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暴走族達は山道を全速力で山道を下っていく。
くねくねの道を減速する度にイライラしながらノブはなるべく速度を落とさず、早く街に帰ろうと後ろの仲間のことなどお構いなしに我先にと走っていた。
どれ位走ったのか、カーブの曲がった先でいきなりブレーキ音が聞こえて、先頭を走っていたノブのバイクが目の前で転倒した。
と、金属音と何かにぶつかる音に後続車が急停止する。
ノブの乗っていたバイクは道を塞いだ大きな岩にぶつかりそのまま崖下に落ちていき、その手前では投げ出されたノブとサユリが地面に転がっていた。
呻きながら起き上がったノブとサユリは、服が破けてボロボロになっていたが怪我は擦り傷ぐらいで何とか重傷は免れたみたいだった。
「くそお、誰や出てこい、こんな真似しよって……殺したる」
倒れたままのノブの怒声が、山中に響き渡った。
道は完全に道幅一杯の大きな岩で塞がれていて、先に進むことが出来なかった。
辺りは目で分かるぐらい暗くなっていて、バイクのライトだけが唯一の光源となって山道を照らしている。
不気味に静まり返る山の中にエンジン音だけが一定のリズムを奏でていて、暴走族達は返事のない相手に身震いをしながら迷っていた。
「これやと街に帰れへんぞ、どうすんねんこのままやと俺ら殺されるんちゃうか」
男の一人が言ってきた。
「うるさいわシンヤ! ただで殺されてたまるか、糞女めやっぱり仲間がいるやないか、戻ってぶっ殺したるわ」
ノブがシンヤに怒鳴った。
「あたしは嫌や、こんな所で死にたないで、なぁコウジ、私達だけでも街に帰ろうや」
コウジの彼女のミキが震えながら言うと、
「せやな、なんでこんなとこで死ななあかんねん」
コウジも同調した。
「うちらも帰りたい」
仲間達の口から次々と愚痴がこぼれると、マルの家に戻るか何とかして塞がれた道の向こう側に出て街に帰るか言い合いが始まった。
「てめえら、このままバイクを捨てて歩きで帰るつもりか、明かりも無しで何キロ歩くと思ってんねん」
最後はノブの一言で皆が黙ってしまう、もう真っ暗の山道を何キロと明かりも無しで帰れるわけもない現実が反論を許さなかった。
「朝になるまであの家でなんとかして過ごすんや、朝になったら歩いてでも帰れるやろ、おいマコトてめえはヒロの後ろに乗れ、そのバイクに俺とサユリが乗るわ」
マコトがバイクを降りてヒロの後ろにまたがり、空いたバイクにノブがサユリと乗り込んだ。
それを合図に、頭上からコロコロと石が落ちてきた。
「やばい逃げろ!」
落石に気づいたヒロが大声を上げてアクセルをふかす。
女達が悲鳴を上げると男達は慌ててその場から回れ右をして逃げようとした。
足元に落ちてくる石は大きなものへと変わり、動き出したバイクの横っ腹に当たってよろけたり、目の前の石を避けながら来た道を戻っていこうとするが、一番後ろにいたコウジのバイクに人の頭ほどのある岩がバイクの横っ腹に激突して、ミキと道端で転倒した。
「うわああ」
「いやあああ」
そこに岩がなだれ落ちてくる。
落石の音と二人の悲鳴が後ろで聞こえていたが、何かが潰れたような嫌な音と共に二人の声が止んだ。
ノブ達は見向きもせずガラガラと落ちてくる石から逃れようと、必死にスピードを上げて一目散にマルの家まで戻って行った。
三台のバイクがマルの家に着いた時、バイクの明かりで照らされた家の前を見て皆の顔から血の気が引いた。
家に着くと死んだトモの死体が消えていて、バイクは燃やされて黒煙を上げている。
「くそ、あの女か」
全員がバイクから降りてマルの家に駆け込んでいくが、
「家におらへん……逃げよったぞ、やっぱ仲間がおったんやな、くそっ何処に隠れよったんや、おまえらも探せや」
家の何処にもいないマルに暴走族達はパニック状態になり、手当たり次第家具などをひっくり返して暴れまくった。
その様子を山の上から見ていたマルは、
「ほんまに戻って来よったわ、あの子達大丈夫かな」
デビの言っていた通り暴走族達が戻って来たことに驚いたと同時に、戻らざるを得ない理由をあの四人がしでかしたのだろうと推測した。
デビ達は家の中に潜り込んでいて、暴走族達が戻ってくるのを待ち構えていた。
ミエールは台所の片隅に座り、一人でやって来たカオリが冷蔵庫の中の飲み物を漁って飲んでいるのをじっと見つめていた。
「もう……なんでこんな所で一日過ごさなあかんのよ……」
少し小太りのカオリはお腹が空いているのか飲み物を一気に飲み干すと、次は食べ物を冷蔵庫から取り出そうと物色し始めた。
中腰になって中を覗いている女の足の裏にミエールが幾つもの画鋲を置くと、そこに立ち上がろうとした女がおもいっきり画鋲の上に体重をかけた。
「!」
一瞬何が起きたのか、激痛に声も出せずに床に倒れ込んだカオリが振り向くと、てくてく走ってくるミエールに気づいた。
「え……、何……」
現実を受け入れられずに呆然とそれを見つめた。
痛みで声を上げようとしていた女の視界に、手に包丁を持ったミエールが薄ら笑いを浮かべながらてくてく走ってくるのを見て痛さより恐怖が勝った。
「キキキキッ」
「ひぃ……」
何が起きていて自分は何をされるのか全く理解する余地もなく、ミエールの持った包丁は高々と振り上げられカオリの喉元に振り下ろされた。
顎と喉仏の間の柔らかい場所を狙って振り下ろされた刃は綺麗に抵抗なく食い込み、一瞬で二つ目の口を作っていた。
声も出せずに、ごぼごぼっと吹き出てくる自分の血の量に血の気が引き、女は震える手で慌てて喉を押さえた。
押さえても押さえても指の隙間からこぼれ落ちる血を止めることが出来ずに、ヒューヒューと高い音を漏らしながら台所に赤い血溜まりを作っていく。
「あが……ががっ」
息も出来ず声も擦れてのたうち回るカオリに、ミエールは包丁を何度も切りつけていった。
「キキキ……キキッ」
ミエールの笑い声と共に幾つもの傷が出来上がって、口や鼻、額がぱっくりと割れて赤い肉がいくつも見えてきた。
女の視界は次第に狭まり、最後に目に入ったのはフランス人形の綺麗な顔ではなく、恐ろしいアルカイックな冷たい表情であった。
ミエールは最後にごぼごぼと言う女の心臓に包丁を突き立てると、カオリの動きが弱まって動かなくなるまで体重をかけ続けた。
息の根が止まったのを見届けると、興味がなくなったみたいにそそくさと台所から離れてどこかに姿を消していく。
他の部屋では屋根裏や押し入れなど、隠れる場所がないかどうか男達が騒がしくしながら探していた。
「この家のほかに隠れる所なんてないんや、何処かに絶対隠れとるはずや」
赤ジャンのシンヤが言う。
「くそ、なんでこんな事せなあかんねん」
使われていない二階の空き部屋で、男三人が押し入れの天井板をめくったり、床の畳を剥がしたりしていた。
「ノブがあの女にいらん事するさかいにこんな事になったんちゃうんか、俺らは関係ないねんぞ」
「せやな、あの野郎偉そうにしやがって、命令ばっかで何にもしよらへん、どうせ下で女といちゃついてんやろ」
「…………」
彼女のいないマコトとヒロが愚痴をこぼす。
後ろにいた赤ジャンのシンヤは、自分もノブに荷担してマルにちょっかいを出していたことは二人には黙っていた。
「くそっ、なんやこの人形は……邪魔やな」
部屋の片隅に置いてあったフィッシュをマコトが蹴飛ばす。
飛んでいったフィッシュは部屋の外へと飛ばされ壁にぶつかったが、身じろぎ一つせずに目だけを三人に向けていた。
尚も三人は部屋を物色し続けていく。