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次の日、朝から人形達は山や川へと今日の食糧を探しに出かけていき、マルは今日の分の薪割りをしていた。
カコン、カコンと山に響く音の中に、聞き慣れぬ音が混じって耳に入ってくる。
「またぁ」
荒々しい爆音は暴走族の排気音で、重なり合う爆音はこの静寂の山には相応しくない耳障りな音だった。
「まだ遠くの方やし、直ぐに帰っていくかな」
暴走族達の大きな音が山に反響して辺り一帯にこだましていたが、気にしないで薪割りを続けてた。
たまに街の暴走族が暇つぶしや肝試しと称してこの山に入ってこようとしてくるが、何処まで続いているかも分からない深い山道は不安を煽り、曲がりくねった幾つもの山を越えて来るうちに、だんだんと怖くなってきていつもなら途中で引き返して行くのでそれ程心配もしていなかったのだが、今日はいつもと違っていつまで経っても爆音が遠ざからず徐々に近付いてきていた。
「やけに近いなぁ……」
そう思っていると家に続く道をバイクの集団がこちらに走ってくるのが見えた。
「…………」
マルがいやな顔をしてバイク集団を見ていると、家の前を通り過ぎたと思ったらUターンして戻ってきた。
それもそのはず、道はマルの家までしかなく、その先は小さな社があって行き止まりだったのである。
戻って来た暴走族はマルの家の前で止まり、仲間内で何かしら話し合っている。
五台のバイクは前後に派手で長いカウルを付けていて、四台に二人が乗っていて全員で九人、皆マルと同じ年ぐらいか十代後半の若者達だった。
その中には三人の女性がいて、多分彼氏だろうと見て取れる、前に座っている男に抱きつきながら話をしているのが見えた。
マルは関わらないようにと家の中に入ろうとした時、暴走族達から声を掛けられた。
「姉ちゃん、ここで道は終わりか」
一番恰幅の良いリーダーとおぼしき黒の革ジャンを着た男が、無作法に大声でマルに聞いてくる。
マルは嫌々ながらも仕方なく、
「そうや、日が暮れへんうちに帰った方がええよ」
そうマルは言って家に入ろうとすると、暴走族の間で笑いが起こり又もやその男が話しかけてくる。
「姉ちゃん、お茶を一杯くれへんか、喉が渇いてもうたんや」
「…………」
どうしたものか迷っていたが、さっさと帰って欲しかったので仕方なく、
「ちょっと待っとき」
家に入りお茶を淹れていると、家の中に男達が入ってきた。
「ちょっと勝手に入らんといて、出て行ってや」
ドカドカと勝手に家に上がるなり、周りを見回してからマルの顔を覗き込んた。
「姉ちゃん、此処で一人暮らしなんか、こんな所で何してんのや?」
「おっ、何やこれ……」
リーダーの後ろに居た赤いジャンパーを着た男が、居間に置いてあったバル人形を持ち上げて、
「きめぇ」
と、バル人形を投げ捨てて大笑いした。
「何だってええやろ、それに触らんといて!」
「何もしてへんやろ、お茶を貰いに来ただけやないか」
リーダー格の男がゴツゴツした顔を近づけてマルを凝視してくるので、
「警察呼ぶで、家から出て行って」
警察ときいて男達が目を合わせてまた高笑いするのを、マルは睨んだ。
彼らには警察なんてものは気にもとめない言葉のようであったが、マルがその言葉を使ったことが気に入らなかったのか、
「呼んで見ろや、俺らはお茶を貰いに来ただけやのに捕まるわけないやろ」
「住居侵入罪よ」
「はっ、そんなのお前が勝手に騒いでるだけや、俺達ゃ何も取ってへんし何もしてねえ、逆に俺らを犯罪者扱いするなんて酷いなぁ、なぁおい」
リーダー格の男が振り向いて仲間に同意を求めた。
「そうやな、お茶を貰いに来ただけで犯罪者扱いやなんて、俺達馬鹿にされとるんちゃうか、かっかっかっ」
赤ジャンパーの男が同調した台詞を吐く。
マルは男達の笑みにいやらしい思惑を感じていた。
ねめつけるように足から頭までをじろじろと見ながら、不敵な笑みを浮かべているのが不快だった。
大声で叫ぼうが誰に聞かれることもない山奥で、女性一人が逃げられるわけもなかった。
例え今が昼間だろうが隣の家など数十キロも離れているし、此処に人などやって来るはずもない、来ないのが此処に住んで居るマルが一番良く分かっていた。
今の状況を打開する案が思いつかないまま、相手が何をするつもりなのか一挙手一投足を見ていると、
「姉ちゃん俺達を犯罪者扱いするならよ、俺達もこのまま黙って帰れへんわ、そうやろ俺らが出て行った後に通報されちゃ困るしな」
「出て行くんやら通報なんてせえへんわ」
震える声で答える。
「それをどう俺らが信用すればええんや」
リーダーの顔にはいかにも含みがある表情が浮かんでいて、嫌味な言い方で因縁を付けて困らせようとしているのがひしひしと伝わってくる。
「あんたらは何がしたいんよ、これはもう強盗と同じやで」
「うっせえ!」
リーダー格の男の張り手がいきなり頬に飛んできて、マルは部屋の奥に吹っ飛んでいく。
「!」
ヒリヒリする痛みに堪えるマルの腕を掴むと、マルを一番奧にある彼女の部屋に連れ込み両手足を部屋にあった紐で縛り上げた。
「ええか、俺らがいいひんようになるまでそこでじっとしとけよ」
そう言ったリーダー格の男が部屋のドアを閉めて出て行く。
声をだして騒いでも誰かが来るわけも無く、かといって身動きも出来ずベッドの上に横になったままで、静かに男達の動向に注意を払うしかなかった。
部屋の外では何やら男達ががやがやと騒いでいる音だけが聞こえ、出て行く様子がないまま時間だけが過ぎていった。
それからどれだけの時間が経ったのか、窓から差し込む日光も森に囲まれた家では分かりづらく、気が付くと家に響く怪しく淫らな声が聞こえて来た。
男女のまぐわいを人の家でするなんてと思いつつも、聞こえてくる声からは逃れられず、次第に女の荒げる声が家中に響き渡ってくる。
それも一つではなく別の方向からも聞こえてきて、人の家でどんな行為が行われているのかと思うと寒気がしてきた。
(あの子達がもうすぐ帰ってくるよね、この異常な状況を分かってくれれば良いけど……)
家の中では三組のカップルが空いてる部屋でそれぞれの行為に没頭していて、残った三人の男達はバイクの周りに集まって話をしていた。
「くそっ、こんなとこでやりやがって俺達に当てつけかよ、さっさと帰りゃいいのによ」
「ああっ、やりてえなぁ」
「おいっ、それならよ順番にやっちまうか、あの女」
「おお、いいねぇ、ぞくぞくしてくるわ」
三人がひそひそとマルに対していかがわしい話に没頭している間、マルは己の身に危険が迫っていることも想像しないで、部屋で必死に縛られた手足を解こうともがいていた。
その様子を森の中から観察している四つの人形達。
彼らはそれぞれの調達してきた食料を籠一杯に入れて帰ってきたのだが、家の前に沢山のバイクが止まっていて見たこともない男達が話をしていたので、そっと外で男達が帰るまで観察していたのだった。
「あれはなんだ? 見たこと無い奴らだな」
フィッシュが怪しげな男達を見つめながら言った。
「マルの友達なのかな?」
デビが答えるが、
「でも何だか変な声が家から聞こえてくるわよ」
マルとは違う声が聞こえていることに不安を覚えたミエールが皆に伝える。
「ふうむ、どうしたものかね、マルちゃんはどこにいるんだろうね」
大きな体を木の幹に隠しながら一番後ろに立って覗いているオトが、家の様子を確認しようと背伸びをしながら言ってくると、
「取りあえず家の裏手からマルの部屋を見てみるか」
フィッシュがそう言うと三人は頷いて荷物をその場に置くと、家の裏手に回り込みながら森の斜面を駆け下りていった。
とてとてと小走りにマルの部屋の窓まで来ると、積み上げた薪を足場に部屋を覗いてみる。
部屋にはマルが自分のベッドで体をくねらせてもがいている様子が見て取れた。
コンコンと窓を叩くと、マルが四人に気付いて目配せをしてくる。
口をパクパクとさせて自分の体が縛られていることをアピールしてくるが、声が聞こえず何を言ってるのか分からなかったが、何やら異常事態だということだけは理解出来た。
「マルが縛られているぞ、あいつらは友達じゃないのか」
そっとフィッシュが呟いた。
「そうみたいだね、どうするフィッシュ」
デビがフィッシュを促すと、
「友達じゃないならマルを助けないとな、どうやってあいつらを排除するかだな、ここからじゃマルも助けられない、よし」
四人が固まって何やらごそごそと密談をし始めると、マルは四人が気付いてくれたことで余り騒がずに静かに部屋で待つ事にした。
四人はそこから散り散りに走り、デビとオトは森の斜面を上がって、オトは山奥に消えていった。
デビは元いた場所に行くと家の表にいる男達を監視し始める。