表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

広場とバニラジェラート

第五話です。流血描写と人が死ぬ場面があります。

苦手な方はお気をつけ下さい。

**********


 ―広場は多くの人で賑わっていた。


 一休みをする買い物帰りの客。いつもここで行われているパフォーマンスを目当てに来ている者。出稼ぎに来たであろう他種族や異国の商人。露店で買い食いをする学生の集団。仲睦まじく寄り添う恋人たち。そんな様々な者たちが、広場で思い思いに過ごす。


 ここを一言で表すなら、王都の中心地店だ。豪華絢爛な貴族街でも、様々な国籍の建物がごった返す貧民街でもなく、白やクリーム色、淡い黄色、ベージュ色の同系色の建物が密集する中流階級の中央街に位置し、王都を東西南北と大きく四等分する大通りが交差する中心地点。


 東の通りは、それぞれの教区の小学校などで最低限の教育を終えた者や、地方でも成績優秀の者が、さらなる高みを求め通う高等教育施設がある。有名どころは、王立高等学園や魔術学院、医療学院、士官学校であるが、伝統ある女学校や、職人養成のための技術学校などもある。更には図書館や博物館もあり、将来を担う人材を育てる学生の街となっている。


 西の通りは、様々な物や人が行きかう大衆向けの市場があり、観光客向けの出店や、お洒落なカフェやレストランがある。また南ほどではないが移民や他種族も多く、珍しい品や希少価値の高いものが彼らによって売られる。国内でも最大級の観光と商業の街である。


 北の通りは、貴族街へと続く道になっているため、平民の中でも、カースト上位の街だ。そこにある店も高級菓子店や宝石店、輸入品店など、富裕層向けの上品な店がずらりと並んでいる。特に、四年前に開店した百貨店『コーデリア』は、巨大商業施設で、様々な分野の有名ブランド店が入っており、その内装もさることながら、煌びやかな貴族婦人や、富を持て余した一般人の富裕層がこぞって買い物に来ている。その様はまさに宝石箱である。そんなコーデリアに店を持てるということは商店経営者の中でも一種のステータスとなっている。


 南の通りは、貧民街へと続く道になっているも、途中までは中流階級の街だ。ここで住む者は経営者に雇われる従業員の家庭の者が多く、ここに構えている店も、家庭向けの値段と質の商品を扱っているものばかりだ。ごく一般の国民の生活がそこにあると言っても過言ではない。また、貧民街に関しても、確かに飢えに苦しんでいる者もいることは確かだが、別に皆が不幸というわけではなく、経済的には国民の平均年収に届かないだけで、貧乏がなんだと、豪快に笑い飛ばしていたりと、下町特有の逞しさと明るさがある。また、国が介入しきれない部分がある事も確かであるが、いわゆる裏の権力者たちがおり、彼らの統治によって無法地帯というわけでもない。貧民街独自の秩序がそこにはある。ちなみに、南側に行けば行くほど、移民が多く、人種や他種族の宝庫だ。


 そんな、それぞれで異なる特色を持つ四つの線が交わる、中心地点の広場に、ベルたちは今いる。


  「あそこに、座りましょう」


 ベルは噴水の近くに、ちょうど木陰の下にベンチを見つけ、そこにレナと座る。


 露店の焼栗の香りが漂ってくる。ベルが隣を見ると、化粧のしていないレナの額には汗が滲んでおり、急いで冷気の魔法をかける。ひんやりとした空気が肌に触れると、彼女はキャラメル色の耳と尻尾を弛緩させて、ほっとしたように息をついた。


 ベルは噴水から少し離れた露店へ行き、冷たいリンゴジュースを一杯と、バニラ味のジェラートの二つを買ってくる。リンゴジュースとジェラートの一つをレナに渡した。そして、それぞれ一口ずつ口に運んだのを確認すると、ベルも自分の分のジェラートを食べ始める。


「んー、おいしい」


 口に運ばれたジェラートは、舌先から冷たさを体中に沁み渡らせ、口の中を優しい甘さと、バニラの香りでいっぱいにする。アイスクリームよりもねっとりとした、この口当たりがたまらず、思わずベルは目を細めた。


 ベルとレナがジェラートを堪能するなか、広場では、あちらこちらで、踊りや手品、大道芸などのパフォーマンスが開かれている。


ベルたちの真正面にある噴水の向こうでは、サーカス団が客の前で玉乗りを披露していた。大きな玉の上に片足で乗っているのは、真っ赤な口紅を引いた、青緑の髪のピエロ。その不安定な状態でゆらゆらと揺れてバランスを取る様は、まるで、異国の笛の音に合わせて踊る蛇の曲芸のようで危なっかしい。観客たちはハラハラとしながらそれを見守る。


 皆の視線を独り占めするなか、グラリとピエロの上体が大きく後ろへと傾き、頭から落ちそうになる。観客の誰かが『あっ』と声を出す。しかし、寸でのところで絶妙のバランスを保ち、ピエロは体制を立て直した。そして、『驚いた?』と言わんばかりに、おどけた笑みを観客に向けて浮かべるピエロ。そんな、ピエロのいたずらに、『やられた』と悔しそうにしながらも、笑顔で割れんばかりの盛大な拍手を送る観客たち。


 そこへ、赤髪のもう1人のピエロが現れ、同じように玉乗りを試みるも、失敗して、ドッシーンと大きな音と共に尻餅をつく。そのなんとも間抜けな姿に観客たちは大笑いする。


『みんな、楽しそうね』と、ベルはそんな平和な光景に目を細めた。


 ここの広場では毎日、観光客に向けて大道芸や手品などの見世物が開かれている。芸をみせるのは、各地を転々と回る旅芸人や、サーカス団。異国のダンサー、他種族の音楽団たちなど様々だ。定期的に内容の変わる娯楽は、観光客だけでなく王都に住む国民までも楽しませてくれる。


 ベルも幼い頃は、お使いの後や探検ごっこの後などに、幼なじみと共に、お小遣いを手に持ち、露店でジェラートや焼栗、ホットサンドなどを買いに広場へ来ていた。そして、行儀が悪いけれど、立ってそれを食べながら、観客に混ざり見世物を楽しんで見ていた。


 そんなことを思い出していると、黙ってジェラートを食べていたレナが、その手を止め、ジッと大道芸の方を見ていたことに気づく。


 「レナ…?」


 ベルが声をかけるとハッと我に帰るレナ。


 「なに?」


 慌てて、こちらへ振り返る彼女。そのキャラメル色の耳と尻尾は、所在なさげにピクピクと動く。ベルは、『ごめんなさい、何でもないわ』と、そう言うも、彼女が見ていた視線の先、大道芸の方を見て、何となく分かってしまった。


 レナが見ていたのは、芸を披露するピエロではなく、それを笑いながら見ている両親と姉弟の、家族連れの観光客。


 ―あれから、半年ね…―


 半年前、レナの目の前で、彼女の両親が殺された。



 ―レナはそれまで、同じ人狼族の両親と共に王都の中央街で暮らしていた。


 薬剤師の資格を持つ両親が、薬局で働いており、収入もそこそこ。人族以外のの他種族としては、中流階級でもそれなりに裕福な方だった。そのまま何事もなく暮らしていれば、普通の女の子として家族に囲まれ、これまでと変わらず幸せな生活を送れていただろう。 


 しかし、レナと彼女の両親は、奴隷商人に目を付けられた。その奴隷商人は、ちょうどその頃、移民や他種族を中心に誘拐しては売買を繰り返す組織として、深刻な問題となっており、国も後を追っていた。そして、そんな組織に誘拐されそうになり、抵抗した彼女の両親は、殺されてしまったのだ。


 『同じ階の部屋から、怒鳴り声と争うような物音がする』


そんな近隣住民からの通報があったのは、月明かりが道端の雪を照らす冬の夜のことだった。ベルが、ジンや他の騎士と共に、現場であるそのアパートメントの部屋に踏み込んだのは、まさに凶行の直後だった。


 リビングに入ってまず目に飛び込んできたのは、木の床に広がる血の海の赤と、そこに花弁のように浮かぶ砕けた破片の白。そして、数秒遅れて鼻孔を突き抜ける生臭い鉄の匂いと、ジンジャースープの匂い。


木のテーブルの上ではひっくり返った皿と、散らかる銀のスプーンとフォーク。数個のロールパンや、食べやすくカットされたレタスやトマトが転がりめちゃくちゃで、橙のテーブルを汚していた。そこから、微かに湯気が立つジンジャースープが床に滴り、落ちて割れたのであろう白い皿の破片を包み込んで、血の海の中へと混ざっていく。


 そんな異様な空間に存在していたのは、肩から血を流しながら剣を握る、息の粗い荒んだ雰囲気の男と、その男の後ろで、気絶をしている豚のように醜い着飾った男。それは件の奴隷商人だった。そして血の海に溺れるように、横たわる血塗れの二匹の狼ーこの部屋の住人であった人狼族の夫婦。


 そして、その夫婦に守られるように背後にいたのは、血の海に浮かぶように、呆然と座り込む血塗れの人狼族の子供―夫婦の一人娘であったレナ。


 「…なんてことなの…」


 戦時下や治安が悪い地域ならともかく、他種族平等を目指すこのご時世で、さらには、王都では治安がいい中央街で、ごく普通の家庭で起きる事件としては、あまりに凄惨な出来事。ベルは思わず息を詰まらせた。


 その明らかに残酷な凶行の元凶である剣を握る男と、いまだに気絶している奴隷商人の男を、ジンを含めた騎士団が捕縛していく。


それら一連の現状を目の前にしながらも、両親のであろう血に塗れて座り込むレナは、どこか現実から切り離された場所にいるような、そんな感じだった。


「あ…パパ…ママ…」


 焦点の合わない黄色い瞳で、ピクリとも動かない両親を呼ぶレナ。


 誰の目から見ても、彼らがもう息をしていないことは明らかだった。


 人狼族であったレナの両親は獣化して必死に戦った。


 そして、命に代えて大事な娘を守ったのだ。


 いまだにそんな現実を理解できず、糸の切れた人形のように両親の遺体の前で呆然とするレナの姿に、ベルは耐えきれず、その小さな体に灰色のローブをかけ、ただ抱きしめてあげることしかできなかった。


 こちらが何者であるか、そんなふうに存在を確かめながら、背中に小さな手が回された。


 そして、痛みをこらえるように、その小さな手がブラウスをギュッと握ったような、ベルはそんな気がしたのだ。




 ―その後、保護したレナを王宮の治療院へと連れて行った。


 そこで外傷や異常がないことを確認して、治療院の風呂場へ向かった。治療院に着く前に簡単に血を拭いたが、完全に落ちきれていないため、レナの体をベルは洗うことにした。本来なら、看護師たちがやることであるが、あまり知らない人達に体を洗われるよりも、ここまでずっと一緒だったベルが洗った方が、レナを変に刺激しないと判断したためだった。


 脱衣所で服を脱がせることも、浴室に入り入浴用の椅子に座らせることも、体をお湯で濡らすことも全てが、受動的であったレナ。子供らしい瑞々しい生命力を感じない、生気のないその姿がベルにはあまりにも痛ましかった。


 それを顔に出さないよう注意しながら、第二次性徴を迎える前の、ふくらみの乏しい小さな体に、石鹸の付いた手拭(てぬぐい)を滑らせていく。風呂場を漂う湯気があまりに重たく感じて、ベルは思わず息が詰まりそうになった。


 レナの体に乾いてこびりついた血を、真っ白な泡が飲み込んでいく。血に混ざった泡は不気味なサーモンピンクに染まり、そしてまた、その色を他の泡が飲み込んで、薄めて、仕舞には真っ白に染め上げる。


 そんな作業をベルが淡々と繰り返すなか―


 「―ママのお腹に、赤ちゃんがいるの…」


 それまで、黙っていたレナが、突然こぼした言葉、


 「…まだ妹か、弟かも決まってないの…」


 「わたしは、お姉ちゃんだから…優しくしようって…いっぱい…いっぱい、愛してあげようって…ママとパパに約束したの…」


 「……わたし…お姉ちゃんに……なりたかった……―」


  何の感情を抱いているのか知ることのできない、抑揚のない平坦な声と、生気のない無表情。


 しかし、そのトパーズのような瞳から、一粒の感情がこぼれたのをベルは忘れない。


 それ以来、彼女は泣くことも、怒ることも、笑うこともしなくなった。たぶんそういった喜怒哀楽が感じにくくなってしまったのだ。それを異常なこととは言わない。むしろあんなことがあって感情鈍麻を起こすのは、まだ子供であるレナが、生きるために必要な防衛反応なのだと分かる。分かるが、何となくベルは不安になる。


 そして、レナの今後が問題となった。


 普通、身寄りのない子供は、それぞれの教区の孤児院で、成人まで育てられることになる。


 しかし、レナは魔力を取り込む臓器が未発達という致命的な問題を抱えていた。魔力とは全ての生き物に必要なもので、空気中に含まれるそれが上手く取り込めないということは、死に至らずとも、虚弱な体になり、短命になることを意味している。


本来であれば、そのような者は少数である上に、仮にその少数になっても肉親である親からの魔力を与えられる。肉親から与えられる魔力は、体になじみやすく、少ない量でも効率的に吸収できる魔力だ。そんな魔力を、子供は成長して臓器が完成するまで、親から与えられるので、そこまで問題にはならない。


 しかし、レナの両親がいない今、彼女には、魔力が与えられる必要がある。肉親以外だと膨大な魔力が必要になる。それに、教会では対応ができない。また、魔力を貯めておく魔石を使うという方法もあるが、中流階級とはいえ、一般人にとって魔石は高価なものだ。レナのような者達へ国が支給してくれればいいのだが、現時点では、その問題について法案が出ているものの検討中という状態で、どうすればいいか分からない状態だった。


 その時に名乗りを挙げたのは、平民としてはありえないほどの膨大な量の魔力を持つジンだった。


 彼曰く、


 『目の前で困っている人を、放っておけるわけがないだろ』


 とのことで、それ以来、レナはジンのアパートメントで、彼やリリナと共に暮らしている。ちなみに隣の部屋にラウラも住んでおり、よく遊びに来るらしい。また、教会では、自分の教区で引き取られた孤児が安心して暮らしているか確認する役割もある。そして、ジンのアパートメントがある教区からは、シスターのマリアと、教会で暮らすアンジェラがレナの確認を行っている。もっとも、二人とも、ジンとの恋愛に夢中であるから、本当にレナを見守っているか疑問ではあるが。


 ちなみに、レナは保護者であるジンを、まるで虫けらを見るような目で時折睨んでおり、本当に嫌っている。ジンの周りにいる他の女性と違って、恋のライバルには決してならないのだという、安心があるからか、ベルはレナを可愛いと感じている。彼女が困っているなら、何かサポートをしてやりたいとすら思っている。


 そんなことを考えながら、また、ぼんやりと噴水の向こうの大道芸を見る。


 青緑の髪のピエロが、今度は、キラキラと輝くボールを三個くらい使ってジャグリングを始めた。その横には、いつの間にか露出の高い衣装を纏った踊り子の女性がおり、キラキラ輝く弧の中へ、ボールをどんどんと投げて追加していく。そこへ、また赤髪のピエロが、同じようにジャグリングをしようとするも、上手くいかず、しまいには頭にボールをぶつけて、痛そうに顔をゆがめる。それを観客たちは、ドっと笑いながら見ている。


 「賑やかね…」


 ベルはポツリと呟く。


 あの家族連れの見物客も笑っており、まさに、幸せな家族の休日そのものだ。


 ベルは再び、レナを見た。


 ジェラートを食べながらも変わらず、家族連れを見つめるレナ。


 あの事件がなかったなら、今頃レナも、父親とお腹の大きな母親と共に、あんな風に笑いながら、大道芸を見ていたのかもしれない。


 そして、今頃ジェラート食べる彼女の隣にいたのは家族で、下の兄弟が生まれることを楽しみにしていたレナのことだから、母親の腹の中の赤子に向かって、『生まれてきたら、また来ようね』などと、笑顔で語りかけていたのかもしれない。


 そんな、本来ならありえたはずの、けれど、今となっては決して叶うことのない現実が自然と目に浮かんだ。


 「ねぇ、レナは、寂しい…?」


 自然と出てきてしまったその言葉に、ベルはハッとして、口を押えた。


 慌てて、レナを見ると、彼女はいつもの無表情だった。しかし、その透き通った黄色の瞳は、形容のしがたい煌めきを持って、こちらを写していた。


 ベルは失言だったと、胸の奥に冷たいものが広がるも、


 「…ベルがいるから、今日は寂しくないよ…」


 さくらんぼ色の唇を動かして、静かにそう言ったレナ。彼女のその表情が変に子供っぽくなくて、ベルは少し驚いた。


 しかし、彼女のその言葉の意味が咀嚼され、体内に浸透していくと、胸の中に広がっていったのは、じんわりと体の中に熱を持たせるような喜びだった。


 「私も、レナがいるから、今日は寂しくないわ」


 自然と上がる口角。


 レナとベルの間に、穏やかな空気が流れるなか、


 「レナ!」


 遠くから慌てたように私服姿のジンがやってきた。


 その後ろから、リリナやラウラ、マリア、アンジェラがついてくる。今日はさすがに、気軽に街を出歩けない身分の、ヒルデガルト姫とリュシエンヌ嬢はいない。ちなみにレオノーラもいないが、彼女の場合、身分という問題よりも、単純に今日が出勤日なのだろう。


「ハァ…ハッ…良かった…」


 ベルとレナが座るベンチの前で、ジンは膝に手を付き、前かがみで息を整える。あちこち走り回って来たのだろう。彼の頬から汗が伝う。


 必死にレナを探したのだと分かるが、


 「ジン」


 スッと、ベルは立ち上がり、ジンと対面する。


 「あなた、レナを連れてたのに、どうして、一人にするようなことをしたの?」


 「それは、反省してるよ…でも、ラウラを一人にもできなかったし……。それに、俺たちも探し回ったんだけど、見つからなくて…。途中で、アンジェラの友達から教えてもらって、それで、やっと見つけたんだ…。ベルにはレナと一緒にいてくれて、本当に感謝しているよ!」


 ジンは申し訳なさそうに言うも、ベルの胸を占めるのは怒りの感情だった。


「ねぇ、ジン…あなたは、レナの保護者なの…。何かあってからじゃ遅いの…。もし、レナが一人で歩いている所を、変な人が誘拐でもしたらって思わないの? ……それに、ラウラも、猫が串焼きに口を付けた時点で諦めなさい。変な病気持ってたらどうするの?」


 ベルから非難されたラウラは、急に非難の矛先が自分に向かって、『へ?』と言わんばかりに、目をパチパチさせた。


 「ジンやラウラだけじゃないわ、リリナもマリアもアンジェラも、誰か一人だけでも、ちゃんと集合場所を決めて、レナにつくべきだったわ…。貴女たちも、ちゃんと大人としての自覚を持ちなさい!」


 全員を責める棘の付いた言葉。レナを放置したことへの怒りが沸いてしょうがなかった。


 それに、今日、彼が清潔感のある私服と共に身に着けている装飾品は、ダイヤの指輪に、オニキスのピアス、ターコイズのネックレス、オパールの腕輪、エメラルドの懐中時計。


 ガーネットのブローチとサファイアの短剣、真珠のカフス、そして、アメジストのチョーカーがどこにも見当たらない。


 それが、ベルの怒りをさらに加速させていた。


 ―なんで、チョーカーがないのよ…!―

 

 今日は私服であるから、そのコーディネートの都合もあると分かっているが、ジンの格好がどうしても気に食わない。


 そんな苛立ちが募るなか、


 「ベルさん、醜い嫉妬はやめてくれますか―? 八つ当たりとか、見苦しいですよ」


 リリナのその言葉に、ベルはヒュッと息を呑んだ。


 「ていうか、レナちゃんのために怒っているフリして、私情を挟んで罵るって、ベルさんの方が子供っぽいんじゃないんですか?」


 そう冷たく言い放って、こちらを見るリリナの見透かすような銀色の目に、ベルは思わず口を押える。


 彼女の言うとおりだった。


 レナのための怒りから、いつの間にか、自分のためだけの怒りへ変えてしまった。リリナが言うように、大人という、大義名分を振りかざして、感情を押し付けている自分の方が、この中で一番子供っぽい。


 心臓の奥を、冷たい氷が触れたような、そんな感覚がした。


 結局、ジンの仲裁によりその場は収められた。


 レナをジンの下へ返すと、彼女は一瞬こちらを見つめて、何とも言えない表情を向けたが、すぐにくるりと背を向けた。彼らの背中が小さくなっていくのをベルは見守る。


 いまだに二人分の体温が残るベンチに再び座り、ほとんど溶けているドロドロとしたジェラートを、また口に運ぶ。甘さとバニラの香りで口の中が満たされるが、舌以外のどこかで苦い味が広がった、ベルはそんな気がした。











お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ