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フィッシュとミエールは二手に別れて家の玄関に回り込んでいくと、玄関先にいた男達を視認出来る場所に着いたフィッシュが注意深く動向を探っていると、男達がじゃんけんを始めた。
その中の一人の男が家の中に入って行こうとするのを確認すると、持っていた釣り竿から仕掛けを解いていく。
糸の先には餌の付いていない釣り針と重りだけで、フィッシュはリールを巻いて投げる構えを見せた。
残った男達二人が会話に夢中になっているのを見定めて、勢いよく竿を振るう。
ビュ、と飛んでいった仕掛けが一人の男の首に巻き付いた瞬間に、思いっきフィッシュが竿を引っ張った。
「ぐっ……」
男の首に巻き付いた糸が引っ張られた尖端、釣り針が頸動脈に食い込む。
「ぐげっ」
ブチッと何かが切れる音と共に糸が切れると、男の口から悲鳴が上がった。
話をしていた男達が仲間の悲鳴に驚いて振り向くと、首から大量の飛び散る血しぶきに目を丸くして、何が起こったのか分からず呆然と見た。
首から鮮血を飛び散らした男は慌てて振り返り、何が起きたのかと仲間の方へ助けを求めて歩き出すが、仲間達の表情で自分に非常に悪いことが起きている事を理解した。
首に手を当てた自分の腕を見ると真っ赤に染まり、したたり落ちる自分の大量の血に、血の気が引いて恐ろしくなって倒れ込んだ。
「うわああああ……」
仲間達は男が倒れたのを皮切りに、金切り声を上げて家に飛び込んでいく。
「誰か来てくれえ、トモが大変だあああ」
玄関で男が大声を上げると、家の中に居た仲間達の声が一瞬止まった。
行為に耽っていた三組のカップルは動きを止めて、無駄口を叩きながら玄関に集まってくると、どうしたんだと男の顔を見た。
青ざめて震えている男を見てリーダー格の男が外に出ると、トモが地面で首を押さえながら助けを求めてもがいているのが見えた。
「おいどうした、何があったんだ」
真っ赤に染まったトモの服装と地面には血溜まりが出来ていて、その側で呆然と立ち尽くしたままの仲間に問い掛けるが、体が震わせて首を振るだけで精一杯だった。
リーダーが倒れている男に駆け寄って何が起きたのかを聞いた。
「くそっ、おいトモ何があったんや、お前ら出てこいや」
仲間と一緒にトモを抱え起こすが、首から勢いよく流れる血で上半身が真っ赤にしながら痙攣していた。
トモの顔は青ざめ、気を失いそうになっていた。
「おい何かタオルはないか、血を止めなあかん」
家にいた女達が玄関に置いてあったタオルを掴んで持ってくると、トモの姿を見て悲鳴を上げた。
リーダーが首にタオルを当てると直ぐに白いタオルが赤く染まる。
「あかん止まらへん、しっかりしろトモ」
リーダーの男がトモの顔を見ると、目は空を見つめ次第に呼吸が浅くなってうわ言のように口を動かし続けていた。
周りの女達は恐怖で震え、他の男達も何をどうすれば良いのか分からず、ただ見守る事しか出来なかった。
次第にトモが動かなくなって息絶えてしまうと、体が急速に冷たくなっていくのをリーダーの男は感じていた。
「おい一体何がどうなってんのや」
リーダーは何が起こって仲間が死んでしまったのか皆目分からず、玄関に突っ立っている男に駆け寄って胸ぐらを掴んで叫んだ。
「おいマコト何があったんや、誰にやられたんや!」
「…………わ、分からへん、話を……話してたらいきなりトモが悲鳴を上げて、いきなり血が……血が噴き出したんや」
直立不動で硬直したままのマコトからはそれ以上の言葉が出てこず、分からないを繰り返すだけであった。
「くそ、どこのどいつや出てこい、ぶっ殺してやる、お前ら周りを探せ」
フィッシュは糸が切れたと同時に、家の裏手の斜面を駆け上がって姿を消していた。
一斉に男達が家の周りを探し回ったが何処にも怪しい人影もなく、何も見つけられなかった事に女達は更なる恐怖を感じ始めていた。
「なぁノブ、帰った方がええんちゃう?」
リーダー格の男をノブと呼んだ女が、薄暗くなってきた山に不気味さを覚えて帰る事を提案した。
「何言うてんねんサユリ、お前トモが殺されたんやぞ、殺った奴を探さんと帰るつもりか」
「せやかて、こんな山の中で私らの他に誰がおるんよ」
サユリが反論すると、ノブが何かを思いついたのか、家の中に走っていってマルのいる部屋に飛び込んでいった。
「おい、お前の他に誰かおるんか、ああっ!」
部屋に入ると、ベッドに横倒しになっているマルに張り手を食らわせる。
「痛い、やめて」
「うるさい、誰か他におるんやろが、何処におるんや」
ノブの怒りに満ちた顔に負けじとマルは睨み返しながら、
「人なんておらへんわ、ここは私一人で住んでるんやから」
「嘘つけ、ほな誰がトモを殺ったんや」
もう一発マルに平手打ちを浴びせる。
マルの口端から血が流れてきても、ノブは気にせず怒鳴り散らしていた。
「何があったか知らんけど、私には分からへん」
「……くそっ」
マルをベッドに叩きつけて部屋を出て行くと、ノブは皆の所に戻り全員を集めさせた。
「しょうがねえ、街まで帰るぞ」
「トモはどうすんねん、このまま置いていくんかよ」
赤ジャンの男が言ってきた。
「しょうがねえだろ、連れて帰れるわけないやろが、さっさと行くぞ」
全員が何も言わずにバイクに乗り込むと、アクセルを回して走り出した。
暴走族達が家から離れるのを見届けると、デビットが家の中に入り込んでマルの部屋に行くと、既にミエールがマルの手足の縄を解いていた。
「有り難う、助かったわ」
「マルちゃん、血が出てるわよ」
ミエールが心配そうに言ってくる。
「大丈夫、ちょっと口の中を切っただけ」
「それよりマル、ここにいたら奴らはここに戻ってくるだろうし、今のうちに身を隠したほうがいい」
「どういうことよ」
マルがデビに理由を尋ねた。
「奴らを逃がさないためさ」
デビの冷静で冷淡に言い切る言葉に、マルは又何か悪いことでも考えているのだろうと感じ取っていた……。
マルは外に出ると、人が倒れているのを見つけて驚いた。
「これは誰がやったん……」
「フィッシュだ」
男の死体とバイクが一台、無造作に放置されているのを横目に裏山に駆け上がって皆と合流した。
「やあマル、助かったみたいだな」
フィッシュから呑気な声が掛けられた。
「あんたがやったの?」
「そのおかげで助かっただろう、感謝してくれよ」
もうじき日が暮れて辺りは真っ暗になる時間になってしまう。
マルは崖の上から家が見える場所で隠れて、本当に暴走族達が帰ってくるのかを待ち続けた。
「マルは此処でじっとしていてくれよ、あとは俺達で始末するからな」
フィッシュはそう言うと、三人で家の中に戻って行く。
一人になったマルは静かな森の中でじっと家の周囲を見守り続けた。