第2話 亜人娘の能力は
「なあ、そろそろ機嫌直してくれよ」
「…………」
あれからベスティアはアヒトに口を聞かない。
その割に、朝食の米を一人で五合平らげるという見事な食いっぷりをしてくれたためにアヒトの口からは溜息しか出ない。
「ダメじゃん」
しばらく会話もなく二人で学園に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「よお、アヒト〜。お前昨日は散々だったみたいだなあ〜」
「そういえば午後からいなかったっすね、サボりは良くないっすよ〜」
「ヤっちまいましょう兄貴」
よくアヒトに絡んでくる三人組、バカム、アホマル、マヌケントだった。
「そいつが、お前が召喚した使い魔か?」
「……だったら何だ?」
バカムの言葉にアヒトは面倒くさげに聞いた。
「へっ、まさか召喚魔法陣から最弱の亜人が出てくるなんてな。同情するぜ〜」
「……ッ」
ベスティアの尻尾の毛が逆立つのを見たアヒトはベスティアを下がらせるように前に出た。おそらく、こいつらはアヒトとベスティアの戦いを見ていないのだろう。そうでなければ、「最弱」という言葉を使うわけがない。
「ホントっすか兄貴。これで今日行われる対抗戦は兄貴が優勝間違いないっすね!」
「ヤ、ヤっちまいましょう兄貴‼︎」
「へへへ、おうよ。アヒト、今日の対抗戦は俺と戦うってことでいいな?」
「……対抗戦?」
聞いてないぞ。とアヒトは思い、口にした。
「あ?お前知らねえのか。召喚された使い魔の能力を知るためにクラス内で対抗戦を行うんだよ」
アヒトとベスティアは昨日のうちに戦っているのだが、まだベスティアの能力は全て分かってはいなかったため、今日行われるものはアヒトにとってありがたい話だった。
「お前、昨日の俺との約束覚えてるな?俺と戦うしかないのはわかるはずだ」
はて、何の話をしているのかとアヒトは首を傾げかけたが、昨日のホームルーム前にバカムと言い争いをしたことを思い出した。
あれを約束と言うのか、ていうかおれは約束した覚えもないぞ⁉︎と内心思い口にしようとしたが、制服の裾を引かれるのを感じたアヒトは肩越しに後ろを振り向いた。
「………………」
そこには、耳と尻尾を逆立ててバカムを睨みつけるベスティアがいた。
バカムは気づきもせず他の二人と会話している。
アヒトは溜息を吐き、口を開いた。
「わかった。今日の対抗戦はバカム、お前と戦おう」
というより、対戦相手を勝手に決めることができてしまったら対抗戦とは言えないのではないのだろうかとアヒトは思った。
しかし、そのことに気づいていないのか、アヒトの言葉を聞いたバカムは口端を吊り上げた。
「へっ、手加減はしないからな」
「かまわない。こっちも全力でいかせてもらう」
ーーまぁ、対抗戦なら、勝つことができればどこかでバカムと戦う時が来るだろ
アヒトはあえてバカムに言及することはせず、肩越しに後ろを振り向くと、既にアヒトの制服から手を離していたベスティアは先に学園へ向かって歩き出していた。
アヒトはゲラゲラと談笑しているバカムたちを置いてベスティアを追いかけた。
「おい、ティア。先に行くなら言ってくれ」
「……対抗戦、絶対勝つ」
「なんでそんなにムキになってんだ?昨日ティアが自分で強くないって言ってなかったか?」
「……私は弱い。けど、他の子たちは違う。ましてや亜人が最弱、これは違う……勘違い正すために私は勝つ」
「なるほどな」
アヒトはようやくベスティアが口を聞いてくれたことに嬉しさを感じ、ついにやけてしまった。
「…………なに?」
「ん?……ああいや、なにも」
「……なんなの?」
ベスティアがジト目になりながら聞いてくる。
「なんでもないって」
アヒトはにやけながら、ベスティアは少し頰を膨らませながら学園に足を運ぶのだった。
ホームルームが終わり、午前の授業――つまり対抗戦が始まる。
チャイムが鳴り、教室にグラット先生が入ってくる。
「ほら、座れー。昨日言ったように、対抗戦を始めようと思う。まずは住民に迷惑がかからないように移動してもらう」
ベスティアはアヒトの席の後ろに椅子を用意してもらっている。
グラット先生は一息ついて、頭をポリポリとかいた。
「んじゃあ行くぞ。……結構疲れるんだよな、これ……『転移』ッ」
グラット先生の術によって教室の床が光りだした。
「……これはっ⁉︎」
突然光り出した床を見てベスティアが椅子から立ち上がり、おどおどと慌て出した。
アヒトはベスティアの行動に苦笑しつつ、転移した後に尻餅をつかないように席を立った。
それに合わせて続々と他の生徒が立ち上がる。
やがて、視界が白くなり……
……
……
「やっぱここか」
目を開けたアヒトは見たことある森の景色を見渡した。ベスティアを召喚したあの広大な荒野へ繋がる道があった場所だ。
「……今の魔法、なに?」
ベスティアが少し動揺し、周りを見渡しながらアヒトに聞いてきた。
「ん?ああ、今のは魔法じゃない、魔術さ。魔法は超常的な力であって、魔術はそれを模してるだけなんだ。ちなみに、今の魔術は転移だ。かなり魔力を使うはずなんだけど先生は大丈夫なのか?」
ていうか、これくらいの動揺なら素の口調にはならないんだなとアヒトはベスティアのことを少しずつ理解していくのだった。
「……転移……こんな魔法があったなんて……」
どうやらベスティアの世界では魔法が誰でも使えるのかもしれない。
「ティアは魔法とかそういった技は使えるのか?」
「私は無理。魔力はあるけど上手くできない」
「そうか」
魔法が使えないのは残念だが、誰にでも向き不向きがあるためアヒトはしょうがないと割り切る。アヒトの世界でも魔術が使えない人はいるのだから。
そう思っていると、ベスティアは俯き、思案気な顔で口を開く。
「……身体強化なら、いけるかも」
「十分じゃないか」
身体強化があればベスティアは以前アヒトと戦った時以上の力を発揮するかもしれない。魔術ならアヒトがそれなりに使うことができる。ベスティアの援護くらいならアヒトには容易いだろう。
ーーまぁ、身体強化された状態のベスティアの速さについていける人なんていないから援護は必要ないかもな
そんなことを考えていると、転移を終えたグラット先生が周りを見渡して話し始めた。
「よし、今回も置いてかれた奴はいないようだな。それじゃあ、早速始めるか」
そう言って、グラット先生は対戦表を決めようとしていると、ふと手を挙げる生徒がいた。
「ちょっと待ってくれよ先生。俺はアヒトと対戦したいんだがよ」
挙手したのはバカムだった。おそらくバカムは、対戦表にするとバカムがアヒトと戦う前にアヒトが脱落すると思ったのだろう。
「でもねバカム君。そうすると対抗戦とは呼べなくなるんだけど」
「俺の使い魔が圧倒的な力があるのは先生もわかるだろ?なら俺は他の奴らと戦う意味なんてないだろ。俺は俺が戦いたいやつと戦う」
そんな勝手なバカムの発言に、グラット先生は溜息を吐いた。
「はあ。しょうがない。今回は戦いたい者同士で戦ってくれ、友人と楽しく戦った方がお前たちもいいだろうからな」
グラット先生の発言により生徒たちの中から小さく歓喜の声が上がった。
アヒトは生徒に甘いグラット先生に呆れた表情を向ける。
「お前たちの使い魔はお前たちが転移したと同時に使い魔も転移したはずだ。近くにいるだろう」
グラット先生の言葉で他の生徒たちは足早に自分の使い魔の下へ向かっていった。
「おっしゃあっ、おい、アヒト!俺と戦うぞ」
バカムの呼びかけにアヒトは嘆息した。
「しょうがないな。行くか、ティア」
「言っとくけど、貴様の助けはいらない」
「え、いらないの?」
「ん」
アヒトは頰を引きつらせながら対抗戦(?)を始めるべく、バカムの方へ向かった。




