毒姫と呼ばれた王女
「あら、わたくしとしたことが忘れておりましたわ…。一部の先見の明がある者を除いて、下々の者達にはわたくし達王族の高尚な心など理解できませんわね?」
王族とて国の主たる王とその次世代を担う王太子、多くて第二継承権を持つ王子か王女までしか入れないはずの会議の場。
鈴の鳴るようなよく通る声で傲慢も極まるような発言をしたのは、第三王女であった。
第三王女、というが生まれが三番目、という訳ではなく、兄に第一から第四王子、姉に第一と第二王女がいる。つまり現国王の第七子という余程の才覚がなければ継承権など与えられるはずのない末の王女。
才覚がない、とは言わない。しかし、現王太子を押し退けて次期王の座を狙えるのかといえば、才覚・人格とも遠く及ばない。
何せ一部の貴族から陰で[毒姫]と呼ばれ、嫌われているのだから。
「第三王女殿下、この場の状況をお分かりになった上でのお言葉ですか?」
一方、そんな王女にも怯むことなく抗議する強者もいた。
第三王女が口を開いて止められるのはかの人物以外存在しないとまで言われるのは、先々代の王の子供が武勲を認められ興った公爵家の次期当主だ。
歳は第三王女と変わらないが、こちらは才覚・人格ともに誰もが認める麒麟児であり、もし他に後継ぎが存在するならば王族に迎え入れたいと王が嘆いたほど。
血統も王族の次に貴き血であり、涼しげな目元と首の辺りで切り揃えた髪や色白の肌が美しい、男装の令嬢である。
「また貴女ですの?わたくしの言葉を否定するなんて、随分と思い上がっているのではなくて?」
不愉快そうに眉をひそめる第三王女と変わらぬ真顔で対峙する男装の令嬢。
「民の暮らしぶりが悪くなり、税収が上がらなくなる中で増税などすれば民は暴動を起こします」
先程まで上がっていた増税か否かの貴族対王族の会議はいつの間にか第三王女対かの令嬢の議論になっている。
「あら、それは税金を使わず溜め込むからでしょう?わたくし達王族が苦しむ民のために再び振り分けるのに、なぜ暴動が起こるのかしら?」
「国王陛下や王族の皆様の民を思うお考えは素晴らしいでしょう。しかし、税を集める者、計算する者、再分配するために配る者、これらの者達に支払われる対価をその増税分から出すのです。再分配する手間や時間を考えれば増税する利点がありません」
淡々と反論する令嬢に第三王女はせせら笑いを浮かべた。
「ふん、所詮自らの身を切られるのが嫌という低俗な、貴族にあるまじき考えの詭弁だわ!民のためにならないと言いながら、何もしようとしない口だけの者のくせに!」
「なんと仰られても、増税は民のためにならないという事実は変わりません。国の豊かさや民の平穏を願うなら、勢いで押し進めるべきではないと申し上げているのです」
段々と周囲の貴族の中で顔色が悪くなっている者が出始めた。
いや、その辺で、と口をもごもごさせているが、二人の少女の議論は止まらない。
「なら、餓えゆく民を眺めろと?自らは豊かさを享受しながら、不遇の民へ手を差しのべもしないと?」
「いいえ、必ず民へも豊かさをもたらします。ただ、今回の会議内容には別の手段が必要なのです」
バサリ、と令嬢が身に纏う男性物の正装の懐から紙の束を取り出した。
「民のために増税、真に正しいことと思い進言した貴族も多いでしょう。しかし、餓え始めている地の貴族全てがそうだとは限りません」
淡々と紙の束、不作や災害によって起きた餓えに巧妙に混ぜられた貴族の着服についての調査結果を述べる令嬢。
「異常事態のための積み立てができるよう増額されている予算。それらを自らの豪遊費として使い果たしたり、私費として着服している者達がおります。それらの、第三王女殿下のお言葉通り、低俗な貴族にあるまじき考えの者達から回収するほうが先決でしょう」
ガタガタッと青ざめた顔で立ち上がった者達は、間もおかずそのまま床に叩きつけられ拘束された。
いつの間にかいた警護のため以外の複数の騎士が喚く貴族達に鎖をかける。
呆気に取られる座ったままの王族と真っ当な貴族達。
「そう…やはりシナリオ通りなのね…」
第三王女の零れた一言は、喧騒の会議場に響くことなく消えた。
昔、同い年の女の子の髪を切り落としたとして第三王女は離宮に隔離された事がある。
元々気の強い王女だったが、人を傷付けることなどなかった。父である王も驚いたが、鷲掴みにした豊かな黒髪と鋏を握りしめる王女と地面に転がされ蹲る髪を切り取られた公爵令嬢の姿を複数の者が見たとなれば、事実としか言いようがない。
それから歳を重ねても第三王女は公爵令嬢を目の敵にしているともっぱらの噂である。
それが[毒姫]の始まり。
後も激論を交わす第三王女と公爵令嬢は歴史にも名を残すが、不思議なことにそれぞれ没した正式な記録が存在しない。
第三王女は輿入れの際、賊に襲われ行方不明。
歳の離れた弟のできた公爵令嬢は領地偵察の途中、滝に落ちたが遺体は見つからなかった。
実は髪を切り落としたのは令嬢自身で、第三王女に騎士としての忠誠を捧げ、表舞台で派手な討論をしながら、秘密裏に信頼できる僅かな騎士を暗躍させ世を正したのではないか、と後の歴史研究家は語る。
そして、第三王女と公爵令嬢が姿を消してから各地で見られた、優しい黒髪の女性と、同じく黒髪のやや細身の男性という、二人の旅人。
悪しき者が[毒姫]と呼んだかの王女は人を癒そうとする[薬姫]であった。
そう話す男性と何を言ってるのと笑う女性。
おしどりの夫婦だとその二人に会った人は口々に語った。
思いつきのまま書き連ね、矛盾や煮詰めたいところは放置。