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思い出話とアクアマリン

大変お待たせしました。

第六話です。

いつもお読み頂き本当にありがとうございます。ブックマーク、評価、読者数等とても励みになります。

*************

  

 王宮の白い廊下に西日が差し込む、ある日の午後。


 国の将来を左右する王族や高位貴族が、上品な笑顔の下に毒を塗りながら言葉を交わす、煌びやかで優雅な場所とは異なる場所。訓練終わりの汗臭い騎士や、上の理不尽に嘆きながら急な仕事を片付ける官吏、掃除道具を手に持ちながらも、生々しい噂話に興ずる侍女たちなど、様々な者たちが行きかう廊下。


「あ~あのおじさん本当に怖かったです~」


 様々な者の中の一人である、ミーナは半泣きになりながらそう言った。


「ボナリー官吏の、あの嫌味どうにかならないかしらねぇ…」


 その左隣を歩くベルも、疲れたような表情で同意した。


 二人は今まで財務省に行っていた。


 原因は、ミーナを含めた新人数人がまとめた、今度行われる召喚魔術訓練の備品の予算について、間違った記載があったからだ。その予算の書類はすでに財務省へと提出してあり、その訂正と謝罪をしに行く者に、新人からはミーナが、その付き添いの上司として先輩であるベルの二人が生贄(スケープゴート)として王宮魔術師団から差し出された。


 数日前に、広場に行って苦い思いをしたことが、いまだに記憶に新しいベルは、嬉しくないことは続くものだと、内心げんなりとしながらも、覚悟を決めてローブの胸元を正したのは、今から三十分ほど前のことだ。


 ちなみに財務省には、王宮騎士団や治療院、王立研究所、王宮魔術師団とそれぞれの財務関係を取り扱っている部署があり、その王宮魔術師団を取り扱う部署の人間に、ボナリー官吏という中年の嫌味な男がいる。


 彼は、凶暴な魔物と戦うこともある王宮魔術師団の者から、『嫌味おじさん』と呼ばれ、まるで魔王のごとく恐れられている。そのため、誰かが財務省に行かなければならない時は、その者は『生贄(スケープゴート)』と呼ばれ、他の官吏が対応することを切に望むのである。


 しかし、本日、見事に生贄(スケープゴート)に選ばれたベルとミーナの願いも虚しく、訂正書類の対応にあたったのは、ボナリー官吏であった。そして、ベルとミーナは二人仲良くボナリー官吏によってクドクドと説教され、今はその帰り道だ。ちなみに何度もペコペコと頭を下げたので、歩くたびに、その振動で首が地味に痛い二人。


 「あぁ、本当最悪です~、あの嫌味おじさんがいる時に、書類ミスを見逃しちゃうんなんて…。あぁ、私は仕事のできないダメ人間…」


「ミーナ…そんなことないわよ。チェックした側も責任はあるけど、これから、気をつければ大丈夫よ」


 叱られた子犬のようにシュンとするミーナをベルは励ます。


「それにね、ミーナ。私は思うんだけど、社会に出て、一番大事なことは、どれだけ、嫌でもすぐに謝れるかどうかだと思うの…だから、ミーナは仕事のできないダメ人間なんじゃないわ」


 ベルも新人だった頃は、仕事において能力が高く、ミスしないことが一番大事であると思っていた。しかし、社会の洗礼というものをこの身に受けて、何かあった時に、例えそれが他人の尻拭いでも、覚悟を決めてすぐに謝れる、それが大事なのだとベルは思うようになったのだ。


「うぅッ…さすがは仕事のできる女…完璧すぎて眩しい…!」


 ミーナは大げさなそぶりをする。完璧などと、称されてベルは苦笑してしまう。決してそんなことはないのにと。


「別に私は、仕事ができるわけでも、完璧な人間でもないわ…魔術学院にいた頃は、確かに必死に勉強してたし、そのおかげで成績が良かったから、仕事に慣れるのも他の新人よりは苦労しなかったかもしれないけど…。それでも、王宮魔術師の中では普通だわ」


「そんなことないですよ!ベルさんは、魔法陣を描くのとか早くて丁寧だし、繊細なコントロールも得意だし、魔法だけじゃなくて、事務作業も早くてミスしない!その上、セクシーでキレイだし、ナイスバディで…なのに驕らず優しくって、本当にベルさんに憧れている人は多いんですよ!!」


 鼻息を荒くして、大声で語るミーナ。ベルは思わず引いてしまい、つまずきそうになった。体勢を立て直して周りを見ると、少し離れた場所にいる、掃除中の侍女はチラリとこちらを一瞥しただけで、すぐに同僚の侍女とのお喋りに戻ったが、すぐ脇を忙しそうに早足で廊下を行く、中年の男性官吏に、邪魔だと言わんばかりにチッと小さな舌打ちをされた。


 元々端を歩いていた二人だが、ベルはミーナをより端に寄らせながら、大きな声で自分を褒めちぎり興奮する彼女をなだめる。


「ミーナ、褒めてくれるところ悪いんだけど、本当に私そこまで、完璧な人間じゃないの…。だって、私、一度、王宮魔術師の試験に落ちてるんだもの…」


「えっ!そうなんですか!?」


 以外と言わんばかりにミーナは目を丸くする。その様子が本当に小動物みたいで、ベルは笑ってしまう。


「えぇ、そうよ。魔術学院を卒業したら、すぐに王宮魔術師になるんだって、挑んだんだけど…緊張で創作魔法が上手くいかなくて、そのまま不合格よ…」


 あの頃、魔術学院に通っていたベルは、王宮魔術師団に入るために必死で努力していた。その努力は生半可な努力ではなかった。王宮魔術師団の試験は、筆記試験と実技試験があり、その実技試験の中に創作魔法と言うものがある。創作魔法と言うのは、従来の魔法に、自分で考えて他の魔法を組み合わせたり、もしくは効果を増加させる魔法だ。つまり自分で考えて応用する魔法ということだ。ベルも、試験に合格するために、その創作魔法を何カ月も前から一生懸命考えて準備をしていた。


 しかし、結果は緊張のあまり、発動に失敗して、不合格となった。


「それで、ショックが大きくて、自暴自棄になって本当にひどい状態だったの…」


 必死だった分ショックも大きくて、ベルはたくさん泣いた。何より、あれほど頑張って来たのに、最後の最後で失敗した自分が許せなかった。そして、そのまま、何日も自室に引きこもって、食事もとれなくなり、家族に心配をかけた。


「でもね、私を心配した幼なじみがやってきて、励ましてくれたの…何日も、何日も、私が部屋から出てくるまで毎日…」


 あの時は、毎日部屋の前まで来て、励ましてくれたり、色々な話をしてくれる幼なじみにベルは救われた。それから一年間、度々、食事や流行りの観劇などの遊びに連れて行ってくれた。試験に落ちて悔しかったことや、自分への憎悪が、完全に無くなりはしなかったけど、その優しさのおかげで、心の中を嬉しいことや、楽しいことで上書きされていった。そして、また王宮魔術師団の試験を受けようと思えたのだ。


「だから、私は、別に完璧な人間ではないのよ」


 今思えば、あれが自分にとって初めての挫折であったのではないかとベルは思う。そして、その時に、自分は完璧な人間ではなく、たくさんの人に心配や迷惑をかけて、やっと起き上がることのできる人間なのだと彼女は自覚したのだ。


「そうなんですか…いや、ベルさんは、その年で指導官の資格も持っているし、ちょっと意外でした…」


「まぁ、リベンジするなら、そっちの方の試験も受けて合格しようって決めたの…それに資格はあって損はないからね」


 ベルは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


 指導官と言うのは、その名の通り、魔術を学ぶ者を指導できる資格だ。指導官の資格は上級魔術師の資格を持つ者が、受けることのできる資格で、この資格を持っている者は、高等な知識と技術を持っていることを保障される。つまり魔術の分野では専門職にあたるのだ。


「ベルさんは…本当に…」


「ん?」


 ベルはミーナの続きの言葉が分からず頭を傾げる。しかし、ミーナは『いえ、いいんです』と頭を横に振る。


「これ以上、ベルさんの凄さを称えると、なんか、周りから見たら、私が嫉妬しちゃってるみたいに聞こえるんで、これ以上は言いません」


 今度はミーナがいたずらっぽい笑みを浮かべる。彼女の、色素の薄い水色の瞳は、彼女のアクアマリンという洗礼名に相応しく、その青い海のように澄み渡った煌めきに、思わず、なんて綺麗なのだろうかと、ベルは感嘆の溜息をついた。


 自分の濃い色の紫の瞳では、ミーナの青い瞳ほど、思わず人の心を動かすような澄んだ煌めきは無理だ。別に、そのことに悲観をしている訳ではないが、やはり無いものねだりをしてしまうのが人の(さが)で、特に女という生き物は顕著だ。いつだった大なり小なり嫉妬をしているのだから。周りから見れば、ミーナがまるで嫉妬しているように見えてしまう言葉は、ベルにも何であるかは分からない。しかし、きっと、ベルがミーナの澄んだ青い瞳に憧れるような、ほんの微々たる可愛い嫉妬に違いないと思う。


 そんなことをベルが考えていると、いつの間にか早歩きになってしまい、すぐに半歩ほど後ろで遅れるミーナの歩幅に合わせる。


「そういえば、今度、合同演習ありますよね?」


 急に話題が変わったミーナの言葉に、ベルは一瞬、頭を働かせるが、すぐに合点が言ったように彼女を見返す。


「あ、そっか、ミーナは初めてだったわね」


 二週間後、魔術師団と騎士団、治療院の、この三つの組織が協力して合同演習を行う。


 合同演習は、王都の城壁の外にある、王宮が管理する土地で行われる。ここで、二つの陣営に分かれて、疑似的な戦争を行い、それぞれの陣営でスムーズに三つの組織が連携を取ることが目的とされる訓練なのだ。ちなみに、春夏秋冬の季節ごとに、年四回開催される。


 もっとも、何かあった時のために、王宮にそれぞれの組織の三分の一の人材は残るため、皆が必ず年四回参加できるわけではない。


このミーナも今年の春に、入団した新人であり、なおかつ、新人は早く仕事に慣れるために、入団したてほやほやの彼らは、春の合同演習には参加できない決まりとなっている。そのため、彼女にとって、今度の夏の合同演習が初めてなのだ。


「他の先輩たちにも聞いたんですけど、何か準備した方がいいものありますかね?」


「んー…私は、演習中にケガしてもいいように、簡単な救急セットをローブの下に持ち歩いているけど…。あ、あと、狙撃担当の人とかは、片手で食べれる携帯食とかも、よく持ち歩いているわね…」


 ベルは、そんなアドバイスをする。それを熱心に聞いて、質問をしてくるミーナ。彼女を見ていると、先輩と言うのは、後輩の尻拭いなどの責任も付き纏うが、頼りにされるのは悪くないと、ベルはそう思った。


「あの~、演習ってきちんと真面目にしていれば、命にかかわるような大怪我はしないですよね?」


「それは、何とも言えないわ…。演習は、訓練なんだから、もちろん殺すのはダメだけど、みんな全力だからね。……やっぱり怖い?」


「いや、一応覚悟を決めて、入団しているので、今更、そういうわけじゃないんですけど…。…ただ、彼氏が、あんまり私に危険な目に遭って欲しくないみたいで…」


 ミーナはバツの悪そうな顔をする。


「あー…彼氏、入団すること猛反対してたんだっけ?」


 ミーナには、付き合って二年目の恋人がいるらしく、その恋人がかなり心配性で彼女が魔術師団に入団すると宣告した時は、大反対したらしい。ベルは休憩中によく、ミーナの恋人の愚痴を聞いていた。ベル個人としては、『また、その話か』と内心苦笑しながらも、不満そうに頬を膨らます彼女の姿が、青い目のリスみたいで可愛らしいと思っていた。


「そうなんですよ~。こっちが腹くくって覚悟決めてんだから、そっちも腹くくれよって感じですよ」


 ミーナは唇を尖らせる。


 ベルはミーナの、この小動物のような可愛らしい見た目に反した強さと言うか、肝の据わった心根みたいなものが気に入っていた。


 自分可愛さの甘えた感情を、恋人が心配するから、ケガをしたくないと言い訳するのは簡単だ。だけど、ミーナはそんなことをせず、自分の覚悟を認めてくれない恋人に対して、不満を抱いている。


『そんな、分かってくれない彼氏なら、別れたら?』と、ベルは言いたくなってしまう。だが、ミーナの言葉の端々や、表情から、恋人のことを本当に愛しているのだというのが伝わってきてしまうので、口が裂けても、そんなことは言えない。


そもそも、愛している人に分かってもらえないから、彼女は愚痴を言ったり、悩んでいるのだろう。


 そんなことを考えながら、右隣を見ると、午後の西日がミーナの顔を照らしていた。今も不満そうに愚痴を言う彼女の顔が―しかし、恋人が大好きだと言わんばかりの顔が、陽の光のせいか、ベルは眩しくて直視できなかった。


 





お読みいただきありがとうございました

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