転
「これで、肉ゾンビを倒せるぞ!」
何回かの改良と実験の末、ついに対肉ゾンビ兵器である『マキビシ爆弾』が完成した。
マキビシとサランラップだけでは投げる時に手に刺さって痛かったので、いくらかの改良が加えられたのだ。
その構造の詳しいところは真似する者が出るといけないので記せないが、投げると爆発してマキビシをばらまく、ニンジャ力の強い兵器が完成したことだけはたしかだった。
絶望的な状況に一筋の光明が見えてきた。
スーパーに籠城している全員の顔に明るさが戻ってきた。
そんな中――
「ねェ! ねェ! あなたたち! ちょっと!」
――老婆の、悲痛な叫びが響き渡る。
喜びに湧いていた全員が、老婆の方を見た。
「誰か、誰か、あたしのフランソワちゃんを知らない……? 今朝起きたら、どこにもいなくて……」
フランソワちゃんとは、老婆の飼っているポメラニアンであった。
老婆はいつでもこのポメラニアンを抱きかかえて、放すことがなかったのである。
その様子から、我が子同然――いや、それ以上にフランソワをかわいがっている様子がうかがえたものだ。
「HA! 抱きしめられるのがイヤでそのへんを逃げ回ってるんじゃねえか!?」
アメリカ人があざけるように言った。
老婆は――犬を抱いている時はニコニコと笑みを絶やさず、大人しかった老婆は、鬼のような形相でアメリカ人に詰め寄る。
「アンタ! あたしとフランソワちゃんは一心同体なんだよ! 抱きしめられるのがイヤだなんてそんなことあるわけないだろう!?」
「でも実際に逃げたんだろ? この事実をどう説明するんだ? まったく日本人はロジカルじゃなくてイヤになるぜ」
「……まさか、アンタ、フランソワちゃんを隠したんじゃないだろうね?」
「……HA~? なんで俺様が日本人の犬を隠さなきゃならねーんだよ。だいたい、俺様は犬ならドーベルマンかボルゾイが好きなんだ。あんなうっかり踏みつぶしちまいそうなちっこい毛玉になんぞ、興味ねえよ!」
「ふ、踏みつぶした……? あ、アンタ、あたしのフランソワちゃんを踏みつぶしたって言ったのかい!?」
「Metaphorだよ! 日本語で、えー、比喩だよ! ヒユ!」
「わけのわからないことを言って! そうだよ! アンタ、あたしのフランソワちゃんを殺して隠したんだ! この鬼畜! 人でなし!」
「おいおい俺様の日本語はすげー堪能なのに全然伝わってねーな? これだけ丁寧に説明してやってるのに比喩もわからねーのか! それとも俺様、ひょっとして日本語的には乱暴な口調になってんのかぁ? だったらソーリー」
「返せェェェェ! あたしのフランソワちゃんを、返せェェェェ!」
老婆がアメリカ人に飛びかかった。
さすがにこれは、事なかれ主義で傍観を決め込んでいた周囲の者たちも、止めに入る。
アメリカ人から引きはがされた老婆は、しかしまったく納得していない様子で、未だに鬼の形相のままアメリカ人をにらみつけていた。
「フランソワちゃん……あたしのフランソワちゃん……見つけ出してあげるからねェ……」
涙を流したまま、老婆はフラフラとどこかへ歩き出す。
だが次の瞬間には音速を超えて、フランソワ探索へ向かった。
老婆も日本人なのでニンジャだ。そして年老いたニンジャは年齢とともに増加するニンジャ力によりとてつもない力を秘めている。そのニンジャ力にかかれば、音速を超えるぐらい、平均的な定年後の日本人にはわけない。
だから、次の瞬間には、もう、絶望的な変化が起こり始めた。
「フランソワちゃぁぁぁぁん! フランソワちゃぁぁぁぁぁん!」
老婆の狂ったような叫びとともに、スーパーの入口方面から轟音が響く。
全員がハッとする。
その音の正体とは――
「……あのババア! バリケートを壊して外に出やがったな!?」
アメリカ人がショットガンをシャコンとやりながら叫んだ。
――その言葉の通りに。
スーパー内には肉の香りがむわっと立ちこめ――
すぐに、外からわらわらと肉ゾンビたちが集まってきたのが、わかった。