結
「クソッ! クソッ! こんなところで肉に……肉に食われてたまるか!」
アマリカ人がショットガンを連射する。
バァンバァン! と何度も何度も景気よく連続して炸裂音が鳴り響いて、そのたびに肉汁が飛び散り、肉ゾンビどもが倒れていく。
通常、ショットガンは十も二十も連射できる構造にはなっていない。
しかしアメリカ人が持つことにより、ショットガンの弾数は無限となり、いくらでもいくらでも連射ができるようになるのだ。
これが道具の扱いに長けるということである。
しかし――
「ぐわああああ!?」
――肉の数は、あまりに多い。
迫り来るサーロイン、ヒレ、ランプ。様々な焼き加減、適切な塩コショウにより彩られたそいつらが、人間みたいな手足をのびやかに振りながら、大きなストライドで猛ダッシュしてくる。
その鮮やか肉色の光景、のぼりたつ熱気、思わず生唾を飲み込んでしまうほどのかぐわしい肉の香りは、まさに世界全体がバーベキュー会場になったかのようだった。
冷たいビールでもあれば全人類が抵抗をやめて肉ゾンビにかぶりつきそうな光景の中、スーパーに籠城していた人たちは必至に抵抗していく。
だが、一人が噛まれ、二人が噛まれ、三人が噛まれ――
見るも無惨に先ほどまで人だったモノが、食欲をそそる手足の生えた肉ゾンビとなっていく。
「ニンジャさん! こっちだ!」
肉ゾンビの群れに飛びかかられ親指を立てながら沈んでいくアメリカ人を横目に、板前は駆け抜ける。
日本人はニンジャだが、ニンジャ力は通常、体の奥底に眠っている。
その力を発現できればあの老婆のように音速で駆け抜けることも可能だが、通常、脳が強大すぎるニンジャ力を十全に発揮できぬよう、リミッターをかけている。
ニンジャ深度とはつまりニンジャ力の解放度合いであり、多くの日本人は潜在的にニンジャではあるものの、百メートルも全力疾走すれば息切れを起こすような普通人ばかりである。
なので逃亡の列は体力の多寡によって縦長に伸びた。
最後尾で走る体力の少ない物たちが、どんどん肉ゾンビの群れにのみこまれていく。
「くそっ、どうすれば……!」
板前とニンジャは、どんどん階段をのぼっていた。
入口から迫り来る肉ゾンビから逃れるには、悪手だとわかっていても、階段をのぼるしかないのだ。
しかし階段をのぼるというのは、体力を消費するもの。
また、年齢により膝軟骨がすり減った者は、途中で膝を痛めて階段から転げ落ち、そのまま肉ゾンビの群れへと吸い込まれていった。
田舎の巨大スーパーの屋上にたどり着くころには、すでに板前とニンジャ二人だけになっていた。
「ニンジャさん! ここからどうにか逃げられるか!?」
板前は背後のドア――屋内から屋上に続く金属扉を背中でおさえながら、たずねた。
その背には肉ゾンビどもが迫り来るすさまじい圧力がかかっていて、一瞬でも踏ん張る力を抜けば、扉をぶち破られ、屋上に肉ゾンビどもがあふれかえるだろう。
「……もう、無理ね。私はまだ下忍……こんなところから飛び降りたら、死ぬわ」
田舎のスーパーは七階建てだった。
田園風景にぽつんとそびえ立つ近代的ビルディングなのである。
「……最後の手段をとるしかないわ」
「最後の手段があるのか!?」
「ええ。時間をさかのぼるの」
「時間をさかのぼる!? そんなことが可能なのか!?」
「かつて技術大国と呼ばれた日本のオーパーツ的テクノロジーと、ニンジャのスーパーナチュラルパワーがあれば、可能よ。ただ……」
「なんだ!?」
「時間をさかのぼるためには、自分の存在を過去未来現在に渡って消さなければならない……つまり、人柱が必要なの」
大きな忍術には、人柱が必要なものだ。
板前もそんなことぐらい日本の常識なので知っていたが、あんな年端もいかないような少女がその存在を各時間平面上から完全に抹消しようとしているのだ。胸が痛まないはずがない。
「……あなた、板前なんでしょう?」
「……そうだ」
「もし、時間が戻って、世界が肉により滅ぼされていなくって……それで、それでね、もしも、私に似た子を見かけたりしたら……」
「……」
「その時は、私にお肉をごちそうして」
「……」
「輪廻転生……私という存在は消えるけど、私の魂はきっと廻って、世界のどこかでまた新しく生き始めるわ。だから、どうか……みんなは私を忘れるけど、あなたは私を覚えていてくれないかしら? そうして、こんな世界じゃない場所で、私にお肉を、食べさせて」
「……そいつは、難しいな」
「……」
「だって俺、寿司職人だからさ」
「……」
「肉切り包丁は落ちてたのを拾っただけで、俺の刺身包丁は、持ってこれなかったんだ。……だからすまないな、ニンジャさん。俺はあんたの生まれ変わりに、肉を食わせてやることはできないんだ」
「……そう」
「だから――寿司でいいかい?」
「……」
「回らない寿司を、食わせてやるぜ」
「輪廻も地球も回っているのよ。回らない寿司なんか、ないわ」
「そうだな。じゃあ――輪廻の果てで寿司を食わせてやる。俺の前まで回ってきてくれ」
「……ありがとう」
ニンジャは笑った。
そして、世界が真っ白い光に包まれ――