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モニュメント  作者: 青犬
10/10

※10※

.


わたしがペンションに戻った時、ロビーには明かりがついており、暖炉にも火が灯っていた。


外気とは一変した温かい空気に、たちまち張つめていた糸が切れる。

すると今までその糸に操られていたマリオネットみたいに、わたしの体はテーブルの椅子に崩れ落ちた。


終わった──という脱力感の中に、今はちゃんと安堵もあった。


様々な想いは入り乱れているものの、のしかかった疲労感がそれらを不鮮明にしている部分もあった。



計ったようにわたしに暖を用意してくれていた主が、奥からトレイをかかげてニッコリと顔を出す。


トレイに乗っていたのは、湯気をくゆらす黄色味がかったスープ。

それが真っ直ぐわたしの元に近づいて来て、テーブルの目の前に静かに置かれた。


「カボチャのポタージュを作ったんですが、良かったらいかがですかな?」


この冷えきった体がそれを拒むはずもなく、むしろお腹の虫のほうが返事を返したから恥ずかしい。


そういえば今日は夕方から寝てしまっていたから、夕食を食べていなかった。


「おっと、これはパンもお持ちしたほうがよろしいですな」


「すいません……お恥ずかしい」


「いやいや、あなたの体が明日へと命を繋ぎたがっているのです。

幸せなことじゃありませんか」


オーナーが奧へパンを取りにいってる間、わたしはそのトロリと黄色い液体を、一口スプーンですくいとる。


2度ほど湯気を吹き、そっと口に含んだら、温かさと仄かなカボチャの甘味が、じんわりと体中に染み渡った。



──美味しい──


そんなありふれた喜びの価値が、今は何故か、とても貴重に思う。


.


.


オーナーが持ってきたバスケットには、こんがりきつね色したロールパンが、5、6個ほど入っていた。


「このパンは僕が焼いた自家製ですよ。裏の納屋に石窯がありましてね。

ポタージュの味はどうですかな?」


「すごく美味しいです」


「それは良かった。

さ、パンも遠慮なさらずにどうぞ。そのスープにパンを浸して食べても、なかなかの絶品ですぞ」


「ねぇ、オーナー」


「はい?」


「シンデレラの魔法が溶けちゃった。乗ってたきらびやかな馬車は、カボチャのスープになっちゃった」


「ほう、それはおかしな。

魔法が溶けて尚更に綺麗になるシンデレラなど、聞いたことがありませんよ」


「ふふっ……そんなお世話言ったってダメですよ。

あ、パン頂きますね」


パンを放馬るわたしに微笑み、立ち去ろうとする老人を、今日こそは逃がさない。


「ねぇ、オーナー。

恋人のモニュメントの作者は、オーナーなんでしょ?」


「……さぁ、どうですかな」


「ほらやっぱり。否定しないってことは、そうなんだ。

オーナーが芸術家って時点で、すぐわかりましたけどね」


「…………」


「ねぇ。

オーナーは魔法使いなんですか?

あんな不思議な作品作れるなんて」


「ははは、まさか。

不思議なことなど、世の中いくらでもあります。

例えば星の数ほどいる人間の、偶然にして必然な出会いとかね」


「じゃあ、わたしとオーナーがこうして出会ったのも、偶然にして必然なんでしょ?

わたしは明日帰りますが、そんな奇跡の出会いを呆気なく終わらせてしまうのは心残りです。

座って一緒に、パンを食べてくれませんか?」


オーナーは少し考えるようにして口髭を弄っていたけど、

やがて観念したように息を吹き、珈琲を2ついれて来ます、と言って笑った。


.


.


暖炉の炎が小さくはぜる音を出し、深夜の静けさに心ばかりの歌をそえる。


大きな掛け時計の秒針の音が、それに合わせて微かなリズムを刻む。



誰かと食べる食事は、やっぱり気持ちが和んだ。


オーナーはあまり多くは語らなかったけど、わたしの話を終始笑顔で聞いてくれていた。


仕事のことや、家族のこと。

わたしの好きな音楽の話。

変にぶり返したくはなかったから、和希の話は敢えてしていない。


やがてバスケットにあったパンが全部なくなった頃、噛み殺したわたしの欠伸を見てオーナーが言った。


「そろそろ寝たほうがいいのではないですかな?

明日は始発で帰るのでしょう?」


「はい。午後からすぐ仕事に復帰します。

あーぁ、明日から現実に戻るのかぁ。

ここは本当に、おとぎ話の世界みたいですよね。それを思うと寝るのが勿体なくなっちゃう」


「ははは……そうですか。

それでは最後にひとつ。あなたを寝かしつけるために、おとぎ話をしましょうかな」


「はい、聞きたいです」


「まぁ、面白くもないおとぎ話ですが……

むかぁし、むかしの話です」



オーナーが遠くを見るような目で語りだす。


緩やかに流れるその声は、ずっと昔、微睡みの中で聞いた旋律を思い出させる。



「むかぁし、むかし。

あるところに、一人のしがない男がおりました」



.


.


男には、恋人がおりましてね。

控えめだが、何かと尽くしてくれる良い女性でした。


男もその女性を心から愛し、ささやかながら楽しい思い出を重ね、

2人はやがて結ばれます。


ところが恋という憧れは、遅かれ早かれいずれ冷めるもの。

慣れもあるでしょうし、所詮は生きてきた環境も違う、人と人ですからな。


男は女性の献身をだんだんと干渉と解するようになり、ささいな価値観の違いも鼻につくようになってきます。


まぁ、いろいろと自己肯定的な理由を並べたとしても、結局は男が青くて未熟だったんですがね。


2人の間に出来た小さな綻びは、やがて目に見えるほどの亀裂となっていきました。


とうとう夫婦の絆を断ち切る頃には、2人にはほとんど会話もなくなっておりましてな。


独りの生活に戻ってからも、たまに懐かしむことはあるにせよ、復縁の意思もなく数十年が過ぎました。



男もすっかり老いてしまったある日のこと、突然元妻の妹と名乗る女性から連絡が入ります。


姉さんが、男に会いたがってるから会いにきて欲しいってね。


気はすすまなかったものの、妹さんから元妻の事情を聞いた男は、しかたなく彼女に会いに行くことにしました。



海の見える老人ホームで、数十年ぶりに再会した元妻は、すっかり頭が白くなり、皺だらけの顔になっていました。


まぁ、男も同様なのですから、時の流れには逆らえますまい。


しかしね。

それと同時に彼女の時間は、大きく逆行もしていたのです。


彼女は男との再会を目を潤ませて喜びました。

男が手を取っただけで、しわくちゃな顔が赤らみました。


そこにいたのは元妻ではなく、まだ付き合って間もない頃の恋人。


彼女は、老年性の痴呆性にかかっていたのです。


いろいろな事を日々忘れていく中で、唯一鮮明に残っていたのが、男と恋人だった時の記憶。

おそらく子供のいなかった彼女にとっては、最も幸せだった時期の記憶なのでしょう。


彼女はその過去の記憶を、現在の現実のものと認識して、男に会いたがっていたのです。


はにかんだ笑顔や弾む声を見ているうち、男も次第に思い出します。


確かに彼女を心から愛していた、若き頃を。

確かに幸せを噛み締めていた、2人の日々を。


そして男は、彼女と何度も会ううちに気づきました。

彼女に自分の都合のいいことばかりを求めすぎていた己のエゴに。

彼女の全てを受け入れてやれなかった、己の小ささに。


おかしなものです。

それからの短い日々は、男にとって、元妻ともう一度恋人からやり直しているような、そんな錯覚さえあったのです。



彼女が亡くなったのは、それから2ヶ月後のことでした。


男は、彼女との2度目の別れを迎えました。

1度目にはなかった心の痛みが、涙となって流れ続けました。



やがて男は、墓標のつもりで、彼女との思い出の丘に彫像を建てたのです。


それは彼女の墓でもあり、2人の輝かしかった日々の記録でもあり……


あるいは男の、愚かだったこれまでの自分を葬る、戒めの墓だったのかもしれません。




不思議な幻を呼び起こすのは、墓標に宿る元妻の念なのでしょうか。


過去に追いすがるのではなく、男のように以前の自分を省み、新しい自分へと進むために。


もしくは訪れる者が、偽りない愛で包まれていた日々を思いだし、見失いかけた自身の価値を取り戻すために。


彼女は今でも永遠の恋人のまま、あそこにいるのかもしれません。





まぁ……それは男の勝手な解釈であり、願望であり、


真実は誰にもわかりませんがね…………









.


.

~~~~~~



「わかりますっ!

それが真実ですっ!」





由加理が急に大きい声を出したものだから、わたしはそこで我に返った。



「うちも、三宅先輩の言うことに激しく同意です!

男なんて所詮、どう逆立ちしたって女心なんかわかんないんですよっ!」



どうやら美幸がそのような事を言って、彼氏と喧嘩中の由加理が食いついたらしい。


美幸がどんなことを言ったのか……

わたしは、ぼんやりして聞き逃してしまっていた。



昼時の中華レストランは、わたし達みたいなスーツ姿が占拠しており、皆そろそろ午後の始業の時間を気にし始めている。


ガラス貼りの外の歩道には、縁石にいくらか雪が残っているものの、

アスファルトはうららかな日射しに火照っていた。


由加理は半分ほど食べた天津飯を放置したまま、さっきから美幸に息巻いている。


やがて、そろそろ困り顔になってきた美幸から、矛先は突然わたしに移された。



「根元先輩ならわかりますよねっ!?

男なんてそんなもんでしょっ!?

だいたいこの間の先輩の旅行、わたしてっきり和希さんと一緒だと思ってたのに!ラブラブでいいなぁとか思ってたのに!

1人ぼっちの傷心旅行だなんて、悲しすぎますっ!」


「こら、由加理……」



美幸がすかさず嗜めて、由加理はハッとしたように口を押さえた。



あのペンションでの出来事は、今でも夢のように思い出す。


オーナーの穏やかな声が、ちょうど今さっきみたいに、ふと蘇ることもある。


あれから和希とは連絡もしていないし、今後もするつもりはなかった。


それでもたまには彼のことを思い出して、胸が苦しくなる夜もあるけど……


だけどもう、後戻りする選択肢がはなからないのは、わたしが少しでも前に進めたからなんだろうか。



美幸が杏仁豆腐をつつきながら、フォローのつもりか優しい声を出した。



「由加理みたいなお子ちゃまにはわからないかもしれないけど。

1人旅ってのも気兼ねしなくていいものよね。

遥香、どこに行ってきたの?」



「うーん……おとぎの国……かな?」



.


.


2人とも特に驚く様子もないのは、多分そういう感じのテーマパークか、あるいは絶景の場所の比喩とでも思ってるからだろう。


わたしは喉の奥で笑ってから、さらに続けた。



「そこには魔法使いのおじいさんがいてね。

大地に壮大な天の川が広がってるの。

崖の上には奇妙な形のモニュメントがあって、そこにいる永遠の恋人の魔女が、素敵な魔法をかけてくれるんだよ」



案の定、由加理の派手なつけ睫毛が、激しく瞬き始める。



「はぁっ!?

大丈夫ですか根元先輩、そんなうちよりお子ちゃまみたいなこと言って!

ショックなのはわかりますけど、しっかり現実を見て下さい!

そんな不思議なことあるわけないでしょっ!」


「あら、不思議なことなんて、世の中いくらでもあるわよ?」



美幸が由加理とは対象的な落ち着きようで、

「例えば?」

と聞いてくる。


わたしは窓の外を指さし、オーナーみたいに平然な顔して言ってのけた。



「例えばほら、あそこの歩道。

あんな硬いアスファルトから、雪を突き抜けてタンポポが咲いてることとか」


「あ、ほんとだ!

うち、今年になってからタンポポ初めて見たかもっ!」


「ふぅん……もう、そんな季節なんだね」





わたしへの追及も忘れて、嬉々とした顔でタンポポを見つめる由加理。


そこに、午後の仕事まで残り7分と言う現実を突きつける美幸。


由加理の残った天津飯を3人がかりで掻き込むと、


わたし達は春色を醸し始めた空の下へ、

一斉に駆け出したのだった。












~おわり~

.

『小説家になろう』には、初めて投稿させて頂きました。今までケータイ小説しか書いたことがないため、いろいろとここのシステムに不慣れで困惑してますが…(^_^;)


『モニュメント』は、ずいぶん前に大人の童話ってイメージで書いてみた作品です。ブログで連載してたものなので、一話が短かめになっています。

拙い文章に最後までお付き合いくださった方がいましたら、どうもありがとうございましたm(__)m

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