温度差は10℃
今は冬。
冬休みが始まる5日前。
「さむーい」
「しょうがねぇだろ。我慢しろよこんくらい」
私はそう言って、年中暑い男の異名をもつ慧にくっついた。
慧は暑い。いや熱いの方が漢字的には合ってる。
冷え性で年中体温が低い私と比べ、慧は体温が高くてあったかい。
人間カイロ。心の中でそう思って、自分で笑ってしまう。
「しょうがなくないよ。バカ」
ちょっと言い草がムカついたので、慧の首を絞めてみる。
強めに締めてるのに、慧は全く動じない。
さらにムカついたので今度はおもいっきり叩いてみた。
「いてっ!」と言いはするものの笑って許してくれる。
何なんだ、コイツ。首絞めても、叩いても、パシリにしても、何しても怒らず笑う。
まったく、M根性丸出し・・・否、ドMと言うべきか。
私はMじゃないし、どちらかというとSに近い。
私は体温高くないし、むしろ体温は低い。
なんというか、性格も正反対で、身体の温度も正反対。
きっとアイツと私には、10℃くらいの温度差があるに違いない。
体温的にも、性格的にもだ。
「えー、では冬休みの連絡を・・・」
先生がそう言って、資料を渡す。
冬休み、かぁ。
去年なんかは全然予定も何も入れていない。まったくもって悲しい冬休みだった。
だけど!今年は違う。
何たって、同じクラスに、しかも慧と友達の安部くんがいるからだ。
安部くんはこの高校に入学したとき、一目惚れした物凄くかっこかわいい男子。
地味面な慧とは大違い。
慧と安部くんは2年の時に仲良くなったらしいけど、この時ほど慧と友達で良かったと思ったことはない。
とにかく冬休みが始まる前までに、告白してOKもらいたいのだ!
きっとOK貰えると思う。だって彼を落とす努力は結構したのだから。
安部くんの好きなタイプは手作りお菓子が上手い子らしく、私は上手くなるため練習した。
失敗したクッキーなどは全部慧に押し付けた。「たまには成功作もくれよ」とかいってた気がするけど、
今はそんなことかまってられない。・・・・一応ちょっとヒドかったかなとは思ってる。
そんな慧の協力もあり、私の友達の理子の協力もあり、お菓子作りの腕は上手い!
何とか今日持ってきたこのスペシャルデリシャスクッキーを渡し、告白するのだ!
「ってわけで、理子、慧。協力してよね」
「えー、協力?いやーよ。お菓子作りの手伝いはしてあげるけど、告白まで何でよ」
私の友達はヒドい。慧を見たら、慧は目を即座に逸らしている。
確かに理子にはお菓子作りでもいいから!と手伝いを要請した。
したけれど、どうせなら最後まで手伝ってほしい。
「良いじゃない。安部くんを呼び出すくらいやってよー」
「嫌。なんで私たちが呼び出さないといけないワケ?」
そりゃこっちの乙女心を考えればすぐ分かる。
恥ずかしいのだ。告白だけでも心臓が止まるかもしれないのに、呼び出すなんてそんなこと。
呼び出しても告白ができなくなるかもしれないじゃないか。
「慧は?」
「えっ!?・・・いやついに告白、するんだ?」
そこからかよ。何の話を聞いてたんだコイツは。
癪にさわったのでまた首を絞めてみた。
「っていうかさー」
首絞めに夢中になってる私は、急にそう呟いた理子に耳だけ傾けた。
うーん、心なしか慧がいつもより苦しそうな顔してる気がする。
「安部って、好きな女の子いなかった?カワイイ子」
するり、と力が抜けた。
首を絞めていた手が緩む。
「え?」
まさか、そんな。
好きな子って誰?いたの?いつから?
そんな言葉を言いたいのに、言葉が出ない。
放心状態の私に、慧が言う。
「ドンマイ」
そんな言葉で、恋を片付けられたくない。
私は泣いた。泣いて泣いて泣いて、家でもずっと泣いた。
1日目は泣き足りなくてズル休みした。
2日目は泣きすぎたせいか、風邪をひいた。
3日目も同じく。四日目も同じく。
明日はついに終業式で。もう明日風邪治っても行くのやめようかと思っていた。
「うわー、今日も来てるわね」
お母さんが配達された手紙を見て呟いた。
何が?と訊くと、お母さんはすっと紙切れを私に差しだす。
紙切れにはなにか文章がかいてある。差出人の名前はない。
ハガキとか手紙じゃなくて、本当に紙切れ。
「これ・・・」
「あんたが休んでから届くようになったのよ。
最初は差出人の名前も書いてないからイタズラかと思ってね。
でも、その手紙「学校」とか書いてあるし、あんた宛じゃない?」
その文の字体は、アイツ、慧にそっくりだった。
休んでから届くようになったということは、多分4枚この紙切れが届いたということ。
「お母さん、この紙切れ、あと3枚ある?」
「そこのゴミ箱にあると思うけれど」
そういわれたのでゴミ箱を掘り起こしてみた。
いろんなゴミが捨ててある中、紙切れを見つけるのは大変だったけど、何とかあった。
1枚目「元気出せ」
2枚目「泣いたりすんなよ」
3枚目「落ち着いたか?」
4枚目「明日は学校、来いよ」
ポロリ、と涙がでた。
失恋したときとは違う涙。
私はスペシャルデリシャスクッキーを、慧のために作ろうと思った。
次の日、学校へ行くと、早速安部くんと見つけた。
でも、寂しいとは思ったけれど何故だか悲しくならない。何でだろう?
「あ!来たんだ!良かった〜!」
理子が私を見つけて言う。
そんな理子は私に2人っきりで話したいことがと私を屋上まで連れ出した。
「ごめん!!!」
口頭一番、理子はきっちり90度くらいに頭を下げて、謝ってくる。
どうしたの?と訊くと、理子はポツリポツリとワケを話始めた。
「私のしたこと、かなり最低だと思う。でも、慧があんまりに可哀相で、したの。
あのね、私が言ったこと・・・安部に好きな子がいるって言ったでしょ?
あれ、嘘だったの。本当にごめん!!!」
いつもなら、許さないと思う。
いつもなら、いつもなら・・・でも、今は何故か怒りがこみ上げてこない。
それに、慧のためって・・・?多分、勘違いしていいのなら、それはきっと。
「うん、許すよ」
「!!ほんとに?・・・うん、ありがとう」
人間カイロの男は、首絞めても、叩いても、パシリにしても、何しても怒らず笑う。
アイツは、私が安部くんに告白すると宣言したときに首絞めたら、いつもと違って苦しそうな顔してた。
慧は、家が離れてるにもかかわらず4日間私の家のポストに紙切れを入れにきた。
「慧!一緒に帰ろ」
終業式が終わって慧に会う。
慧はいつもどおりにあったかい。
「おー、明日から冬休みだな」
「そうだね」
何にも予定の無い、冬休みだけど。
あんまり話が進まず、そこで会話が切れてしまう。
「あのね慧、どうしてさ、慧は首絞めたりしても怒らないの?」
疑問に思ったことを訊いてみる。
何たって話題が無いから、質問責めでいくことにした。
「ちげーよ。んなことされたら怒るぜ。フツーに」
「え?でも私しても怒んないじゃん。ハッ!もしかしてにこにこした仮面の裏では大激怒!?」
だとしたら怖い。そういうタイプこそ、実は陰湿で怖いらしいし。
「違う」
「じゃあ何」
「・・・」
「おーい、聞こえる?」
急に黙りこくったカイロの目の前で手を振ってみる。
何なんだろ、全く。
「ねぇってば「あー!もううるせー!」
自棄になったのように慧は叫んだ。
何だ、もう。慧が人並みに怒っちゃった。
ムカついたから首絞めようかと思ったけど、止めた。そんな気分じゃない。
むしろシカトしてやろう。
そう思って慧を放ってさっさと前に行こうとした。
「待てよ」
でも、慧が私の腕を掴む。
「痛い!このドM男!人間カイロ!」
にぎられた腕が痛い。離してほしくって罵詈雑言を投げつける。
慧は手の力は緩めたけど、離そうとはしない。
「言わせんなよ。全くさー・・・いいか?お前だから怒らないんだ」
お前だから、怒らない。つまり、どういうこと?
私だから、怒らない。私以外なら怒る。
今私の頭の中では、理子の言った言葉と、慧の言った言葉が行き来している。
「慧が可哀相だから」「お前だから怒らない」
もしかして、もしかすると。
「俺、もう言うけど、お前が好きだ。中学ん時会ってから、ずっとだ」
ドクリ、と心臓が跳ねる。
早鐘を打つ、って言うのかな?とにかく、心臓がドキドキする。
「だから、お前が安部のこと好きとか言い始めてすっげー悔しかった。お菓子作りのときもすごくだ」
そう言った慧の顔が凄く男らしくて、地味面なんていってゴメン、と思った。
そして慧は私が好きだったのかと思うと今更ながら照れてくる。
「今お前にこんなこというの卑怯だけどな、付き合ってほしい、と思う・・・んだけど」
さっきまでの威勢のよさが嘘のように、声が小さくなっていく。
男らしかった顔も段々真っ赤になっていく。なんだ、かわいいじゃないか。
かばんから1つの包みを取り出して、慧に押し付ける。
それは慧のために作ったスペシャルデリシャスクッキーだ。
「っ・・・!?」
「それ、慧だけのために作ったの。でも恋愛感情ナシで作ったの」
「だけど」と言葉をつむぐ。恥ずかしいけど、慧は私にちゃんと言った。
だったら私も慧にちゃんと言わなきゃ。
「今度は恋愛感情込みで、作るつもり」
慧の顔をちらりと見ると、間の抜けた顔をしていた。
変な顔だ、と思いながら今度はちゃんと慧の目を見て言う。
「私、性格的に可愛いわけじゃないし、Sだし、低体温だし。
それでもいいなら、付き合って。それで冬休みの予定、埋めてほしい」
ちょっぴり足が震える。でも、いいんだ。
慧は今度は間の抜けた顔じゃなくて照れた顔をして私の手をとる。
「知ってるよ。それ含めて、全部好きだ。お前、は?」
包容力ってこういうものだろうか。私は手を握られただけで恥ずかしくてたまらなくて。
にぎられた私の手はとても冷たい。でも、にぎってくれた慧の手はとっても温かい。
10℃くらいある温度の違い。
「私が「スキ」って言うと思った?」
「えぇっ?言ってくれねーの!?」
「うん。言ってほしかったら、3回回ってワンと言いなさい」
「(・・・ドSめ)」
そう、この温度差が丁度良いんだ。
冬で青春なお話が書きたくて書いちゃいました。
主人公の名前を出そうとおもいましたが、
出さない方がいいかな?と思い、出してません。
我ながら結構好きなお話にできました。