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銀の魔導外伝です。
本編と直接繋がりはないので、気楽に読んでもらえれば結構です。
滋賀の樹海と呼ばれる山岳地帯の中に一軒の家があった。
市内から来るにも一時間近く、山道の中をひたすら走ってこなければ着くことが出来ない山奥にあった。
廃村となった場所が点在する所より更に奥に入った場所の、僅かな広場になった所に真新しい家がぽつんと建っていた。
そこに一人で住む二十才前後の若い女性が髪をポニーテールにして、家の前で一心不乱に薪割りをしている。
何処にでもいそうな今時の細く小さな顔立ちで、大きな目と薄い唇は均等のとれた顔立ちと言える。
コンッ、コンッと斧で丸太を砕いていく音を山々に木霊させて、割った薪を次々と積んでいく。
「ふうっ、今日はこんなもんかな」
誰に言うでもなく一人呟くと、沢山の薪を両手で抱えながら何度も家の壁際にある薪置き場を往復して運んで行く。
電気はソーラーパネルと自家発電でまかない水道は山の水を利用して、ガスはなく薪で火を起こさなければならない為、薪割りは日課になっていた。
必要分の薪だけを手に持って台所まで運んで一仕事を終えると、腰に手を当て何やら怒った表情をしていた。
「こらっ、あんたらも手伝いいさ!」
一人しかいないはずの家で、怒鳴り声を上げた彼女の目線の先には、居間の囲炉裏を囲んで座っている四つの人形があった。
十五センチほどの四体の人形達で、麦わら帽子を被った釣り人の人形に、外国の貴婦人のドレスを着込んだ人形、それと一際大きな大きな体をした筋骨隆々の人形に、タキシード姿にシルクハットを被った男爵のような人形が暖を取っているように座っていた。
「人が毎日汗水垂らして割った薪を勝手に使ってぇぇ」
彼女が怒鳴りながら居間に上がっていく。
端から見たら一人で人形達に話しかけている光景は、さぞや可笑しく見えただろう。
微動だにしない人形達はじっと彼女の言葉を聞いているように見える。
「今夜もう一人仲間を作るんやから、やらなあかん事をさっさと片付けたいんや、食事の用意もしなあかんのに、いつまで経っても終わらへんやない、早ょ山菜を採ってきて」
彼女が人形を睨むと、
「やれやれ……行くとするか」
釣り人の人形の口からぼそりと声が発せられてゆっくりと起き上がる、すると、回りの人形達も同じように動き出して身支度をし始める。
操り人形などではなく、奇妙なことに自らの意思で動いているのだ。
「フィッシュ、あんたは川で魚獲ってきてや」
彼女がそう言うと、
「ええっ……俺だけかよ、デビも一緒に行こうぜ」
釣り人のフィッシュが不満を漏らした。
「構わんよ、山菜より釣りの方が楽しそうだし」
タキシード姿のデビは手に持った杖を振り回しながら答える。
「マルちゃん、私ねこの間キノコが沢山なってる場所を見つけたのよ、オトさんと一緒にいっぱい持ってきてあげるわ」
綺麗に着飾った貴婦人人形は細い体にドレスを着ていて、くるくると巻いた金髪の小さい頭にちょこんと乗った小さな帽子を被り、可愛らしさを醸し出しながら言ってきた。
「有り難うミエール、オトさん一緒にお願い」
「あいよ」
四体の中で一番巨体のオトが台所に走って行き、大きな籠を苦も無く持ち上げて頭に乗せると、ミエールと二人で玄関を開けて外に飛び出していった。
四体の人形がそれぞれの仕事に向けて家から出て行くと、マルと呼ばれた山河・マルクス・怜美が、自室に入って机の引き出しから一体の男の子の人形を取り出した。
「今日は天気もええし満月や、今日逃したら次のチャンスがいつになるか分からへんからなぁ……」
小さな男の子の人形に合うように、採寸しながら裁縫道具で服を作製していく。
その夜、夕食を食べ終わると作製した人形を部屋から持ち出して来て、皆に紹介した。
「今晩から新しい仲間になるバルやで」
茶髪のくりっとした目をした人形には、ちゃんちゃんこと藁帽子に藁靴を着せていた。
「なんだ子供じゃねえか、俺は面倒見ないぞ」
フィッシュが文句を垂れる。
「じゃああんたの面倒は私は見ぃひんで、服がボロボロになっても直してあげへんから」
「あふぇぇ……」
フィッシュが転がりながら手足をジタバタさせる。
「暖かそうな服ね、私も着たいわ」
「ミエールはそれでいいんよ、折角私が時間掛けて作ったドレスやのに」
「俺なんかシャツしか着てないよ、はははっ」
オトは肌着一枚で太い筋肉がはち切れんばかりに服と密着していて、ぐいぐいと腕を動かすと破れそうな感じだった。
「……俺はこれでいい」
デビはぼそりと呟いてステッキを振り回す。
「あんたらは寒さなんて感じひんやろ、服は私の趣味で作ってるんやから文句言わんといて」
「マルちゃん、気分の問題よ」
ミエールが答えると、マルがため息をつきながら支度に取り掛かった。
裏庭に出て、マルが枝で丸い円とその中に何かの文字を描いている姿を、人形達は縁側に座りながら見ていた。
今宵は満月、雲一つない頭上の空は、煌めく月夜が地面を青白い光で照らしている。
「よし出来た」
大きな魔方陣を書いた陣の中央に、作ったバル人形を置いた。
「行くで」
マルはぶつぶつと小声で何やら呟くと、描いた魔方陣がぼんやりと白く光出す。
白い光は輝きを強めながら空に向けて光の筋が昇って行くのを、人形達は何も言わずに黙って眺めていると、中央に置かれた人形が光に包まれてぴくぴくと体が震えだす。
やがて白い光が溢れて、軽い爆発音がして煙と共に見えなくなると、マルは白い息を吐きながら深呼吸をした。
「ふう終わったあ、魔力が馴染むまで一日は掛かるかなぁ」
マルが満足げに言った。
「もっと魔力があれば満月なんて日を選ばなくても良いのになぁ、修行不足じゃねえか?」
フィッシュがやれやれといった感じで言ってくると、マルが睨んで、
「むむぅ、五月蠅いわフィッシュ、これが限界なんやから……これでも家族の中じゃ魔力は一番やねんで」
山河・マルクス・怜美の家族は弟を含めた四人家族だった。
だったと過去形で言うのは、両親は二年前に二人共事故で亡くし、一人実家で暮らしていた弟は去年から行方不明になっていたからだ。
弟の捜索依頼は出しているものの一向に捜査に進展はなく、ついぞ連絡も来なかった。
それ故、今現在、マルは一人なのである。
親族は遠方に居るが疎遠で会う機会もなく、弟が住んでいた都会の一軒家は維持費が掛かるため売り払い、弟について何かあればこちらに連絡するよう伝えてあった。
一人この山奥に暮らしているには理由があり、マルの家系は代々魔道士である。
魔法といえば聞こえはいいが、人を殺傷するほどの力はなく、特殊能力と云ったほうがいいかも知れないぐらいの力が伝わっていた。
それは父方がドイツ人で、その先祖伝来の力は秘密裏に伝授され続けてきた。
弟にも力はあるが、今一番魔力が強かったのはマルで、彼女の能力は物に命を吹き込むことだった。
その力で出来たのがフィッシュ達四体の人形で、そして今夜また新たな生命が吹き込まれたのである。
「さあ明日から新しい仲間が入るんやから、ちゃんと挨拶しぃや」
わあわあとやかましい返事をした人形達と家の中に入って寝支度をしていく。
森の中の一軒家から明かりが消えると、辺りは真っ暗になり森に溶け込むように静かになった。