承
「また足手まといの日本人が増えやがったか!」
助けてくれた少女に案内されたどり着いたスーパーマーケットには、十人ほどの人が集まっていた。
彼らは店にバリケートを張り、肉ゾンビどもの襲撃に怯えながら、どうにか暮らしているようだ。
その中で、もっとも支配的な振る舞いを見せているのが、アメリカ人の男であった。
でっぷり太った、ネルシャツにオーバーオールという服装の中年男性。
デニム生地の帽子からのぞく、もじゃもじゃのもみあげには、だいぶ白いものが混じっている。
彼は床に腰かけてホットドックをかじりながら、コーラを飲みつつ、青い目で板前たちをにらみつけていた。
周囲にいる同じく避難生活を送っている人たちは、このアメリカ人の横暴な態度をとがめるような視線を向けつつも、震えてなにも言えないでいる。
なにせ、男の片手にはショットガンが握られているのだ。
「おい小娘! 俺様はお前がニンジャだから使ってやってるんだぞ! それをなんだ、新しい足手まといを連れてきやがって! ニンジャはブシドーだから命令に忠実なんだろ!? だったら余計なことするな! 次やったらハラキリだぞ!」
法治国家だった日本でショットガンを持っている男がいることにも、少女がニンジャであることにも、特に疑問を抱く者はいない。
アメリカ人ならショットガンを持っているものだし、日本人が深度の差はあれ全員ニンジャなのは常識だ。
これは中国人が全員カンフーマスターであることや、カナダ人の九十割が林業従事者であること、イギリスの伝統的な食事の味がひどかったり、台湾旅行に行った者のおみやげがパインケーキ一択であることなどと同じように、グローバルスタンダードなのである。
「まったく足手まといどもめ! 俺様のショットガンがなけりゃ、今ごろここにいる全員肉ゾンビになってるっていうのに、その俺様にもっと感謝したらどうだ!? それにこんだけ人数がいてこの中の誰も英語話せないとかどうなんだ! 俺様ががんばって日本語話してるの、なんか下っ端みたいじゃねーかよ!」
「待ってくれ! 連中にショットガンは効くのか!?」
板前は問いかける。
アメリカ人は顎を上げて得意げに笑った。
「HAHAHA! ショットガンが効かないゾンビなんかいるか! 一発ぶち込んでやったら、連中、あっと言う間に大人しくなりやがったぜ! ところでお前英語話せる?」
「アイキャンスピークイングリッシュ・ア・リトル!」
板前は呪文のように叫んだ。
アメリカ人は寂しそうに青い目を伏せた。
「……ニンジャさん」
板前は、助けてくれた少女に呼びかけた。
日本人はニンジャなので、日本人が日本人をニンジャと呼ぶのはおかしな話なのだが、板前は少女ほどニンジャではなかったので、自分よりニンジャ深度の高い少女を尊敬の念を込めてニンジャ呼ばわりしたのだ。
「その、ショットガンを撃たれた肉ゾンビは、本当に死んだのか?」
「死んだわ。だってそのあと、ジビエ料理にしたもの」
ジビエ料理とは、狩猟した動物を調理して食べることにより、大自然の力をその身に取り込むニンジャの儀式である。
一時期世間的な脚光を浴びて有名になったが、その当時の日本には『狩ってもいい肉』が少なかったこともあり、あっと言う間に廃れた。
しかしジビエ料理は滅んだわけではなかったのだ。
「なぜだ……? 筋を切らなければ大人しくならないあの連中が、なぜショットガン程度で死ぬ……? 散弾によってたまたま筋が断ち切られたということか?」
「一体だけならそういう偶然もあるかもしれないわ。でも、どの肉ゾンビも、例外なく死んだから、きっとショットガンがゾンビ特効なんじゃないかっていう結論になったけれど……」
ゾンビ特効などというスマホゲームみたいな理由が正解なようには思われなかった。
ニンジャも納得はしていないようだが、他に表現すべき言葉が見当たらないようで、だから今のところ『ゾンビ特効』ということで全員納得せざるを得ないようだが……
板前には、板前ならではの観点があった。
「ひょっとして、鍵は『異物混入』なのかもしれない」
「異物混入?」
「ああ。肉ゾンビはどうにも、『おいしく食べられたがっている』様子だ……さっき、君がコショウ爆弾をぶつけた時に払い落とそうとしたように、きっと一番おいしい状態で食べてほしいに違いない……」
「でも連中、人を食べるわ。食べられたがっているのに、なぜ食べようとするの?」
「輪廻転生を表しているんだろう」
「なるほどね。でも、あなたは筋を切って肉ゾンビを退治したんでしょう? 筋を切ったらおいしくなるのに、なぜ筋を切られて死ぬのかしら」
「こだわりがあるんだろう。筋だって、あえて残しているのかもしれない」
「なるほどね」
「……ちょっとやそっとの異物混入では取り除こうとするけれど、ショットガンは散弾だ。そのすべてを取り除くことは不可能に近い。だから連中はショットガンを撃たれると、もうおいしく食べてもらえないと思って、ショック死するのかも……」
「でも、最終的にはおいしく食べたわ。ジビエ料理にして……」
「『おいしく食べてもらえないと思うこと』と『実際においしく食べられること』は違うだろう? 大事なのは、自己満足なんじゃないかな」
「なるほどね」
ニンジャ理解力により、話がガンガン進んでいく。
日本人は目上の者の言うことに強く異を唱えない文化があるが、これは日本人にニンジャ特有の超速理解力があるからなのだ。
「……まだ推論にすぎないけど、試してみる価値はあるかもしれない。なにか取り除きにくい異物を大量に突き刺せるような……ショットガンほどの威力はなくってもいいから、そういう物を用意できれば試せるな」
「あなた、マキビシは?」
「そうか! その手があったか! みんな、マキビシを俺に分けてくれ!」
板前の呼びかけに応じ、全員からマキビシが集められる。
マキビシとは、金属で作られた、トゲまみれの小さな塊だ。
追いかけてくる相手の足下に投げることで、相手の足止めをすることができる。
あまりにも走行妨害効果が高いので、運動会のリレーなどでまかれないよう、小学生は所持を禁止されている。
一箇所に集められたマキビシは流派ごとに違うかたちをしている。
これを肉ゾンビにうまく混入させれば、食べた時口の中が大変なことになる怖れから、とても食べる気にはなれない有様となるだろう。
「これを……サランラップかなにかに包んで、さっきのコショウ爆弾みたいにばらまければ、効果があるかもしれない」
「板前さん、あなた、試しに行くつもり?」
「ああ。俺は板前だ。普段から異物混入には気を付けている……異物混入を日常的に意識している俺ならば、逆に混入させる手管にも長けるというわけさ」
「なるほどね。それじゃあ、私も同行するわ」
「……いいのかい? 危ないぞ? 効果があるかもわからない」
「私はこの中で一番ニンジャなの。ニンジャといえば、ブシドー。死中に活を見出すということにおいて、ニンジャ力より重要な力はないわ」
「なるほどな。わかった。だが、もし俺が危なくなったら、見捨てて逃げるんだぞ」
「わかったわ」
少女はあっさりうなずいた。
さすがこれだけの日本人がいる中で、ニンジャ呼ばわりに誰も異を唱えないだけのことはある。
非情さにおいても、ニンジャ深度が高い。