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銀の魔導外伝 魔人形  作者: 雪中 響
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「何処に居るんや出てこいや」

 マルの部屋に入ったノブとサユリが誰も居ない部屋で叫んでいた。

 もう叫んで怒ることでしかこの恐怖に耐えられないのか、ノブの顔は怒りというより見えない恐怖で色濃く染まっていた。

 隣のサユリはすっかり怯えきって、ノブから離れまいとずっと後を付いてくるだけしか出来ずにいた。

「ねぇ、あたしらどうなるんよ、三人も殺されたんやで」

「うっさいな黙っとれ、俺がそんなこと知るか、やった奴らの一人でも捕まえたら仲間を引きずり出してぶっ殺したる」

 ノブは歯ぎしりをしながら拳は震えていた。

「何言うてんのよ、そんなんより逃げる方が先やん」

「どうやって逃げんのや、あぁ? それよりカオリは何処行ったんや、探してこいや」

「ええっ……私一人で?」

「当たり前やろ、その辺にいるんちゃうんか、お前がおると煩いねん、二人でじっとしとけ」

 ノブがイライラしているのを見て、サユリが仕方なく部屋を出てカオリを探しに行った直ぐ後、家中に悲鳴が響き渡った。

 全員が悲鳴のした台所に駆け寄ると、サユリが床に腰を落として座り込んで口に手を当てていた。

 そしてその先にはカオリが血溜まりの中、倒れていた。

「…………うっ」

「うえええぇぇ」

 ノブとシンヤが変わり果てたカオリの姿を見て、一瞬で顔色が悪くなり台所で吐いてしまう。

 カオリのズタズタに切り裂かれた顔は赤い肉と白い脂肪が見え隠れしていて、その中身を見た瞬間、一気にこみ上げるものがやって来たのだった。

 頬や口、瞼に幾つもの赤い線が入り顔全体が真っ赤に染まっていて、胸の大きな穴が致命傷になって事切れていたのである。

「なん……なんなんやこれは、俺はもう嫌やぁぁ、帰るぞ」

「俺もや」

 マコトが突然玄関に向かって走り出すと、その後をヒロが追った。

「おい待て!」

 ノブの制止も聞かずマコトとヒロが家を飛び出し、バイクに二人で乗り込むと帰路に向かって山中に走り去っていった。

「……阿呆が」

 残された三人は顔を見合わせ、この家に何がいるのかと天井を見渡した。




 台所で騒いでいる間、ミエールはそろりと居間へとやって来ていた。

「バルちゃん、起きて」

 ミエールが居間で眠り続けているバルに声を掛けた。

 体を揺さぶりバルの目覚めを促すと、ゆっくりと開いたバルの大きな目がミエールを視認する。

「初めましてです」

 雪ん子の格好をしたバルがむくりと起き上がると、

「初めまして……バルちゃん、私はミエールよ、起きて直ぐで悪いけど今はゆっくりしていられないのよ、この家に侵入者がいてそいつらを排除しないといけないのよ」

 ミエールは素早く状況をバルに伝えてやるべき事を教えると、一人でまた部屋から出て行った。

「わかったです」

 バルはそのまま居間に残り、テレビの隅にもたれ掛かりじっとしていた。

 二階に居たフィッシュも男達が下に降りていったのを見届けると、立ち上がって準備をし始めた。

 ∪字階段の踊り場に画鋲をばらまき、釣り糸にナイフを括り付けて二階に上がった所に落ちてくるように天井につり下げた。

「くくくっ……」

 フィッシュがさも楽しげに仕掛けを作り終えると、笑いながらわざと足音を立てて二階を走り回って身を隠していく。

「おいっ、二階に誰かおるぞ」

 三人が階段を駆け上がっていくと、暗い階段の踊り場に先頭で上がったノブがいきなり倒れて転げ回る。

「痛ええええ」

 足に感じた激痛で転ぶと、次々と体中に画鋲が突き刺さり、更に大声で転がり回った。

「きゃああ……」

「おい、ノブ大丈夫か、動くなよ」

「痛え、取ってくれ」

 ノブの身体には、何十個もの刺さった画鋲が月明かりで鈍く光っていた。

 全身に激痛が走る中、体を丸めて泣き叫ぶノブを、サユリとシンヤで助け上げて一階の居間まで運び出すと、全身に刺さった画鋲を取り除いてやった。

 手のひらや足の裏、背中や太ももなど至る所から小さな血が滲み出てくる。

「何処かに救急箱があるはずやわ、待っとって」

 サユリが居間にある棚の引き出しを手当たり次第に開けていく。

 居間にある箪笥の引き出しの中身を部屋中にばらまきながら探すが、何処にも救急箱が見当たらなくて、サユリがマルの部屋を物色しに走った。

「おい、ノブ死ぬなよ」

「阿呆なんでこんなんで死ぬねん、くそ痛え……誰や出てこい、ぶっ殺す」

 ノブが罠を仕掛けた見えない相手に対して、大声で叫びながら目に涙を浮かべていた。

「どうなってんねんこの家はよぉ、さっきまで二階の部屋には人なんておらへんかったぞ」

 シンヤは家の天井や壁すら怪しく思い始めて、居間を見渡す。

「あの女か……あの女が俺達を殺そうとしとるんか……、いや、そんなはずあらへん、女一人で俺達を殺そうなんて出来るわけない、女の仲間が何処かに隠れとるはずや、一体何処におるんや……くそっ訳分からん」

 シンヤは恐慌状態になりそうになりながら独り言のようにつぶやき、小さな物音一つにもびくりと体を震わせる。

「ノブどうなってまうんや俺達は……、こんな山奥で死にたないぞ」

 シンヤの声は震えていて次は誰が犠牲になるのかと、頭をキョロキョロと忙しなく動かす。

「う、煩いわ……そんなん俺が知るか、さっさとあの女を探してこいや、あの女さえ見つけたらあぶり出したる」

 ノブは怒鳴りながら身体の痛みで身を丸くした。

「嫌や、さっさとこっから出ようぜ」

「阿呆っ、まだ何処かに罠でも仕掛けられとったらどうすんねん、さっさと捕まえて殺さへんとこっちが殺られてまうやろが」

 シンヤは仕方なく部屋を出て、恐る恐る二階を見上げた。

「……くそっ」

 一声悪態をつくと、慎重に二階へと上っていった。

「くそ痛え……、おい薬はまだかよ」

 ノブは自分の身体に空いた無数の小さな穴を見つめて怒りを覚えた。

「絶対……ぶっ殺したる」

 すると、カタリと物音がノブの背中越しに聞こえた。

「!」

 ゆっくりとノブが振り返ると、床に横たわっているバルに目が止まる。

「…………」

 いつから其処にあったのか、とても気になって暫く見つめていたが動く気配はなく、

「何もないわ、それに何かこの家……変やわ、女一人で住んでるようには思えへんし、でも一人分の物しか置いてないんよ」

 ハッとして顔を向けるとサユリが立っていた。

 手には何も持っておらず、この家の雰囲気にかなり怪しんでいる様子で言ってきた。

「はぁ……何が言いたいんや? 薬は?」

「あの女が一人で薪集めたり家の修理をしてるって思う? 見てよ、家の柱なんかもこんなに綺麗なんやで」

 サユリの声が少しづつ上擦ってくる。

「ぎゃあぎゃあ言うな、そんなん業者がやったんちゃうんか!」

「何よ……見てへんの、どうやってこんな山奥に業者が来るんよ、入り口は大きいコンクリートの石が置いてあったやん! 車なんか通れるわけないんやで」

 サユリはバイクがギリギリ通れた道を思い出しながら言った。

「だからさっきから言っとるやんけ、他に仲間がおるんやろうって……痛え、そんなんよりさっさと薬でも探してこいや、こつちは体中痛いんや」

 二人の会話は外まで響くほどに大きく、荒々しくなっていた。

 腑に落ちないサユリはノブを睨んだが、何も言わず居間から出て他の部屋に救急箱が無いかを探しに行った。

「くそっ、どいつも使えへんな」

 血は止まっていたが、チクチクと体の至る所から痛みが襲ってきて服は赤く染まっていた。

「なんで誰一人見つからへんねん……、何なんや此処は気色悪りとこやな」

 愚痴をこぼしながら周りの卓を蹴飛ばして痛みを紛らわした。




 バイクで逃げ出したヒロとマコトの二人は、闇夜を照らすライトを凝視しながら山道を下っていた。

 山道を右に左とカーブを曲がり、落ちてきた岩で塞がれた道までやって来た。

 その手前には岩に押しつぶされた男女の仲間の死体を見つけたが、まともに確認する気も起きず、目を背けたまま通り過ぎてきた。

 大岩の手前で一旦バイクを降りた二人は、崖側ギリギリに通れるだけの道幅を見つけて慎重にバイクを押していこうとした。

 すると、目の前の大きな岩の上に二本の足がヒロの目に入った。

「…………」

 バイクを押していたヒロがゆっくり見上げると、丸太を持った人形が岩の上で仁王立ちになって彼を見下ろしていた。

「ひっ……」

 瞬間、視界が一瞬にして暗闇に落ちた。

 丸太を持ったオトが勢いよくぶん回して、ヒロの顔面を強打させてバイクもろとも崖下にころがり落ちていった。

「ヒロ!」

 後ろに居たマコトが突然ヒロが崖下に落ちていったのを見て大声で叫んだ。

 唯一の光源だったバイクのライトがチカチカと周囲を照らしながら崖を滑り落ちていくと、真っ暗になった山道でマコトがオロオロととしていると、笑い声と共に脳天に強い衝撃が走った。

 眼球がぐるんと回ったみたいに視界が歪んで真っ暗になったと思うと、固い地面にへばりつく感触が加わった。

 背中が引っ張られるような感覚にマコトは倒れたことすら気付く暇もなく、次に胸に重さを感じたと思ったら、オトが振り下ろした丸太が執拗にマコトの顔面を叩きつけた。

 ぴくぴくするマコトの手がだらしなく地面に落ちると、辺りにはバイクのエンジン音だけが聞こえる静寂に包まれる。

「ふむ……崖下の男を引き上げて連絡を待つとしようかね」

 岩に持たれかけるように男女三人の遺体を並べたオトは、崖下に降りていき首が曲がって事切れているヒロを担いで山道まで戻って来ると、岩の上で胡座をかいてそのまま家の方の暗闇を見つめたまま静かに時を待った。

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