30歳魔法使いの話2[20151129]
男は貢いでいた。
足尾健太。30歳。
30歳の誕生日を迎えてから、わずかながら念力が使える様になった。
まだその時は「童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになれる」というのが現実になった事は知られていなかった。
今でこそ盛んに報道されているが、当時の健太はこれをひたすら隠匿した。
この能力を使えば、多くの犯罪が可能になってしまう。
ドアや窓の内鍵を開けることができるし、包丁を動かせば指紋無しで人を刺せる。
今まで希望を持てる様な人生ではなかった。
こんな能力があるとわかったら、周りで起こる不審な事件はすべて自分のせいにされる。
それを利用し、他人のお金を盗んで自分に罪をかぶせるやつだってでてくるだろう。
健太はスケープゴートにされる事が多かった。
理論的に不可能な事も、なぜか健太がした事になった。
見た目は確かに良くないし、性格にも難はある。
でもだからといって、濡れ衣を被せられるのはどうなのか。
健太は特に何をするわけでもなく、日常、家の中でその念力を使うだけだった。
そして、やがて30歳童貞魔法使い事件が報道され始める。
警察としてはそんなあやふやな事は言えない。
あくまでも事件の発表だけだった。
だが、魔法使いになった男性が何人もネットでその事を語り、実際に動画を撮ったり、犯罪を行ったり、あるいはその犯罪者を私刑にかけたり。
巷に溢れた30歳童貞魔法使い達を無視などできなくなっていた。
魔法や超能力は法で裁けない。警察が正式発表できない以上、報道によって警戒を呼びかける方法がとられる形となった。
事件の概要などなど、警察から多くのリークがされていた。
そして、健太の周りの人々が健太を疑い始める。
健太が彼らの前で念力を使ったことはない。
彼らは、健太が童貞であると疑った。
健太は童貞じゃないと釈明した。
皆誰も信じなかった。
ひどい罵倒と嘲笑をひととおり浴びたあと、
「風俗で…」
と言えば、皆信じた。
だが、それでもしつこい女が居た。
健太の職場の後輩。
清水加奈子21歳。
つきまとっていた。
とうとう自宅の場所を知られ、無理やり一緒に帰ろうとする。
健太は元々押しに弱い。自分の意見をあまり言う事がなく、相手が不快感を示すのを嫌う。
健太は折れた。
たまたま会社から駅までの道すがらに健太の住むアパートはあり、清水加奈子は健太の家の前で別れてそのまま駅へ向かう。
最初のうちは会話は無かった。
事情を知らない人が見れば、健太の後を加奈子がつけている様に見えただろう。
だがその距離はどんどん縮まり、1ヶ月で二人並ぶ様になった。
だがそれでも最初は会話が無く、普通に話ができるようになるまでさらに2週間程を要した。
その頃になると、30歳童貞魔法使いによる事件が連日報道される様になっていた。
自分もそうではあるが、童貞のまま30歳を迎える男性が多い事に驚いた。
たまに健太を童貞ではないかと怪しむものも居たが、同僚が「あいつは風俗で…」と言えば笑って信じた。
「どうせ恋人もできないなら、風俗なんか行かないでおけば今頃お前魔法使いだったのにな」
という上司に
「はは…そうっすね…」
乾いた笑いで返す。
加奈子は健太の後をつけている事を誰にも言っていない様だった。
健太からも言う事はない。
いちいち波風をたてるものではない。
自分からそれを言えば「勘違い野郎」と馬鹿にされるし、加奈子が言えば「お前何つきまとってるんだよ」と逆に自分が悪者にされるだろうとわかっていた。
むしろ加奈子が黙っている事で、自分は無事で居られる。
職場で健太はこれまでの通り、ひっそりと仕事をこなした。
1ヶ月もそんな状態が続けば流石に慣れてくる。
健太は加奈子とよく会話するようになっていた。
相変わらず会社では業務連絡以外で言葉を交わすことはなかったが、帰宅中だけ、二人で話をした。
内容はくだらないことばかりだった。
今日の朝食は何だったとか、これから夕食をどうするかとか、好きな食べ物について、あの上司が?あの先輩が?などの愚痴、好きな芸能人は誰かとか。
健太が有名アイドルグループのファンではないという事を知って、加奈子はかなり驚いた。
別にオタクの様な人間が皆アイドル好きというわけではないのだが。
この頃になると、もう二人は恋人同士に見えていただろう。
容姿に落差はあるものの、男女が二人きりで仲良く談笑しながら歩いているのだ。
あるいは兄妹にも見えたかもしれない。
どちらにせよ、二人は仲が良いと、そんな空気をまとっていた。
残っていたのはここまでです。
健太君は外国人結婚詐欺ばりの嘘に騙され、貢ぐために魔法を使い、バレて、彼女の男に脅され、皆殺しにするという流れでした。




