怪しさ満点の人物にだってお願いするんだよ
お腹痛い。
「はあはあ………。一体この家はどうなっているんだ………ぜえぜえ……」
どんだけ歩かせる気なのか、出入り口は一向に見えて来ない。
み、水が飲みたい。
足ももうガックガクだ。
目の前に佇む大きな樹木に背中を預けると、そのままズルズルとしゃがみこんだ。
「あ゛ー しんどー」
しばし休憩だ。少し休んでも大丈夫だろう。あのエスターっていう奴が、追い掛けて来る気配も無いし。
あいつ…………マヌケそうだったしなぁ………。俺を見失ってしまい、あのソニアって人にコッテリお仕置きでもされてるんじゃね?
脳内で鞭を片手に、エスターをシバいているソニアの姿が浮かんだ。
「このっ!このこのこのぉ~!何逃がしているのかしら?この駄犬めぇ~!」
「あひっあひぃっ!!や、止めて下さい~!ひぃぃぃぃ」
あ、あかん。マジでやってそうで恐ぇな。
自分の妄想に震え上がっていると、突然頭上の木の枝がガサガサと揺れた。
ふあっ、追っ手か!?
と、思い身構えたのだが、枝からひょいっと顔を出したのは、怪しげな頭巾を被った細身の人物だった。
あー……追っ手じゃないねぇ…………こりゃあむしろ、追っ手を掛けられる方の種類の人間だな。
「おっしゃあっ!後はこっから一気に壁外へと逃げるだけだぜ!ったく、何でか知らんが邸内部が騒がしくて助かった……………ぜぇ…………」
ボンヤリしながら見ていると、木上の不審人物と視線が合う。
「あっ………………」
「うげっ……………」
スッポリ被った頭巾は、目の部分が丸くくりぬかれており、まるで強盗犯の目出し帽の様であった。
俺もその不審人物も、両者共に黙ったままであったが、遠くから「こちらの方ではないか?」「早く見付けるんだ!」などと声が聞こえてくる。
俺と不審人物はお互いに慌て始めた。
「くっ……。やべぇ、急いで逃げねぇと」
不審人物はそう言いながら肩に掛けていたロープを手に持つと、グルングルンと勢いよく回転させながら壁の外の木に引っ掛けた。
おお、結構原始的な方法で侵入したんだな。一応ここ、侯爵邸だろ。警備…………軽微じゃね?
って、そんな事に感心してる場合じゃない。
俺も逃げたい………だが、この不審人物と一緒は御免被りたい。
「おい!そこの不審者!そのロープ使ったら、こっちの壁の中に入れといてくれ」
無駄かもしれないが、声を掛けてみる。
「あん?……………………そりゃあ別に構わねぇが、何だ?お前もこっから逃げてぇのか?」
コイツ………ちゃんと返事を返してくれるな。お人好しか。いや、貴族の邸に不法侵入している時点でお人好しもくそも無いか。
「ああ。逃げたいんだ。俺はこのまま捕まったら奴隷ギルドに売られる可能性がある」
「んなっ!?ど、奴隷ギルドだと?…………確かにお綺麗な面してっけどよぉ………」
そう言いながら俺の事をジロジロ見てくる。
うげっ。不審者に値踏みされてる?
「あー…………よし、わかった!しょうがねぇな。よっと!」
不審人物は簡単にロープを使用して木の上から降りてくる。そして俺の目の前に仁王立ちすると、こう言った。
「うっしゃ!子供を売り飛ばす算段をしている悪徳貴族の邸から、このギアン様が助け出してやるからなっ!」
うへぇ………。コイツ、想像以上のお人好しのアホだ。
俺に同情してくれたのは、ラッキーだったのだが、名前名乗っちゃたよ。
いや、俺はこのまま本当に助けてくれるならば、恩人を売るような真似はしないが、もし逆にコイツに売られそうにでもなったら、死に物狂いで暴れて逃げて、そのまま警察署………いや、兵士の詰め所とかに訴えてやるんだからな。
「おお…………………どうも?」
「おう!じゃあほらよ!」
お?何だ?その手は?
不審人物から手を差し出されたが、どういうつもりだ?こんな状況で握手でもするつもりか?
俺は良く分からなかったが手を握った。
すると、力強くそいつの腕に抱き上げられ、そのまま背中へと背負われた。いわゆるおんぶの状態だ。
「よし!んじゃあこのまましっかり掴まってろよ?」
「あ、ああ……………………」
不審人物は俺を背負っているのを、全く感じさせない程のスピードでスルスルとロープを伝いなから、壁をよじ登って行く。
そして壁の上に立つと、そのままターザンよろしくロープを掴みながら壁外へと身を躍らせたのであった。
「ひゃっほう~~~~~~!!!」
「あば、あばばばばばばっ!!!」
そしてその恐怖に俺は不覚にも気を失ったのであった。
主人公の己への危機管理甘すぎ。でも元は安穏ジャパンで暮らしていたので、致し方が無い気もする。