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よろよろと近づいてくるノブにもマルは動じず、隠し持った斧を後手にじっとしている。
「殺す……殺す……」
呪文のようにノブの口から繰り返し出てくる言葉にも、マルの表情は眉一つ動かさずタイミングを図って斧を握る手に力を込める。
「さっきは何度も殴ってくれたな、これはそのお礼や」
マルがノブにぶんっと横に斧を振り回す。
「うわあっ」
ノブが驚き反射的に後ろに体を引いた為、目の前に斧の刃がぎりぎりに横切っていき、よけられた勢いでマルはくるくると回った。
「なんで避けるん、はよ楽になった方がいいで」
楽しそうに回ってニヤリと笑うマルが斧を握り直すと、ノブの表情が凍り付く。
(こいつら狂っとる……)
ノブの脳裏にはこの時までマルを普通の何の力もない女だと認識していたが、それが間違いだと知った。
この女こそこの異常な状況の張本人であり親玉なのだ、この女は普通じゃない、動く人形を引き連れて平然と人を殺す精神にどこか普通の人間とはズレている、自分達の方がどれだけ常識人であるのかがよく分かるほどに、この女の常識は狂っていると感じた。
「キキキッ!」
「ぎゃあ……」
フィッシュとミエールは後ろから、ノブの大腿部の裏側にそれぞれの刃物で切りつけてマルの元にやって来た。
「あの女は放って置いても動けねえ、こいつを始末すれば終わりだマル」
「全く……あんたらのやんちゃぶりは目も当てられへんわ、最後はあたしがとどめを刺そうと思ってたんやけど、後はよろしく」
マルは大きくため息をついてフィッシュ達に言うと、眼の前で倒れているノブを見下ろし、血だらけの彼を見てもマルの心に波風が立つこともなく冷静に言葉をかける。
「あんたらは調子に乗りすぎたんや、ここは人が来るとことちゃうんやで、街中で大人しゅう走り回ってたらええのに……」
「う……ううっ、はぁはぁ……た、助けて……」
倒れた瞬間、ノブの中で何かが終わった。
もう動けないと思った途端、体中から力が抜けてしまって、力を入れようとしても体がいうことを聞いてくれなかった。
その時、死が脳裏をよぎり懇願する言葉が次いで出た。
「何をいまさら……、さっきまでの威勢はどないしたん、殺したる殺したる言うてたやん、勝手に来て勝手に家上がって、家の物よう壊してくれたな、片付けるの誰がすると思ってんの」
「多分それは俺達だろ、マル」
フィッシュがぼそりと答える。
「……ごほんっ、この子らを見たんやから帰す訳にはいかへんねん、自業自得や諦め」
「……この殺人鬼!」
サユリが声を上げてマルに言った。
「変なこと言わんといて、あんたらから此処に来たんやろ、あたしは殺人鬼やあらへんで…………魔女やから」
マルが口角を上げた、焚き火の明かりに浮かび上がった彼女の表情は、世間で噂された薄気味悪い思惑を孕んだ魔女のような薄ら笑いだった。
そこにバルとデビが戻ってくるとマルが合図を送り、フィッシュ達四人でノブとサユリに躍り掛った。
山中に響くノブとサユリの絶叫は、噛み砕かれる音と得物で切り刻まれていく音に消えていく。
四人の笑い声は楽しげに、おもちゃを与えられた子供のようにノブとサユリを解体していった。
「あんたらそれ位にしとき、あとで片付けるのが面倒やで、これからが忙しなんねんから……家の中片付けるさかいに誰かオトさん呼んできて」
静寂の中で深いため息を付いたマルは、騒がしい一日が終わったと肩を揉みながら家へと入っていった。
あれから二年、いつもと変わらぬ日常を過ごしたマル達だったが、前と変わった所といえば、更に三体の人形が増えたことだろう。
三角の帽子にポンチョのような青い一枚服を着たミサは、フィッシュと意気投合して、いつも一緒に山へ楽しそうに入っていき遅くまで何かをしていた。
もう一体の若い女の子のファッションをしたスグリは、お洒落が大好きらしく、よくマルの持っていたファッション雑誌を見てはあれこれ作って欲しいとおねだりをして彼女を困らせ、そのスグリをいつも諌めていたのが騎士の格好をしたトムだった。
常にマルの側から離れず、腰につけたおもちゃの剣をぶら下げながら護衛に当たっていた。
八体の人形達は日々賑やかにマルとの生活を送り、変わらぬ容姿で彼女の手伝いに精を出していた。
しかし人間のマルの容姿は成熟した女性へと変わり、その美貌に磨きが掛かっていたが、この山でその美しさに目を留めるような相手がいなかったのが残念で、そのことで人形達は、
「マルも年頃だろう、街に出て男を見つけてこいよ」
囲炉裏を囲みながらフィッシュがミサと笑いながら云ってくるのを、マルはムッと口を尖らせると、
「マルさんは誰にも渡しませんよ」
スグリがマルに抱きついてフイッシュ達を睨んでくる。
「はぁ……はいはい、さっさと誰かと結婚してあんたらを此処に置いて出ていきますよ」
まるがそう言うと、わぁわぁとフィッシュ達が騒ぎ出すのを見て、
「オトさんとデビは?」
マルが辺りを見回し聞いてみた。
「二人なら裏庭に水やりに行ってますよ」
とトムが教えてくれた。
「結構大きくなってきたし放って置いてもいいのに……、じゃあ今日は山菜採りのついでに皆で川に遊びに行こか、ほなら支度して」
人形達が喜び勇んで支度に取り掛かる。
ここは滋賀の樹海、人里離れた山奥に住む魔女の家。
魔女の血脈は人知れず受け継がれ、本物と呼ばれる魔法使いは世界広しといえども山河・マルクス・怜美と彼女の弟だけだった。
「清貴の奴、どこ行ったんや……」
空を見つめる彼女は、未だに連絡のつかない弟の行方を青い空に思い浮かべながら、この家で弟の帰りを待ち続けていく。
物に命を吹き込む魔法を使って人形達を従える魔女の家の裏庭には、九本の杉の木が並んで植えられている。
深い山奥で九本杉の家を見かけたらすぐに引き返さないと、魔女と八体の人形がこの森に閉じ込めてしまうかもしれない、すくすく育つ九本杉のように……。
銀の魔導外伝 魔人形はこれで終わりです。
2周年記念作品として投稿させてもらいました。
次回からは銀の魔導本編の続きを投稿をさせてもらいますので、そちらの方もよろしくお願いします。