カレーライス2
前回の話の霧原目線です。
玄関の扉を開けると、香辛料の香りがふわりと漂ってきた。
靴を脱ぎ、リビングへと足を踏み入れる。
「ただいまー」
「ちょうどいいタイミングだ」
妙に似合っているエプロン姿の牛若が鍋の中身を混ぜながら、視線だけをこちらに向ける。
「何がいいタイミングだって?」
ふつふつと煮込まれている鍋をのぞき込むと、人参やジャガイモといった野菜が入っており、茶色の液体で満たされていた。
「カレーか」
「ああ」
「味見していい?」
腕を伸ばすと、ペシリと叩かれた。
「先に手を洗ってこい」
「ちぇっ、わかりましたよ。お前はおかんか」
「どちらかというと、霧原の方がおかんっぽいぞ」
「そう?」
再びリビングに舞い戻ってくると、キッチンテーブルの上に料理が並べられていた。
牛若はエプロンを外し、椅子に腰かけた。鼻歌を歌いながら軽い足取りでテーブルに近づき、向かい側に腰を落とす。
「いただきます」
ルーをご飯に絡ませ、ジャガイモと一緒に口へ運ぶ。ごろっと大きく、とても俺好みだ。ぴりっとしたスパイスが鼻孔へ抜ける。美味しい。
「カレーは甘口じゃないんだ?」
「辛いほうが美味いからな」
「甘党なくせに?」
「カレーは別物だ」
「ふうん」
こいつの甘党の理論が未だによくわからないが、適当に相づちを打つ。
「……隠し味」
「え?」
「何だと思う?」
「そうだなあ……」
いつも家で食べているのよりも、コクがある気がする。
「蜂蜜?」
「違う。チョコだ」
なるほど。どおりで深みがあるわけだ。しかしチョコとは、なんとも牛若らしい。さすが、甘党。
つい、笑みがこぼれる。
半分ほど食べ、麦茶を流し込むとつられたのか牛若もコップを傾けた。
「……また牛乳? 合うの?」
「ああ」
最後の一口をスプーンですくって、口へと入れる。
「おかわり」
空になった皿をつき出す。
ふっ、と牛若は苦笑した。
「よく食うな。太るぞ」
「だって、牛若の作ったカレー美味しいし」
「そうか」
すると牛若は笑った。
今まで見たことがない満面の笑みだ。
ーーその顔は反則だ。
不意打ちをくらった俺はつい下を向いた。先ほどまで、どちらかというと仏頂面だったのに。
こいつ、こんな顔できたのかよ……。
心から笑った牛若は、どことなく幼く見えた。今の牛若を女子が見たら、ギャップ萌しそうだ。普段無表情なやつが笑うと、こんなにもパンチ力があると思い知らされた。
しかし、思ったよりも早くに見られたな……。
「……いつもその顔でいたらモテるのになあ」
首を傾げられた。自分では気づいていないのか。おそらく無意識なのだろう。
はあ、とため息をつく。
「早く、カレー」
不思議そうに牛若は皿を受け取り、立ち上がった。
黙々とカレーをよそる牛若の後ろ姿を眺めながらふと、思った。
もしかして、こいつの笑顔を知っているのは俺だけ?
そう思うと、優越感がこみ上げてきた。
もっといろんな表情を見たい。俺に見せてほしい。
牛若にとって自分が心を許せる存在になれたらいいな、と想いをはせた。
「……そうだ、霧原。明日桜を見に行かないか?近くに美味しい苺大福を売っている和菓子屋があるんだ」
ルーをよそり、牛若が視線をこちらに走らせる。
「行きたい!朝一で行こう!」
牛若は口元に笑みを浮かべ、そうしようと呟いた。
次回は二人が千本桜を見にでかけます。
少し、間があくかもしれません……。