾かれたように自分の顔にめがけて水球が飛来した。


「ひゃっ!」


 バシャっとまるで頭から水を被ったかのように髪から大量に水が滴り落ちる。


「ふふっ……そういう事ね。魔術を使うと自分がその魔術のダメージを受ける。おそらく私の周りには結界のようなものが張られているのね」


 自分に返ってきてもダメージを受ける事がない魔術は治癒魔術だけである。だがそれも他人には使う事ができない。つまりそれは、治癒師としての資格を剥奪されたのも道理。


「……私はただの一般人に成り下がったって事ね。ふふふ……さすが魔術師・現役一位の空間系使いってだけあるわね。……あなたには負けたわ」


 ユカリは濡れた髪が顔に張り付かないように前髪もろとも一つに結い上げてから廊下を歩き出す。


 一応目的は達成できたのだ。これで学園長もさぞ喜ぶことだろう。


 静かな廊下に響く足音はどこか軽快なものだった。


ひとまず、13章はこれで終わりです。


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