他視点なんだよ
視点が別の人物です。あしからず。
「兄ちゃーん…………お腹空いたよぉ」
「ああ、じゃあ飯にするか。確かショボイモがまだいくつかあったから、ショボイモのスープだな」
「ええっ?またショボイモ?」
「ああ、まぁお前が嫌そうな顔をするのわかる。ショボイモはその名の通り、味も量もショボイ。だが現在の我が家の収入では、これが限界なのだ。我慢しろ」
「…………………うん。じゃあ僕、井戸から水を汲んでくる」
弟のロッツは悲しそうに小さく頷くと、桶を持って家の近くにある井戸へと向かった。
俺はスープの下拵えをするため、ショボイモの芽をナイフの刃先で適当に抉ると、板の上で細かく刻む。
後はロッツが汲んできた水を鍋で沸騰させたら、そこにショボイモをぶちこみ塩で味を整えれば完成だ。
ちなみにショボイモを細かく刻むのにも訳がある。こうするとショボイモは少し水分を吸って膨らむので、腹持ちが良くなるのだ。
平民の知恵ってやつだ。
「兄ちゃん!水汲んできたよ」
「おお、ありがとうなロッツ!」
バタバタと走りながら桶をつき出すロッツに、礼を言いながら頭を撫でてやる。
「へへっ」
ロッツは嬉しそうに微笑むと、そのまま軋む椅子に座り、行儀よくスープが出来上がるのを待っている。
「ほら、スープが出来たぞ」
出来上がったショボイモスープを、ロッツの前に置くと余程腹を空かせていたのだろう、木皿に顔を突っ込む勢いでガツガツと食べ始める。
「はぐっ………はぐはぐはぐんぐ…………」
「おいおい、もう少し落ち着いて食えよ」
注意しつつ、仕方がないか……とも思う。ロッツはまだ10歳の食べ盛りだ。
直ぐに空になったロッツの木皿に、おかわりをよそうと、鍋を持って隣室へと向かう。
コンコン。
小さくノックをすると、中から「はいどうぞ」と声が返って来たので、ゆっくりと扉を開ける。
隣室のベッドの上には蒼白い顔で寝ている母、シャドリが居た。
「母さん、またショボイモのスープで悪いんだけど、ご飯だよ」
母さんはベッドの上で上半身を起こすと、悲しそうな表情で俺と、俺が持ってきた鍋を交互に見やる。
「リケルメ………私の身体が弱いせいで、貴方にばかり苦労をかけてしまってご免なさいね」
「そんなっ!母さんが悪い訳じゃないよ。悪いのはアイツだろ?俺たちを棄てたあの男………………」
「まぁ!お父様のことをその様に言っては駄目よ」
母さんは恨んでは居ないのだろうか?あの最低な男を。
貴族であることを理由に使用人であった母へ手を出し、俺とロッツをもうけた癖に正妻にそのことが露見すると、躊躇いもなく俺たちを棄てたゲス野郎のことを。
母さんは優しく諭すように俺に言うが、その気持ちを俺は理解することができないで居た。
***
ロッツと昼飯の後片付けをしていると、バタバタと走る足音が聞こえてくる。
「ん?何だ?」
と、呟いた瞬間我が家の入り口の扉が、ドバーーーンと大きな音を立てて勢いよく開け放たれた。
「リケルメッ!!リケルメェェェ!!!」
ノックもせず突然現れた珍入者は、幼馴染みの1人であるダグであった。
「た、た、た、大変なんだよっ!リケルメ!」
「おいおい、そんなに慌ててどうした?」
「ギ、ギ、ギアンがっ!!」
ギアン…………ああ、あいつ。また何かトラブルでも起こしたか。
ギアンは俺とダグのもう1人の幼馴染みで、毎度毎度何かしらの騒ぎを起こすトラブルメーカーでもあった。
何度あいつの尻拭いをさせられただろうか………と、一瞬遠い目をしてしまったのは致し方がないことである。
「はあっ………。で?そのギアンがどうかしたか?果実屋で積まれているリンゴでもちょろまかしたのか?それとも肉屋の店先に吊るしてある干し肉でも……………」
「そんなことじゃ無いっ!本気でヤバイんだよぉっ!」
「……………?」
ん?ダグの様子がいつもと違って本気で余裕が無さそうだ。
俺は茶化すのは止めて、目でダグに続きを話せと促す。
「………ギアンが貴族の邸に、金目の物を盗みに行っちまったんだよっ!ああっ!ど、どうしよぉぉぉぉ!!!」
ダグが本気で困った様に叫んだのだが、俺はその言葉を直ぐには信じられず、ダグに聞き返した。
「は、はあっ!?貴族の邸に盗みに、だと?嘘だろ?そんなのバレたらただじゃ済まない上に、間違いなく高確率でバレるぞ?」
「………っ。お、俺だって止めたさ!危なすぎるって!だが、ギアンは俺の言うことじゃ聞きやがらねぇ!だからリケルメに止めてもらおうと呼びに来たんだ!」
「チッ…………あのバカは、何を考えて居るんだ!?」
俺が苛立ちを隠そうともせず、悪態を付くと言い出しづらそうにダグが小さな声で呟いた。
「……………………………ギアンの妹のレリィ居るだろ?」
「あ?ああ………居るな。だがそれがどうした?」
「そのレリィが突発性の魔力枯渇病になっちまったらしくってな………その進行を食い止めるためには魔力石が必要なんだが、それには金が必要なんだよ。俺たち何かが見たことの無い程の金が、な」
くそっ………また金か。
貧民窟で暮らす俺たちには、耳の痛い話だ。
俺たちはその日暮らしていくだけでも精一杯だ。医者にかかる金なんか無い。
だから弱い奴からどんどん死んで行った。
これ以上仲間が死ぬのはごめんだ。
「ダグ!ギアンはどこの貴族の邸に盗みに入りに向かった?」
「えっ?ええっと………た、確かゲロッグ侯爵の邸だったと思うけど」
「ゲ、ゲロッグ侯爵!?」
よりにもよって侯爵家かよっ!?
バレたらギアンだけの死罪じゃ済まない。一族もろとも、首と胴がおさらばだ。
しかも貧民窟出身者だから、親族情報の精査とかせず、この辺に住む奴等が片っ端から引っ捕らえられ処刑………………とかもあり得そうだぞ。
「チッ……。ダグ!!あのバカを連れ戻しに行くぞ!!」
「あ、ああ!もちろんだ!」
俺とダグは急ぎゲロッグ侯爵邸へと向かったのであった。
ギアンは前話のギアンと、同一人物です。
あ、注釈せんでもわかるよって?ですよねー。