トリガーエムブレム(卅と一夜の短篇第12回)
神輪比氣氏は代々、管領家慶滋氏に仕えてきた名門である。司馬隆胤が比氣庄を受領し、比氣氏を称したことが始まりである。
比氣氏はもともと、「蟇紋」を定紋としていた。正面を向いて鎮座する蟇の意匠である。韻を踏んだものであることはあきらかである。
「ロ」の字のなかに、片仮名の「ノ」が垂れる意匠を裏紋としたのは、比氣氏中興の勇将・比氣左近隆衡である。隆衡は管領・慶滋右大将晴鏡に仕え、月右近景親とともに「左右の備え」と謳われた。
「ロ」に「ノ」。鉄炮の引金を意匠にするという独特の感性。「引金紋」。智勇兼備の月景親にくらべて猪突猛進のイメージが強い隆衡であるが、実際は教養と諧謔に富んだ人物であったのかもしれない。鉄炮衆をよく活用したことはなく、騎乗突撃を得意とした驍将である。そんな彼が「引金紋」を旗差とした意図は、なんであったのか。鉄炮という新兵器にあやかりたかったのか。それとも、たんなる洒落であったのか。のちに鉄炮傭兵団「木笠党」の棟梁・木笠鹿角斎の狙撃に斃れたのは、なんとも皮肉な結末であった。