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職場と世間話

お久しぶりです。三話目です。

**********


 ルミエーダ王国は、階級社会である。


 王国という言葉が付く通り、頂点に王がいて、その下に貴族、中流階級の一般市民。さらに下に低所得者や浮浪者、他国からの移民も含んだ貧民がいる。奴隷制は三百年ほど前に近隣の国の中でもいち早く廃止したので、奴隷はいないものの、その子孫の多くが貧民に位置するなど、三百年経っても負の連鎖からは抜け切れていない。


 そんなこの国の社会の縮図でもある王都は、岩造りの堅牢な城壁によってぐるりと円形に囲まれている。王都の街は、北の貴族街と、その中間で東と西に広がる中流階級の中央街、南の貧民街と、上から下のカースト制を描きながら、まるで(いろどり)を考えて盛り合わせられた一皿の前菜のように存在している。さらには、王都の中心から東西南北に伸びている大通りは、まるで皿の上の前菜をナイフで四等分に切り分けたかのようだ。


 近年、この国では、文化や技術の発展と共に爵位を持たない市民や地方の国民、他種族や移民の影響力も侮れないものになりつつある。しかし、いまだに親から子へ、先祖から子孫へと権力を受け継いできた貴族たちの絶大なる力も大きい。


 そんな、この国の権力が集中する貴族が住まう北の貴族街。


 それぞれの地位に合わせた大小様々な豪華なお屋敷の列の奥に、一際大きく存在感を放つ建物がある。おとぎ話の王子様とお姫様が幸せに暮らしているような幻想的な美しさを持ちながら、戦争になれば戦闘の拠点として、剣を鳴らし、爆炎の煙を纏う、要塞ともなるその場所。


 ―それがルミエーダ王国の王宮である。


 この国の王であり、若き最高権力者―レアンドル・ゴールド・ルミエーダ陛下の住まう居住地にして、国の将来を議論し、判断を下す、最大の決定機関でもある。しかし下級貴族や登用された国民、下働きとして雇われたもの等、大勢の者にとっての王宮とは、毎日の勤め先。同じ空間に存在するのも恐れ多い陛下や王族、それに近い高位貴族の生活圏とは、また別の場所なのである。


 そして、その大勢の一人に含まれるベルの職場は、王宮の西にある。


 他の大勢の者たちと同様、王族たちの生活圏からは遠く離れた城の中。大昔の剣闘士達が死闘を繰り広げる闘技場(バトルフィールド)のような第四訓練場と、季節の花が咲き乱れ、東屋が木陰を作る職員用の中庭がすぐ脇に見える場所に、王宮魔術師団がある。


 「やること多いわね…」


 王宮魔術師団の自分のデスクの椅子に座り、ベルは苦々しく呟く。


 アメジストのような双眸が見つめる先には、大量の書類。


 王宮に着き、急ぎのジンとレオノーラと別れたベル。彼女は、ワイシャツとタイトなスカートの上から、王宮魔術師の証であるローブを纏っていた。銀色の糸で縁どられた灰色のローブ。そのローブは彼女の肉感的な体の線を隠すものの、まるで教会の年若いシスター達に似た禁欲的な色気を漂わせていた。


 「あぁ、残業にはしたくないわ」

 

 ベルは、大量の仕事にげんなりとする。バラ色のルージュを引いた、ぷっくりとした唇から溜息を零す。最近の世相に比例して、ここのところ仕事が多い。ベルは、この仕事の量が信頼の証なのだと自分に言い聞かせ、ローブの襟元を正す。この灰色のローブの襟元を正すと、ベルはいつでも気が引き締まる気がした。


 王宮の東に位置する騎士団の誉が、太陽と不死鳥が描かれた紋章なら、西に位置する魔術師団の誉は、月と不死鳥だろう。魔術師団のローブの左胸を飾るのは、限りなく円に近い弧を描く三日月と、それに囲まれるように存在する不死鳥が描かれた紋章。


 入団当初は、毎朝、その栄誉あるローブに袖を通すたびに、なんとなく神聖で誇らしい気持ちになった。しかし、今年で入団四年目の二十四歳、中堅の王宮魔術師に分類されつつあるベルにとって、今やこのローブの特別感など皆無に等しい。例えるなら、庭師の作業着やメイドのエプロンみたいに、汚れても構わないものになりつつあるのだ。


 「お、ファーテン、おはよう」


 「おはようございます」


 途中で、同じ灰色のローブを纏った先輩の魔術師に声をかけられる。


 「俺、今から、騎士団に行くから、その中の警備関係のやつに目を通しておいてくれ。戻ってきたら、改めて説明する」


 先輩の王宮魔術師はベルの前の書類の山を指さすと、急ぎ足で騎士団へと向かっていった。その後ろ姿と共に、同じ王宮魔術師以外の、文官や騎士など、様々な人間が視界に入る。


 王宮魔術師の仕事は、簡単に言えば、騎士団と共にこの国の平和を守り、国民の生活に貢献することだ。具体的に言えば、有事に際に騎士団と共に戦ったり、補助を行う。また監視魔法や感知魔法などの魔法陣を用いて、王宮や王都の防犯にも務める。他にも繊細なコントロールやいくつもの魔法を組み合わせる高等技術を用いて、研究者と共に魔道具や薬品のなどの共同開発、大昔の者達が魔術を込めて築き上げた古代遺跡の調査を手伝う役割も担っている。


 そのため、王宮魔術師団は事務処理関係のことや、騎士団との合同訓練、王都の警備の打ち合わせなど、他の部署とも連携を取らなければならない。そのため、王宮の人間が行き来するのはいつも通りのことである。


 「ベルさん、おはようございます」


 隣のデスクから響く、高いソプラノの声。


 「おはよう、ミーナ」


 隣の席の仲の良い後輩、ミーナ・アクアマリン・ジェレッリにベルは挨拶を返した。彼女は少し前に来ていたようだが、席を外していたらしい。彼女は、同じように書類の山が築かれたデスクに着くと、綿菓子のようなふわふわの茶色の髪を耳にかける。そして、一枚の書類を手に取り、何やら小動物のような丸い目で真剣に資料とにらめっこを始めた。


 「ミーナ、それって魔国との和平関係のやつ?」


 「そうみたいですよ~、三か月後の秋祭りのパレード、どうやら魔国の人達と合同でやるみたいです」


 一年ほど前にルミエーダ王国は魔国と同盟を結んだ。


 魔国とは、高い魔力を持ち、角や黒い翼など、明らかに人間とは異なる特徴を持つ魔族が中心となって治めている国である。その国では魔族の他に、獣の特徴を有する獣人族や、様々な知識と技術を持つ妖精族、圧倒的な武力を有する龍人族など、その他多くの種族が暮らしている。


 そんな魔国と人間は大昔から何かと争いをしてきた。小競り合いは当たり前で、人間も魔国側も、敵対する種族を迫害し、敗者が奴隷や捕虜になることなど当たり前だった。


 特に最悪だったのは六十年前。人間が多く住むルミエーダ王国と、その周辺の人間の住む国々との連合国対、人間以外の種族が続々と集結した魔国との間で起きた―エーディス大戦。


 あれは、歴史上数多(あまた)ある人間と他種族との間で起きた戦争としては、最大にして最悪であった。敵も味方も多数の命が奪われ、侵略や戦火により地図から消えた町や村も少なくはない。そして、当時従軍した騎士や、故郷を守った国民、その時代を生きた者など、今も生き証人がおり、歴史としても新しい。


 結局、戦争は一概にどちらが悪いとも言えなかったし、両方とも疲弊していたため、停戦協定を結び、戦争は終結した。


 そして、四十年ほど前からは、先の大戦の教訓からか、両者の歴史や文化、政治、経済などを調べる動きが始まった。それに伴い、互いに協力して争いをなくそうとする声が年々高まっていった。また、一応は平和を取り戻した両者の間で、商人や出稼ぎ労働者、奴隷の子孫などが数は多くないものの、それぞれで定住している者達も一定数いる。一部例外はあるが、彼らは戸籍を持つ市民として暮らしているのだ。


 そのような時代の流れの中、人族至上主義や魔族至上主義など、両者に一部、過激な自民族中心主義者を問題として残すものの、中立の立場を取るニルス国のレネーダの土地で、ルミエーダ王国と魔国は正式に、和平協定結んだのだ。それが、一年前のレネーダ同盟だ。


 「合同パレードねぇ、魔国との仲良しアピールってやつかしら…」


 「でも、まぁ、他種族との友好関係を示すなら、一番確実なのは、結婚ですよねぇ…」


 今現在、ルミエーダ王国の未婚の王族は二人いる。


 一人目がこの国の最高権力者であるレアンドル・ゴールド・ルミエーダ陛下。


 二人目がレアンドル陛下の弟、つまり王弟であるアルフレッド・シルバー・ルミエーダ。


 この二人はそれぞれ三十一歳と二十九歳で、貴族ならとっくに結婚をしていい年齢なのに、婚約者すらいない独身だ。もっとも、恋に恋する未婚の貴族令嬢や、酸いも甘いも噛み分けた貴婦人、はたまた一目だけ彼らの姿を生で拝んだ王宮勤めの女性職員にまで人気があるため、決して縁談が来ないとかではない。                 


 二人はどちらも美丈夫で、有能、さらに人格者として知られている。そのため貴族や王宮関係者の女性だけでなく、老若男女問わず国民からの人気も高い。しかし、俗にいう優良物件である彼らは、綺麗にバッサリと縁談を断っているらしい。


 「―陛下は、魔国の姫と結婚する気なのか…」


 「ありえるぞ、王妃にヒルデガルト様、王弟妃に公爵家のリュシエンヌ様を置けば、魔国の面子を潰さず、同盟反対派の動きも抑えられるしな」


 五つ分ほど離れたデスクからそんな世間話が聞こえた。


 「なんか、あの噂も本当かもしれないですよね?」


 「本当は、もう数十年前から、同盟は決まっていたっていう話?」


 最近、王宮では一年前の同盟は、実は数十年も前からの決定事項だったのではないかという噂が流れている。


 信憑性があるかないかに限らず根拠の一つに、同盟をした時にどちらの王族も未婚でしかも婚約者もいなかったこともある。しかし、それだけでなく穏健派の高位貴族であるスペルビア公爵家にも、ちょうど未婚で婚約者もいない今年二十歳のリュシエンヌ嬢がいたことがある。


 ちなみに、貴族令嬢で、二十歳で未婚と言うのは、立派な嫁き遅れだ。ちなみに、ヒルデガルト殿下も二十一歳と、人間と寿命のほとんど変わらない魔国の貴族の事情を考えても、彼女も立派な嫁き遅れである。しかも、今まで婚約者すらいなかったらしい。


 そのことを踏まえると、レアンドル陛下とヒルデガルト殿下も、アルフレッド殿下とリュシエンヌ嬢も、少し年の差はあるものの、政略結婚としては別に珍しい差ではなく、身分的にも釣り合いだってとれる。つまり、魔国との同盟の象徴としてヒルデガルト殿下を王妃に、国内貴族の反対を抑えるために、穏健派でありながら強い権力を持つリュシエンヌ嬢を王弟妃にという決定が、彼らが生まれる数十年も前からなされていたのではないか、そのような噂が囁かれている。そのうえ、魔国の姫のヒルデガルト殿下がよく王城に足を運び、レアンドル陛下と面会をしているという事実も、噂に拍車をかけているのだ。


 「まぁ、私達はどうせ上が何をしようが、何も言えないので、関係はないですけど…。それにしても、お貴族様は大変ですねぇ~」


 「本当ね…」


 ベルはミーナに合わせて、そう言葉を返し、書類整理を始めるも、本心では、


 ―あの二人、本当に結婚するのかしら…―


 ベルの頭に浮かんだのは、褐色の肌に豊満な肢体を持ち、頭に二本の角が生えた、漆黒の髪と瞳を持つ不敵に笑う美女。そして、真っ白な肌に、こちらも豊満な肢体と、縦に巻かれた金髪に、深紅の瞳を持つ、気の強そうな美女。


 魔族の長の娘―つまり魔国の姫君であるヒルデガルト・オニキス・トイフェルと、ルミエーダ王国の公爵家令嬢―リュシエンヌ・ガーネット・スペルビアだ。


 この二人もジンに思いを寄せている。


 彼女たちと、平民であり聖騎士候補という特殊な立場にいるジンとの出会いは、本当に偶然だ。ましてや、言葉を交わすどころか同じ空間にいるのですら恐れ多い、この二人から好意を抱かれるなど、まさに奇跡としか言いようがないのだ。ちなみに、ジンとの付き合いにより得た不思議なつながりの中で、彼と同じ平民のベルも何度か言葉を交わしたことがある。


 ヒルデガルト殿下など、今朝、他の女性たちに混じり、ジンの家にいた。あれが本来なら、どれほどありえないことで、異常なことなのか。


 ヒルデガルト殿下だけでなくて、リュシエンヌ嬢だってそうだ。よくジンは王宮で()()()()会ったり、一種の娯楽として開かれる騎士団の訓練の見学で、応援されたり、雑用のためにわざわざ屋敷に呼び出されると言っていたが、それはどう見ても、あからさますぎる好意だ。


 ―二人も、本当にジンが好きよね―


 ふと頭に浮かぶ、ジンがいつも身に着けている、漆黒のオニキスのピアスと、深紅のガーネットのブローチ。


 記憶の中でそれらの美しいはずの輝きが一瞬、目ざわりに感じたけど、すぐに切り替え、先ほど先輩が呼んでおけと言っていた書類を手に取り、目を通す。


 王宮と王都の魔法陣の配置場所に関する見直し案。最低でも月に一度は必ず見直しを行い、そのたびに、新たな配置場所を増やしたり、逆に必要のなさそうな場所は減らしたり、絶対に変えてはならない場所があったり、内容もいつも通りだ。しかし、一年ほど前の同盟を結んだ時から、少しずつであるものの、騎士や王宮魔術師の数や、魔法陣の配置場所が増えたり、変わったりと、確実に警備が厳重になっている。


 長年敵対していた魔国との同盟、それを過激な自民族中心主義者のせいで潰せないという、権力者たちの必死さが書類から感じ取れてしまう。


 もし、これで噂の渦中にいる高貴な人物達が結婚したなら、魔国側にとっても人間側にとっても、平和を目指しているという意味では、これ以上の最善の方法はないだろう。


 先ほどミーナが言った、『お貴族様は大変ですねぇ~』という発言に、適当に返してしまったが、まったくもってその通りであると、心の底から改めてベルは同意した。


お読みいただきありがとうございました。

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