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中庭と砕けた気持ち

第16話です。


 ―次の日になり、ベルが早速したことは、ジンが持つレナの養育権を停止させることだった。


 ベルが住む北の地区のアパートメントで、一晩を明かしたレナと共に、裁判所に出向き、一通りの手続きを行った。


 連れてきたベルへの聞き取りはもちろん、レナへの聞き取りを行い、滞りもなく終了した。対応に当たったのは、人当たりの良さそうな女性職員だったが、レナの話を聞いても顔色を変えることもなく慣れたものだった。立証される、されないにしても、この国で、児童虐待の件数は決して少ないとは言えないのだろう。あとは、ジンの住む教区の教会に通達し、ジンの世帯から、レナの名前を消すだけだった。もちろんジンにも聞き取りが行われるが、レナが彼と暮らしたくないと主張する限り、養育権は永遠に戻ってこない。


 手続きが一時間少々で終わり、裁判所を出ると、レナは不安そうな顔をしていた。急に自分の環境が変わったのだから、無理がないのかもしれないと、べルは思った。


 そして、その日から数日が経った今、ベルは、王宮の白い廊下を歩いていた。


 その廊下は、ベルの職場である王宮魔術師団本部がある西と、財務省などの官吏が働く部署をつなぐ道だった。今はその中でも住民の戸籍を取り扱う部署からの帰り道で、ベルの両手には、養子縁組に関する資料や書類が抱えられていた。休憩時間だった彼女は、その資料と書類をもらいにわざわざ足を運んでいたのだ。


 ベルは、今後のレナをどうするか考えていた。そもそも、レナが抱える一番の問題は、魔力を取り込む臓器が未発達で、魔力を取り込めないことだ。レナは一週間に一度の魔力を供給される必要がある。少量の魔力でも、肉親であれば可能だ。しかし、それ以外だと魔力がかなり多い者に供給されるか、魔石を使わなければならない。今までは、高位貴族や王族に匹敵するくらいの魔力を持った、ジンが行っていたが、それはもはや不可能だ。そのため、必然的に残るのは、魔石を使うことだ。


 ―ベルが考えたことは、魔石を負担する後見人は自分がなることだった。


 ベルは、レナの後見人になると決めた。普通だと、ピンからキリまであるとはいえ、魔石は高価だ。一般庶民の手に届かないという訳ではないが、一週間に一度、消費するとなると話は別だ。経済的にかなり厳しい。


 だが、王宮魔術師という王宮勤めであるベルにとって、そこまで難しい話ではない。ベルの給料はそれなりに高い。それに、魔力を取り込む臓器が未発達といっても、大抵、第二次性徴が始まると、臓器も発達していき、最終的には、他の者たちと変わりなく自然に自分の力で魔力を取り込めるようになる。遅くても、七、八年の辛抱だ。 それまで一週間に一度、ベルがレナの下へ向かい、魔力を供給する。


 ―最初から、こうしてれば良かったのよ…―


 ベルの胸が罪悪感で重くなる。最初から、そうしていれば、レナが傷つくことがなかったのだ。


 ちなみに、里親と暮らすか、孤児院で暮らすかは、レナに決めさせようとベルは考えている。


 レナの意志を尊重させようという結論に至ったのは、クラーマー研究員の助言だった。二日ほど前に、ベルは魔石の魔力を効果的に取り込むには、どんな魔術がいいのか、カラヴェリ研究員に聞くために、王立研究所へ赴いた。その時に、クラーマー研究員の所も尋ね、レナのことを相談したのだ。本当なら、こんなデリケートなことを話すのはどうかとも思ったが、クラーマー研究員は二人の娘を持つ母親であるし、何よりレナを診せた女医同様、信頼できる人だと思ったためだ。


 レナのことをベルから聞いて、娘を持つクラーマー研究員は無表情であるが、オーラが凄まじく、かなり怒っている様子だった。


 その時に、


 『その子に、どういう人が親になって欲しいか、どんな家庭で暮らしたいか、決めさせるべきです』


 と答えており、ベルはクラーマー研究員の言う通りにした。


 ちなみに、クラーマー研究員がいる研究室を後にすると、同じく研究員のカテリーナ・エメラルド・ジーフイと会ったが、相変わらず、睨まれて無視された。他の人が聞いたら、こちらから挨拶をすればいいとか言われそうだが、無視され始めた頃はベルだって努力した。しかし、こちらが『こんにちわ』と挨拶しているのに、いつまでも『こんにちは』と返さない奴に、律儀に続けられるほど、ベルは寛容でもない。


 カテリーナのことを思い出して、ベルは無意識に自慢の黒髪をいじり、早足になるが、


 「あ、ベルさん!」


 廊下の向こうから、ミーナが現れる。


 「あら、ミーナ。どうしたの?休憩中じゃなかったかしら?」


 先ほど、ベルが王宮魔術師団本部から出ていく時、ミーナは他の同僚と共に休憩室で寛いでいた。彼女は、『私も、こっちに用があるんです』と答える。


 「上の方の妹が、今年度、王立高等学園を受験するので、そのための戸籍抄本とか取りに来たんです」


 「そうなの。受験かぁ…大変よね」


 ミーナはそのほんわかした甘い雰囲気と容姿で、よく一人っ子か、末っ子に見られがちだが、実は三人姉妹の長女だったりする。ベルも最初聞いた時は意外だと思ったが、ミーナの肝の据わった芯の強さや、たまに新人たちの中で、リーダーシップを取る姿を見ているうちに納得した。


 「まぁ、受験と言っても、今から勉強するんで、本当に受かるのか疑問ですけどね…」


 「ミーナの妹なら、きっと大丈夫よ」


 「私の妹だからこそ、心配なんですよ…。あの子、すごい楽天的で、どうせなんとかなるとか、思ってるんですから。しかも、下の妹まで同じような感じなんですよ」


 『本当に、困ります』と、ミーナは拗ねたように言うが、彼女なりに、妹を大切に思っているし、可愛がっているのが分かる。ミーナは本当に立派な姉をやっているんだなと、ベルが微笑ましく見ていると、


 「そういえば、ベルさんは、どうしてこっちに来たんですか?」


 「えぇ、ちょっとね…」


 ベルが返答に困ると、ミーナは目ざとく、ベルが手に持つ養子縁組や後見人の書類を見つける。


 「もしかして、ベルさんの家で、養子を取るんですか?」


 ミーナのその質問は、ベルの家の事情が少しだけでも分かっているからこそだった。しかし、その質問にベルの口元が少し引きつる。確かにそう思われても仕方ないが、悪意が無くても少し癪に障る。


 もちろん顔には出さず、人のいい笑みを浮かべてベルは、『違うわ』と答える。


 「知り合いの子供が、里親を代えなきゃいけなくてね…。少し特殊な事情の子供で、どうしようか分からないから、一先ず書類だけでも取りに来たの」


 ベルがそう説明すると、ミーナは『そうだったんですか…』と言うが、その可愛らしい顔が心配と不快感を示していた。


 里親を代えると聞いて、すぐに児童虐待という結論に至ったのだろう。もちろん里親の病気や失業というどうしようもない場合もある。しかし、多くの場合、里親を代えなければならない最も多くの理由が、里子への虐待だ。そして、決して間違ってない。


 『私、そろそろ行くわね』と言って、ベルはミーナと別れた。


 再び王宮を歩くベルの頭には、レナの姿が浮かぶ。


 今、彼女はベルのアパートメントで寝泊まりしており、昼間はベルの実家に預けている。


 ベルの実家は、木材を主に扱う商会だ。祖父の代から始めた商売で老舗とは言えず、大商会の傘下であるが、そこそこ裕福だ。十三年くらい前に一時期事業に失敗し、存続を危ぶまれたこともあった。しかし、周囲の支援のおかげで、今は立て直しを図り安定している。


 ベルの実家には、父親と母親、年の離れた兄と、その妻の義姉が住んでいる。父方の祖父はベルが生まれてすぐに亡くなったし、祖母も十一年前に亡くなっている。母方の祖父母はというと、安宿を経営していた。しかし、祖父が六年前に亡くなってから、経営を止めてしまい、残された祖母も三年前に亡くなっている。


 そのため、ベルにはもう祖父母はいない。ほとんど記憶がない父方の祖父は別として、あとの三人には可愛がられた記憶がベルにはある。記憶がない父方の祖父の話は、その妻である祖母がしていたので、ある程度の人物像は分かる。そんな祖父母たちがもういないのは、寂しいとは思うが、悲しいとはベルは感じない。


 現在のベルの家族構成は両親に、兄夫婦だ。ちなみに兄夫婦に子供はいない。そのためか、ベルが事情をある程度話してから、レナを実家に連れて行くと、ものすごい歓迎を受けた。もちろんレナへの歓迎だ。


 子供がいない兄夫婦は元より、孫がいない両親は、とてもレナを可愛がっている。


 おもちゃや服など、たくさんのものをレナに与えようとする両親には、軽く苦笑いだが、外では愛想がいいくせに身内には不愛想な兄が、レナの前では、眦を下げて、ニコニコと笑っている姿には、義姉と共にとても驚いた。また義姉にしても元々子供好きであり、家庭教師の経験もあるため、喜んでレナに勉強を教えている。


 レナはそんな好意に戸惑っていたが、時間が経つと、緊張がほぐれたようだった。


 先日診察してもらった女医の言葉もあるが、自分の実家が少しでもレナにとって、ありのままの姿であれる場所であってほしいとベルは思っていた。


 それは虐待に気がつかなかったことへの贖罪という意味もあるが、レナにできることは何でもしてやりたいし、守りたいという気持ちがベルにはあった。


 そんなことを考えながら、ベルは王宮の白い廊下を歩く。ちょうど、壁のない渡り廊下で、中庭がすぐ隣にあり、このまま、外にも出れる場所だった。


 中庭は東屋があり、ダリアやバラ、コルチカムなどがバランスよく植えられていて、本当に絵になる。その中庭は壁のない渡り廊下と、王城の壁によって四方八方を囲まれている。


 外から見ているだけでも、とても落ち着く空間だった。 最近では、落ち着かないことばかりだったので、余計にそう感じた。


 レナの件もそうであるが、社会に目を向けると、先日の誘拐事件が王都でも尾を引きずっているし、相変わらずの治安の悪さだ。

 

 そのうえ、危険因子を挑発するかのように、一昨日、この国の最高権力者のレアンドル・ゴールド・ルミエーダ陛下と、魔国の姫君のヒルデガルト・オニキス・トイフェル殿下の婚約が発表された。

 

 新聞でも、各紙がこぞってその歴史的なニュースを飾り、王都はいい意味でも悪い意味でも盛り上がりを見せている。


 公僕の身としては、余計、国内が荒れると危惧するが、それと同時に、ヒルデガルト殿下が結婚を決めたことに驚いた。彼女も、ジンを愛していたはずだった。しかし、彼女は政略結婚のため、好きな人の側にいることを諦めざるしかなかったのだろう。


 ベルは、父方の祖母から、『女は皆、宝石で、好きな人と愛し合うことで輝く』のだと幼い頃に教えられた。そのため、ヒルデガルト殿下に対して、不敬だと分かっているが、同じ女として、同じ男を好きになった者として、一種の同情があった。


 ―…あの人も、結局は、現実に流されなきゃいけなかった―


 ベルは目を細めて、秋の足音を運んでくる、空気に浸った。


 少し湿っぽくて、暑いが、真夏の暑さというほどではない。王宮の中庭の草花が変わるように、最近だと、夕方と夜の空気が冷たさを持つようになった。そして、土や草の匂いの何とも言えない秋の匂いがする。昼間はまだまだ暑いとはいえ、秋が近いのだと日々実感する。


 あぁ、夏も終わりなのだなと、ベルが物思いに耽っていた時だ。


 「―ベル?」


 その声にハッとなり、ベルは振り返った。


 そこには、紺色の騎士団の団服に、十字架が描かれた黄色の腕章。そして、茶色の髪と瞳の男。


 「…ジン」


 そこにいるのはジンだった。


 「ひさしぶり…つっても、一週間ぶりくらいだよな…」


 そう言う彼は、いつも通りのだった。口ぶりもそうであるが、団服を気崩さないところも装飾品で飾っているところも。ダイヤが付いた指輪に、オニキスのピアス、真珠のカフスに、オパールの腕輪、ガーネットのブローチ、サファイアの短剣、エメラルドの懐中時計、ターコイズのペンダント、アメジストのチョーカー。


 全ていつも通りだった。


 「本当に、久しぶりね…」


 ベルは、そう言って気まずくなり、少し視線をそらした。そして、ローブの襟元を手早く正して、真っすぐにジンを見る。


 「あのね、ジン…」


 「レナの養育権、停止ってどういうこと?」


 ジンは、困ったような表情でそう聞いてきた。


 レナのことで、ジンに一週間の長期のお泊りと嘘を吐いていたが、昨日か一昨日に裁判所と教会から、通達と聞き取りの者が来たのだろう。そして、その時に自分が騙されたと気づいたのだろう。


 ベルはジンを騙す形になり、罪悪感もあったが、レナへしたことの重さを考えると、怒りが勝っていた。ベルは冷たい声で告げる。


 「自分の行いを振り返れば、分かるでしょう?」


 「分からないから聞いてるんだろ…ッ?どうしていきなり?」


 突然のことで、意味が分からないと言わんばかりに。そして、レナのことが心配と言わんばかりに。そんなふうに、まるで、自分のせいではなく、何かに巻き込まれたと言わんばかりに、ジンは言う。


 「この前、あなたの家に行った時、レナの肩にキスマークを見つけたの」


 ベルは、極めて冷静でいることに努めて、説明する。


 「レナは、あなたがしたんだって言ったわ」


 「は? そんなことで…?」


 「そんなこと? あなた、レナにひどいことしたと思わないの?」


 ベルは、ジンの言葉に呆気にとられる。


 「たしかに、子供にしちゃいけないことだって分かってたさ。でも、レナは嫌だって言わなかったし…それに、これは俺とレナの問題だろ?」


 至極真っ当な善悪を語る聖人のように、真面目な顔でそんなことを言うジン。そこに罪悪感なんてものはない。


 ジンはレナにしたことは、悪いことだと分かっている。しかし、それは社会と法律が認めないからだと認識している。


 それをされて、レナが傷つくのだということは頭にないのだ。


 「ふざけないで!!」


 ベルは叫んだ。


 「あなたのそれは、抵抗しない女はレイプされて喜んでいるとかいうデタラメと一緒よ!」


 体が熱くて、怒りが止まらなかった。ただ、苦しくて痛くてベルはたまらなかった。


 「レナが嫌だって言わなかったから? 笑わせないで! 言えるわけないでしょう!? あの子は、弱い立場に立たされてるんだもの!」


 頭に思い浮かぶのは、無理してぎこちなく笑うレナ。普通の十歳の女の子でいることを諦めた女の子。あの小さな女の子はどれほど苦しかっただろうか。


 「相手より弱い人はね、守ってくれる人がいなかったら、どれほど辛くても、嫌でも、黙ってそれを受け入れるしかないのよ! だって、相手の機嫌を損ねて、もっとひどい目に遭わされるかもしれないから…! 自分を守るためにも、これ以上傷つかないためにも、無抵抗になって抵抗するしかないの!!」


 「ちょっ…ベル…」


 「ねぇ、ジン、あなたはレナが嫌だって言わなかったから、したって言ったわね? 本当にレナがそんなこと言えると思ってる? あの子は、あなたが思っている以上に、色々なことを知っているし、考えることのできる子よ! ねぇ、考えてみて。あの子は、あなたしか魔力をもらえる相手がいなかったのよ。そんなあの子が、あなたに逆らえると本当に思ってる!?」


 そこまで言ってベルは、自分が冷静さを失っていると自覚する。彼女は落ち着けるように深く息を吐いた。三回繰り返して、再び、ジンを見る。


 「暴れて拒否する相手に無理矢理したか、そういう問題じゃないの…。あの子は、あなたの理想に合わせたわ…。そのために、学校にも行かなかったし、友達にも会わなかった…。ぬいぐるみにナナなんて名前を付けて、友達ごっこだってした…。あなたに嫌なことされても拒まなかった……。レナはジンの思い通りに動いたのよ…」


 『あなたがレナにしたことは、レイプと同じよ』と、ベルは告げた。


 「でも…レナは…」


 「ねぇ、ジン、お願い…。分かって。…レナは人形じゃない…。あなたの思い通りに動く、中身のない都合のいい人形じゃないの…。あの子は、たくさんのことを知ってるし、考えてる…。他の人達と同じくたくさんの複雑な感情を抱えているの」


 「……」


 「大人の勝手で、子供を傷つけてはいけないの」


 祈るようにベルがそう告げる。


 なぜ、ジンとこんなにも考えが違うのか、分かり合えないのか、そんな気持ちが沸いてくる。同時に、レナのことを考えると、やるせなさだってあった。


 『愛した人でも、絶対に許しちゃいけない』と、そんな自分の声も聞こえてきて、胸の中がグチャグチャだった。


 目の奥が熱い。しかし、泣いてたまるかと、ぐっとベルは堪えて、ジンを睨みつける。


 ジンは、親しみやすい茶色の瞳を見開いたまま固まっていた。そして、数秒後にハッと震わせるように息を吐いて、彼は自身の硬直を解く。ジンのその表情が、ショックを受けたような、あるいは今にも泣きだしてしまいそうな子どもみたいな表情で、ベルの心に痛みが走る。


 ジンは、ベルに一瞬縋るような視線を向けたが、何も言わず背中を向けて、逃げるように去っていった。


 残されたベルは、突っ立ったまま、中庭を見た。そして、中庭の向こうの建物の窓に二人の人影がある事に気づいた。その二人は、こちらを見ており、その視線が重なる。


 一人が、濡れたように艶めく、黒い髪と瞳を持つ女性。女性らしい豊満な肉体は褐色で、その身をウェディングドレスを思わせるような純白なドレスが包み込む。そして、人族ではないことを示す頭の角。―ヒルデガルト・オニキス・トイフェル殿下。


 もう一人が、太陽の光のように輝く、金色の髪と瞳を持つ男性。背が高く、女性を虜にするような美丈夫だ。こちらも仕立てのいい真っ白な服を纏っていた。若さの中に堂々とした貫禄が滲んでいる。―レアンドル・ゴールド・ルミエーダ陛下


 雲の上の存在とも言うべき、高貴な二人がこちらを見ていた。


 ベルは慌てて、臣下の礼を取ろうとするが、レアンドル陛下は『気にするな』と言わんばかりに首を横に振った。


 レアンドル陛下は、ヒルデガルト殿下の肩に手を回す。その金色の瞳には、恋情ほどの激しい熱はないが、確かなヒルデガルト殿下への愛情が宿っていたのが、ベルには分かった。


 そして、ヒルデガルト殿下はというと―泣きそうになりながら、無理矢理笑っていた。


 けれど、それは、恋に破れ、好きでもない人と結婚しなければならない哀れな女の姿ではなかった。何か大きな使命を背負った、誇り高い戦士のような姿。クラーマー研究員と重なるその姿は、とても美しかった。


 ―どうして、輝いているの…?―


 愛する人との未来を諦めたのに、なぜ、ヒルデガルト殿下は宝石のように輝いているのか、ベルには分からなかった。


 ベルが呆然とする中、その尊い身分の二人は、その場から去っていく。


 その場に一人で残されたベルも、逃げるように早足で立ち去った。


お読みいただきありがとうございました。

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