カレーライス1
霧原がテスト勉強のために牛若の家におじゃました時の話です。
牛若が手料理を振る舞います。
牛若目線です。
キッチンにリズムよく、心地よい音が響く。
人参を少し大きめに切り、水が張ってある鍋に入れる。冷蔵庫を開けて、野菜室から玉ねぎを取り出し、まな板の上に置く。包丁を入れる直前まで冷やしておくと目にしみないらしい。皮を剥き、細く切っていく。徐々に目尻に涙がたまり、視界がぼやけてきた。何だ、意味がないじゃないか。次はもう少し長く入れておこう。
ジャガイモを切り終え、菜箸がさせるようになるまでふたをしておく。その間、二合分の米をといで炊飯器にセットしておいた。
再び冷蔵庫を開け、チルド室から特売の挽肉パックを取り出す。フライパンをコンロに置き、火をつけて油を引く。熱したフライパンに挽肉を入れると、いい香りが漂ってきた。まんべんなく火が通ったのを確認し、鍋に移し替える。
ふたを開け、市販のルーを入れ、半分ほど溶けたところで戸棚からあるものを引っ張り出す。アルミホイルを剥き、一口分の大きさに折ってニ、三個放り込む。すべて溶けたのを確認して、ふたをし、保温の器具に入れる。
これで準備万端だ。
カレーを温め直していると、チャイムが鳴った。
玄関の扉が開く音が聞こえる。霧原がリビングに入ってきた。
「ちょうどいいタイミングだ」
霧原に視線を送る。
「何がいいタイミングだって?」
ひょいと霧原が鍋の中をのぞき込む。カレーか、と呟き、手を伸ばしてきた。その手を叩くと唇を尖らせた。
「お前はおかんか」
「どちらかというと、霧原の方がおかんっぽいぞ」
そう?と言い、洗面所に足を向けた。
霧原が手を洗っている間、テーブルの上に二人分のカレーを置き、コップに飲み物を注ぐ。エプロンを外し、椅子に腰かけると霧原が戻ってきた。
体の前で両手を合わせる。
「いただきます」
人参を一つすくって口に入れる。スパイスが効いていて美味しい。硬さもちょうどいい。霧原をちらりと見ると、満足げに食べていた。こいつの好みに合わせて、大きめに切っておいてよかった。
「カレーは甘口じゃないんだ?」
不思議そうに霧原が問う。
「辛いほうが美味いからな」
甘党なくせに? と聞き返された。別に甘党だからってカレーまで甘いわけじゃない。むしろ、甘いカレーは嫌いだ。
「カレーは別物だ」
「ふうん」
こいつには理解し難い話か。いつかわかってくれればいい。
ところで、霧原は気づいているのだろうか。
「……隠し味」
「え?」
「何だと思う?」
「そうだなあ……蜂蜜?」
「違う。チョコだ」
そう答えると、霧原は口の端を引き上げた。この言葉のどこにツボったのだろう。こいつの笑いのツボがよくわからない。
カレーを半分ほど食べ、もう一度見るとまだにやにやしていた。
とにかく楽しそうだからよしとしよう。
牛乳を飲んでいると、霧原に怪訝そうな目を向けられた。あんぱんと同様に合うのに。
「おかわり」
空の皿を差し出された。太るぞ、と苦笑する。
「だって、牛若の作ったカレー美味しいし」
そうかと返したところ、なぜか下を向いて黙り込んだ。何か気に障るようなことを言っただろうか。よく見ると、耳がほんのり赤い。霧原は顔を上げ、いつもその顔でいたらモテるのになあ、と呟いた。
どういうことだ? ため息をつかれた。解せぬ。
皿にカレーを盛りつけ、明日桜を見に行こうと言ったら、霧原は嬉しそうに笑った。思わずこちらも口元が緩む。こいつはいつもこっちがつられて笑顔になる笑い方をする。霧原の長所だと思う。自分では気づいていないだろう。こいつの隣はとても居心地がいい。
これからもそばで笑っていたい。
次回はこの話の霧原目線です。