桜のトンネルと苺大福
霧原目線です。
駅を降りると、花の香りが鼻孔に入り込んできた。さらりとしたこの香りは、おそらく梅だろう。
高座渋谷の駅の周りは、人が行き交い賑わっていた。花見シーズンのせいか、子供連れが多い気がする。
「牛若、この道を真っ直ぐだっけ?」
ああ、と頷く牛若を先頭にして、商店街を進んでいく。
住宅街を抜け、坂を下ると橋が見えた。桜がある川はあそこだろう。千本桜と書かれた看板を右に曲がり、しばらく歩いていくと、それはあった。
川の両側に生えている桜の木。覆いかぶさるようにして枝を伸ばしている。
そう、これはまるでーー
「……桜のトンネル」
「そうだな」
ふ、と牛若は笑った。
桜が咲き誇り、ここだけ別世界みたいだ。
行くぞ、というふうに牛若が顎を引く。
はらはらと舞い散る花びらの中を進んでいく。
いくら舗装された道とは言っても、木の根があちらこちらから出ていて、気をつけないと躓きそうだ。
「そこ、危ないぞ」
牛若が足元に視線を送る。
「おう」
一際大きい根をまたいでいく。
ちらりと川の方に目をやると、鴨が二匹仲睦まじそうに泳いでいた。水面には花びらが浮かんでいる。
木の下の緩やかな斜面には、レジャーシートを敷いて、お花見をしている家族連れやカップルがいた。楽しそうに写真撮影をしている。
顔を上げると、枝の間から空が見えた。桜の桃色と青い空。見事な色彩だ。
「きれいだ」
素直にそう思った。
「ああ」
しばらく時間が経つのを忘れて、牛若と千本桜を眺めた。
駅への帰り道、牛若がふと一つの店の前で足を止めた。
「美味しい和菓子屋ってここ?」
「ああ。少し高いが、味は保証する」
月華堂と書かれた看板を見上げる。
店の中に入ると、甘い香りに包まれた。カウンターのガラスケースには、美味しそうな和菓子が並べられている。隣に半生菓子の詰合せの籠が置いてあった。籠から金太郎がモチーフの菓子を取って、プレートに「夜桜」と書かれたものを頼む。
会計を済ませ、牛若へと顔を向けた。
「全種類一つずつください」
「ーーっ! ちょ、お前、食べられる分だけ買えよ!」
「食べられる」
「嘘つけ!」
「……じゃあ、これを」
ありがとうございましたーという店員の声を聞きながら、月華堂を出る。結局、苺大福とその他諸々合計五つも買いやがったこいつ。
ほくほくと無表情なわりに嬉しそうな横顔だ。
甘党だし、仕方ないか。
「……霧原」
「うん?」
「途中にコンビニに寄ってもいいか? 新作のプリンが今日発売するんだ」
「いいよ。そのかわり、一つ奢って」
「断る」
「なっ」
「冗談だ」
くすりと牛若は笑った。
こいつの冗談初めて聞いた。レア物だ。よほど機嫌がいいんだろう。
牛若と話すたびに、新しい姿が発見する。こんなに面白いやつなのに、何で近づきたがらないんだろうなあ。
まあ、今はまだ、俺だけが知っていればいいか。
こいつのこの笑顔はまだみんなには秘密だ。
また、暫く間が開くと思います。