クリスマススノー
イルミネーションに彩られた駅前。
クリスマスソングに浮かれる人々。
尖った月の光。
聖なる前夜祭の夜を一人で歩く二十歳。
外れたビンゴ用紙を人差し指でくるくる回しながら結衣は呟いた。
「やっぱり、ついてない」
残念ながら結衣はこの手のゲームで勝ったことがなかった。地域の子供会でもイベントの打ち上げでも他の子が景品を嬉しそうに受け取るのを眺めているだけだった。
別に景品が欲しいとか、ビンゴに勝ちたいとかそういう気持ちが強いわけじゃない。けれど、こうも勝てないと自分の運の弱さにへこんでしまう。
リーチすらかからなかったビンゴ用紙をポケットに仕舞って、代わりにスマートフォンを取り出してゲームアプリを開く。
惰性で続けていたせいもあって十連ガチャが引ける。
「どうせ、これもあたらないよなあ」
最高レアのキャラが出現する確率の上がるキャンペーン中のようだけれど、結衣は本気では期待していなかった。期待していない方が出るとかいう人もいるけれど、ガチャを引くのに期待しない人なんていないと結衣は思う。心のどこかで当たれと思っているものである。そのせいか、他人のゲームでガチャを引くと意外と簡単に最高レアが出たりするのだろうか。
十連ガチャのボタンをタップする。
ぽんぽんぽん、と1つずつガチャから出るキャラが表示される。
「R、R、R、R、SR、R、R、R、R、R」
レア度の序列はR、SR、SSR、SSSRの四段階。十連を引けばSR一枚確定のガチャ。それでこの結果はハズレ以外の何物でもなかった。
「ほら、あたらない」
過度の期待はしていなかったけれど、外れるとやっぱり落ち込む。
最高レアがないわけじゃない。一枚だけ所持している。けれど、周りの友人の運と比べると、あまりにも自分はついていないんじゃないかと思う。ていうか、痺れを切らしてバイト代を削って課金したところで当たりやしない。
「なんか損してる。私だけ」
夜空に向かって独白する。
空は秋を忘れてすっかり冬の気分だ。結衣の吐いた言葉が白い空気になって消えた。
ついてる、ついてないだのの運は気にしても仕方のないことではあるけれど、自分の運の弱さを現実的に示されると、気分が暗くなる。
バッグの中のクリスマスプレゼントだってそうだ。
本当は憧れていた先輩の選んだプレゼントが欲しかったのに、結衣のもとにそれは回ってこなかった。代わりにあまり話したことのない後輩チョイスの良くわからないインテリアの小物をもらった。
結衣と一緒にクリスマスパーティに行った友人は憧れの先輩のプレゼントが回ってくるし、ビンゴ大会では一等賞を勝ち取るし、何なら行きの電車内でSSSRを引き当てるし、どれだけ強運なのだ。
そんなハッピーデイを結衣はこれまでの人生で経験したことがない。そんな記憶はない。覚えていないということは絶対になかったということで間違いない。
嫌なことならともかく、そういうラッキーは結衣の体質上忘れはしないだろうから。
「何が違うんだろ」
ため息が自然に零れた。
何故だか、悲しかった。
あまり人には言えない生い立ちを持った結衣にとって、日常的なラッキーにすら巡り合えないのは気分が憂鬱になる一番の原因でもある。
「こんなにも不幸なんだから、ちょっとくらいサービスしてくれてもいいのになあ」
なんて、自嘲じみた笑みを浮かべる結衣。
立ち止まって空を見上げる。
ぱらぱら、と雪が降ってきた。
『今頃、あの子は先輩とどこに行っているんだろう』
考えないようにしていたけれど、不意に頭に浮かんでしまった。
まさか、本当にクリスマスパーティで二人が結ばれるとは思わなかった。
敗北感。
「失恋かなあ」
コンタクトをした瞳に白雪が落ちた。微熱で溶けた雫はそのまま頬へと流れた。
「泣いてないもん」
ごしごし、と新品のコートで顔を拭う。
コツコツ、とヒールのテンポを速くして家路を急ぐ。
「別に気にしてないから」
自分を誤魔化すように独り言。雪が降ってきたせいで吐息の白色は濃くなっていく。
「いいよ。私、こういうの慣れてるし」
思い出す。
これまでの自分を思い出す。
願いは叶わなかった。
祈りは届かなかった。
期待は誰にも見つけてもらえなかった。
だから、思い通りにならないのは慣れっこのはずだった。
ダメだったときに諦めることも結衣の心の武器のはずだった。
「弱いなあ、私」
ぽつり、と今度は両の瞳から雫が頬を伝った。
いくら慣れたとはいえ、諦められるとはいえ、そう自分に言い聞かせたところで、涙が零れるということは、結局全てが誤魔化しでしかないことの何よりもの証拠だ。
確かに慣れてはいるのだろう。
願っても叶わない現実に。
祈っても届かない現実に。
忘れられていく自分の期待に。
そうして、それらを一度は諦められるのかもしれない。
けれど、無意識の底には残ってしまう。
願いも祈りも期待も。
全部全部、結衣の心の中に残っている。
だから、誤魔化しが限界に達したとき、結衣の心は容易く乱れる。
涙が溢れて止まらない。
「もう、バカみたい」
ホワイトクリスマスの準備を始めた空が次々と雪を地面へ投下する。
傘を持っていない結衣は濡れないために走り出した。
コツコツコツコツ。
自分のヒールの音が背後のイルミネーションの明かりに飲み込まれていくようで何だか空しかった。
「ついてない。やっぱり私、ついてない」
呟く。
こんな日の帰り道に雪に見舞われるなんて、もはや嫌がらせじゃないかと思ってしまう。
隣に好きな人がいれば、話は別なのだろうけど。
と、雪で水気を帯びたアスファルトで結衣のヒールが滑った。
音はなく、右足がコントロールを失う。
体のバランスを崩した結衣は姿勢を立て直す間もなく、右肩から盛大に転んだ。
ポケットから敗れたビンゴ用紙とスマホが飛び出した。
コートとスカートとバッグはアスファルトに薄く堆積した雪のせいで濡れてしまった。あまり濡れないようにと走っていたのにこれでは本末転倒である。
結衣は力なく立ち上がって汚れた服を手で払うと、ビンゴ用紙とスマホを回収した。
駅から離れていたこともあってか、誰かにこの無様な姿を見られることはなかった。
「あはは。ダッサい」
くしゃくしゃと髪の毛を掻き乱す。
せっかくスプレーでセットしたのが台無しだけれど、もう今日は誰とも会わないから別に構わなかった。
「もう嫌だ。誰か私に何か良いこと頂戴」
と、結衣が弱弱しく呟いたと同時にスマホが緑色に点滅した。
涙目で確認する。見れば、ラインに画像が送信されてきたようだ。
【表示】をタップする。
すると、駅前の大きなクリスマスツリーを背景にしたあの子と先輩の写真が現れた。
続いて、
『結衣のおかげだよ。ありがと!』
の、メッセージ。
次いで喜びを表したスタンプもついた。
「うん。よかったね」
写真を見た瞬間に嗚咽しそうになったけれど、唇を噛み締めてそれを堪えた。
知っていた。
あの子も先輩が好きなこと。
ずっと前から知っていた。
だから、クリスマスに向けて色々とアドバイスした。
結衣も彼が好きなことは隠して、あの子の好きが届くように二人で頑張った。
ちゃんと考えれば、この結果は当たり前のことだったのだ。
あの子はまさか結衣が自分と同じ人のことを好きだったとは思っていないだろう。
だって、結衣は結衣の想いを誰にも話していないのだから。自分の気持ちに嘘を吐いて、あの子の想いが叶うように力になったのだから。
「なにしてんだろーなあ、もう」
自分で自分のことがわからなくなった。
どうして、自分も同じ人のことが好きだと言わなかったんだろう。
いや、言えなかったのかもしれない。
それはあの子との友情が壊れるのが嫌だから、なんて小綺麗な理由じゃないのかもしれなかった。
ただ、負けるのが怖かったのかもしれない。
恋が成就するように頑張って、頑張って、それで想いが届かなかったときの自分を受け止められる自信がなかったのだろう。
それに不戦敗の方が都合の良い言い訳をいくらでもできそうだから。
「じゃあ、なんで今日こんなに服頑張ったんだよって話だけど」
雪で汚れたクリスマスパーティ用のスカートの裾を両の手でぎゅっと握りしめた。
「あーあ」
雪が舞い降りる速度よりも少し忙しなく結衣の涙が零れ落ちる。
喉が熱い。
嗚咽を我慢して唾を飲み込むと、涙腺が刺激されて益々涙が溢れてしまう。
「今日は、もういいや」
これ以上、歩く元気はなかった。
白くなっていく道路に佇んで空を見上げる。
「このまま、真っ白になって」
このまま雪で世界が真っ白になるまで。
それまでここで泣いていようと思った。